助けられた魔法使い
第1話 助けられた魔法使い
大陸の東の端、海に面した場所にノテムア帝国という国がある。その帝国領内北東の僻地に最高神アルフォズルを祀る小神殿があり、そこに二ヶ月程前に大怪我をしたリーシャというエルフと思われる女性が保護された。
彼女は一週間ほど昏睡状態の後に意識を取り戻したが、名前以外、自分が誰であるか、どこから来たのかなどの基本的な情報を何も判らない状態だった。エルフというのも本人からの言葉ではなく、やや尖った耳、灰色とも銀色ともつかない髪色から、想像した結果だった。
また、不思議なことは彼女には治癒の魔術が殆ど効かず、完治するまでに一ヶ月を要したことだった。
「いつもありがとうございます」
リーシャはベッドのシーツを交換しに来た女中にお礼を言った。
「気にしないで下さい。仕事ですから。それにしても治ってよかったです。ここに来た時は本当に酷い怪我で神殿の誰もが『きっと助からない』って言っていたんですよ」
色々と世話をしてくれるこの女中の話では、殆ど自然治癒で完治したばかりか、傷跡も残っていないというのは神殿内で驚きのことだったらしい。
「ここの皆さんのお陰です。なんてお礼を言っていいか……」
「これも神殿の仕事ですから。気にしなくていいと思います。でも、リーシャさんって凄いんですね。それに魔法使いはお伽噺の中だけだと思っていました」
リーシャは剣だけではなく魔法も使えることから、それが彼女からすると『凄い』ことのようだった。『お伽噺の中』というのは、魔法は『奇跡』とされ、使える者は『魔法使い』と呼ばれているが、その数は魔術を使う『魔術師』に比べて非常に少ない。それは人間以外の他の種族であっても同じだ。それに人間の魔術師達は『魔術師ギルド』という互助会のような組織を作り上げて活動をしていることから人目に付きやすいが、魔法使いの殆どは単独を好み、ひっそりと暮らしていることが多いために、その存在自体を怪しむ声もあるためであった。
「何かあれば呼んで下さいね」
女中はそう言うと交換したシーツを抱えながら出ていった。
(私はいったい何処から来たのだろう? 魔法や剣を教わったことは覚えているけど、それが誰からだったのかよく判らないのよね)
(なんとなくこれ以上何かを思い出すことは無い気がしている。ここの皆んなは親切にしてくれるし、別に不自由もないからそれでも構わない気がしているけど……)
そんなことを考えながらピンと張られたシーツを見ながらボーッとしていた時、扉を叩く音で我に返った。
「リーシャ、居るか? 司祭が呼んでいるぞ」
声の主はこの神殿の神官戦士レンニだ。彼は傷が癒えた後、色々と訓練に付き合ってくれた人物でもあり、この神殿の中で最も仲の良い人物だ。噂によるとこの神殿内でも有数の剣の腕らしい。
「はーい。判りました。直ぐに行きます」
リーシャはそう答えると司祭の部屋に向かった。
神殿は、傷が癒えたリーシャを追い出すことはせずに、有り難いことに食客としてそのまま住まわせてくれていた。そのお礼という訳ではないが、声がかかれば神殿の仕事――殆どが魔法による薬の調合だが――を手伝っていたことから、また何かの手伝いだろうと想像をしていた。
司祭の部屋に入ると、既にレンニが司祭と話をしていた。
「何か御用でしょうか?」
「リーシャ殿、これからレンニと共にある封印の状態を確認してきて欲しいのだが、頼めるだろうか?」
司祭はこちらを見ながら「面倒をかけてすまない」という表情で問いかけてきた。
「『封印の状態』ですか?」
リーシャはその意外な内容に少し驚いていた。
「随分と昔に暴れる化けミミズを封印した場所が領内にあるのだが、そこを管理している
「化けミミズ?」
「まぁ、『ワーム』のことだな」
レンニが補足した。
「判りました。私でお役に立てるなら」
リーシャは快く返事をした。ここに住まわせてもらっている以上、対応出来る内容であれば断るつもりもなかった。
「術は使えても、細かい魔力の流れまで見える者は少ない。面倒をかけて申し訳ない。詳細はレンニに話してある」
魔力があり術を使うことができても、術で構成された何か――魔法陣などの状態まで――が見えることは別であるため、このような場合は『見える目』を持つ者が必要となる。リーシャは精霊や妖精までもはっきりと見ることができるが、人間においてはそこまで見える者は少ないらしい。
「気にしないで下さい。お世話になっていますので、これぐらいは何でもありません」
「リーシャ殿、宜しく頼みます。レンニよ、道中頼むぞ」
「あぁ、任せてくれ。リーシャ、馬の手配は済んでいるから準備次第出発する」
レンニが答えるとリーシャは「それでは下で」とだけ言い、部屋に戻った。
(まぁ、準備といっても鎧と剣ぐらいなんだけど)
リーシャの装備は革の鎧と剣が二本になる。盾は無い。これらはリーシャが保護された時に近くで見つかった物で『リーシャの持ち物』ということになっていた。
鎧は革製だが、金属が編み込まれ守りの術もかけられていてと、見かけとは違いかなり頑丈な作りとなっていた。二の腕や太ももは全く覆われていないが、これは動きやすさも重視しているといったところだろう。
二本の剣はブロードソードと短めの片刃の剣。 片刃の剣は、鎧の背中側腰の辺りに付けるようになっている。 それに焦茶色のフード付きのマントコートと腰に付ける皮の鞄だ。
これらを装備して待ち合わせ場所に向かうと、既にレンニは馬に荷物を括り付けて準備を終えているようだった。
彼は、チェーンメイルの上にタバード、ラウンドシールドを背負い、腰にはバスタードソードという一般的な神官戦士の出で立ちだ。
「早いですね」
準備を終えて馬の脇に暇そうに立っているレンニに声をかけた。
「当然だ。女性を待たせる訳にはいかないからな」
「あははっ」
リーシャは真面目な顔で言うレンニが面白くて思わず笑っていた。
「そんなに変なことを言ったか?」
レンニが不思議そうな顔をしている。
「いえ、ごめんなさい」
そう言いながらもクスクスと笑っていた。
「……。そろそろ行こうか。馬で四、五日はかかる距離だ」
「随分と遠いのですね」
「そうだな。普通、この手の依頼は一番近い神殿から行くものなんだがな」
「一番近い?」
「あぁ、場所を考えると大神殿からだな。人員も少ないこんな辺境の神殿から日数をかけて行くのはまず有り得ないのだがな。リーシャがいなければここでは対応が出来ない内容だし……」
「何かあったのでしょうか?」
「さぁな。お偉いさんの考える事はよく判らんよ」
レンニはそう言うと、両手を開き首を振った。
「準備はいいか? さて出発するか」
そう言いながらレンニは馬に跨ると歩き出し、リーシャもそれに続いた。
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