10 ゲスト出演

「お、『KAMERIA』のみんな、お疲れさまぁ」


 人で賑わう客席ホールでそんな言葉を投げかけてきたのは、浅川亜季であった。

 ステージからは離れた客席ホールの後ろ側で、『V8チェンソー』と『マンイーター』と『天体嗜好症』の面々が輪を作っていたのだ。『V8チェンソー』以外のメンバーはライブ前に挨拶をできなかったので、まだステージの余韻にひたっているめぐるもいささか緊張してしまった。


「もうすぐヨンヨンのステージも始まっちゃうかな? こまかい話は後にしておくけど、とにかく今日も文句のない爆裂っぷりだったねぇ」


「うんうん、本当にね! 二ヶ月も空いたら、『KAMERIA』は見違えちゃうもんねー! どこまで成長するのか、怖くなっちゃうぐらいだよー!」


 笑顔で語る浅川亜季とハルに続いて、フユがずいっと身を乗り出してくる。その切れ長の目は、真っ直ぐにめぐるを見据えていた。


「あんたなんか、全曲でフレーズに手を加えてたよね。ただでさえ入り組んだフレーズだったのに、よくもまああれだけのネタを思いつくもんだよ」


「は、はい。実はヘフナーのベースを弾いてると、勝手に指が動いちゃうんです。それで色々と、フレーズのアレンジを思いついて……フユさんも、そうやってフレーズを手直しすることがあるんですよね?」


 フユはぎょっとしたように身を引いてから、浅川亜季を横目でにらみつけた。


「何さぁ? 別に、隠すようなことじゃないでしょ? あたしにしてみりゃ、店の売り上げをのばすためのセールストークでもあるしねぇ」


「あはは! それでベースはいっそうかっちょよくなったんだから、アキちゃんにもフユちゃんにも感謝だよー! やっぱふたりとも、めぐるにとってはココロの師匠だよねー!」


 町田アンナも笑顔で加わると、フユは「ふん」とそっぽを向いてしまう。そして少し離れた場所では、柴川蓮がうなりをあげる柴犬のごとき面持ちで対抗心をあらわにしていた。


「でも本当に、すごいステージだったよ。確かに映像と生身じゃあ、迫力も段違いだね」


 と――そんな声をあげたのは、『天体嗜好症』のギター、アリィである。

 本日も黒ずくめの格好で大きな釣り鐘型の帽子をかぶった彼女は、あちこちにシルバーアクセサリーを輝かせながら、糸のように細い目でめぐるを見返してきた。


 いっぽうヴォーカルのナラも黒ずくめのハットとワンピースで、大きなサングラスと黒いマスクで素顔を隠している。ただ、腰まで届くロングヘアーを三つ編みにして首の横から胸もとに垂らしているのが、以前と異なる装いであった。


 ただひとり、ミサキだけは大きなウッドのボタンが可愛らしいブラウスとパステルカラーのフレアスカートというフェミニンな装いで、頭にはちょこんとベレー帽をのせている。そしてめぐると目が合うと、白い頬を染めて恥ずかしそうにうつむいてしまった。


「あなたたちは、次のバンドのライブも観るんでしょ? だったらその後に、時間を作ってもらえる?」


 アリィがそのように言いたてると、頼もしい町田アンナが「んー?」と小首を傾げた。


「それはべつにいいけどさー。ウチらも今日はおもてなしする側だから外に出たりはできないけど、それでもいいかなー?」


「うん、もちろん。五分ももらえれば十分だよ」


「じゃ、ヨンヨンのライブが終わったら、ゆっくりねー! ほらほら、始まっちゃいそうだよ!」


 町田アンナの言う通り、客席の照明が落とされた。

 BGMがフェードアウトして、妙に切々としたアコギの弾き語りのSEが流れ始める。めぐるには今ひとつ理解が及ばなかったが、カントリーだとか何だとかいうジャンルの音楽なのではないかと思われた。


 そうして幕が開かれて、『StG44《エステーゲーヨンヨン》』のステージが開始される。

 本日も、彼らの演奏は生々しい迫力にあふれかえっていた。どうも彼らはリハーサルで熱を込めないタイプであるらしく、ライブの迫力は段違いであるのだ。その骨太の演奏が、めぐるにこれまでと異なる印象を抱かせた。


(あれ……前に観たときより、格好いいかも)


 受ける印象に、大きな変わりはない。ギターはナチュラルな歪みであるし、ベースはひとつのエフェクターも使っていないのだ。ドラムも穴がない代わりに、強い個性を感じなかった。

 ただ、以前に観たときよりも、それらの演奏が魅力的に感じられる。吠えるような歌声も、それは同様だ。比較的シンプルな構成で、情念を前面に打ち出した彼らのステージが、以前よりもくっきりとめぐるの胸に食い入ってきたのだった。


(前よりも、上手くなった……? いや、これはわたしの側の問題なのかな……)


 彼らと対バンをしたのはもう五ヶ月も前のことであったので、その間にめぐるはさまざまなバンドと巡りあっている。音楽的な素養というやつも、少しばかりは深まったことだろう。それで彼らの魅力を正しく認識できる耳や心というものが育ったのかもしれなかった。


 ただもちろん、『マンイーター』や『天体嗜好症』のほうが好みに合っているという印象に変わりはない。めぐるはやはり、音作りも含めて激しく派手なバンドを好ましく思うのだ。

 その上で、めぐるは以前よりも彼らを魅力的だと感じた。もしかしたら『ザ・コーア』なども、いま観たほうがいっそう魅力的に感じられるのかもしれなかった。


 二曲目、三曲目と移行しても、その印象に変わりはない。そうしてめぐるがその心地好さにひたっていると、目の端にオレンジ色の髪がよぎった。

 めぐるが思わず振り返ると、町田アンナがウインクをしながら通りすぎていく。そういえば、町田アンナの出番は五曲目からであるのだ。めぐるは慌てて笑顔をこしらえつつ、町田アンナを見送ることになった。


 そうして四曲目では、どっしりとしたスローテンポの曲が披露されて――それが終わると、MCを担当するドラムが落ち着いた声で宣言した。


『今日は余分に時間をもらえたんで、ちょっと遊ぶことにしました。スペシャルゲストの、Aさんです』


 ステージの裏手から、ギターとエフェクターボードを抱えた町田アンナが登場する。たちまち客席には、これまで以上の歓声と拍手がわきたった。

 町田アンナは蓋が開いているエフェクターボードを小脇に抱えつつ、笑顔でぶんぶんと手を振っている。チェック柄のシャツを脱いで、『StG44《エステーゲーヨンヨン》』の黒いTシャツをあらわにした姿だ。さらに左の頬には、乱雑な筆致で『A』の一文字が赤く書き記されていた。


 エフェクターボードを床に置いた町田アンナは手早くシールドを接続させて、ジャズコーラスのアンプでテレキャスターの音色を響かせる。マーシャルのアンプは使用中であるので、町田アンナはひさびさにそちらのアンプを使用するのだ。


 しかし町田アンナはラットとダイナドライブのエフェクターを使用しているため、『StG44《エステーゲーヨンヨン》』のギターにも負けないぐらい派手なサウンドである。そうして町田アンナがギターをかき鳴らすと、客席にはいっそうの歓声が巻き起こった。


 もともとのギターとベースは左右に散っているため、町田アンナがセンターに控える格好だ。そしてベースの若者が、自分のコーラスマイクを町田アンナの正面に移動させた。

 町田アンナも背丈は人並みであるため、上背でまさる男性二名にはさまれると見た目のバランスもいい。町田アンナは景気よくギターを鳴らしながらマイクスタンドの高さを調節して、『こんばんはー!』と元気な声を張り上げた。


『二曲だけ、ヨンヨンさんのステージにお邪魔させてもらいまーす! 歌詞とかテキトーだけど、カンベンねー!』


 言いざまに、町田アンナはギターでバッキングを開始した。

 それに続いて、他のメンバーも音を重ねる。軽妙なリズムでありながら、コード感にはどこか切ない雰囲気が漂っており――『KAMERIA』ではまずありえないような曲調であった。


 しかし、めぐるがまったく聴きなれない曲調でも、町田アンナの荒々しい音色と躍動感にあふれたリズムに変わりはない。

 そしてそれは、歌のほうも同様であった。一番のAメロを受け持った町田アンナは哀調を帯びたメロディを抑えめの声量で歌いあげたが、その根っこには彼女らしい力感がみなぎっていた。


 おそらく男性が歌うバンドのカバー曲であるため、町田アンナは普段よりも低いキーで歌っているのだろう。それでいくぶん普段の無邪気な子供っぽさもなりをひそめたが、その代わりにしっとりとした雰囲気が生まれていた。

 しかしそれもBメロまでで、サビでツインヴォーカルになったならば、『StG44《エステーゲーヨンヨン》』のヴォーカルに負けじと熱唱する。それで、この瞬間を待ち受けていた彼女のエネルギーが爆発した。


 急場しのぎのセッションであるため、両名ともユニゾンで主旋律を歌っている。しかし男女で声質が掛け離れているため、普段とは異なる形で厚みを増した歌声が響きわたり、めぐるの心を昂揚させた。

 町田アンナが加わったことで、『StG44《エステーゲーヨンヨン》』のさらなる魅力が引き出されたようである。それと同時に、彼らの演奏力の高さが町田アンナの荒々しい歌と演奏をがっしり支えていた。


(わたしはもともと町田さんの歌とギターが好きだけど……好みに合わないバンドと一緒に演奏したら、きっと魅力はなくなっちゃうんだろうな)


 この楽曲も、あまりめぐるの好みに合うジャンルではない。しかしそれが町田アンナの魅力を損なうことはなかった。もちろんめぐるは『KAMERIA』における町田アンナの存在をより魅力的に感じるが、こちらでは普段と異なる一面を見せつけられる楽しさが存在した。


 間奏では、町田アンナが自由奔放なギターソロを披露する。

 ちょっとリズムも乱れがちであるが、ここでも周囲がしっかりと支えてくれるため、それも荒々しい魅力に転じた。

 そして本来のメンバーにギターソロが引き継がれると、町田アンナは荒々しいながらも正しいリズムでバッキングを受け持つ。そういえば、町田アンナには中学三年生の時代、サイドギターを担当していた経験があったのだ。その頃も、こうして迫力と堅実さを兼ね備えたリズムギターを披露していたのかもしれなかった。


 そうして一曲目が終了すると、まったく異なる曲調の二曲目が開始される。

 こちらはまた、別なるバンドのカバー曲であるらしい。一転して、激しい8ビートに乱暴な歌と演奏という、町田アンナに似つかわしい曲調であった。


 ただやっぱり、『KAMERIA』の曲調とはまったく異なっている。『KAMERIA』で勢いを重視した8ビートの楽曲と言えば『転がる少女のように』であるが、こちらの楽曲はもっと乱暴で、どこか重苦しく、町田アンナもがなるような歌声であった。


 これもまた、『KAMERIA』とは異なる町田アンナの魅力だ。

 町田アンナは楽しそうにしているし、めぐる自身も楽しかった。町田アンナが他のバンドに参加するというのは、いささかならず落ち着かない心地であったのだが――めぐるは何となく、公園で遊ぶ我が子を見守っているような心地であったのだった。


(これだったら……かずちゃんや町田さんが先輩のバンドを手伝うことになっても、やきもきしないで済むのかな)


 そんな思いをこっそり抱きながら、めぐるは町田アンナの勇姿を見守ることになったのだった。

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