ナナユイ編
春乃があんなにつまらない子だとは思っていなかった。
朝。教室に向かう途中、私は大きくため息をつく。
「アリユイ」なんて王道すぎる。幼馴染同士の恋愛は世の中にありふれていて、私も漫画や小説で飽きるほど読んできた。
行き過ぎた保守的思考は、いつかその身を亡ぼす。そろそろ新しい試みを実行していくべきだ。
確かに、アリサとユイカが付き合っている姿は簡単にイメージできる。友人としてとても仲が良さそうだし、正直言ってお似合いだ。カップリングを成立させるのも、それほど難しくはないだろう。
でも――先生×生徒の年の差かつ不自由な恋愛のほうが、絶対に素敵だ。
「それはただ、あなたの趣味なだけでしょう?」と言われてしまうと、否定はできない。それでも、私にはこのカップリングを推したい理由がある。
ユイカは背が高く、顔立ちもクールで大人びている綺麗な子だった。対してナナコ先生は小柄で、フェミニンな雰囲気の美人だ。二人とも、一般人では珍しいほど容姿が整っている。
そう、このカップリング、間違えなく絵になる。
教師と生徒。不自由な片思いを乗り越えて結ばれた愛。
すばらしいじゃないか。まるで映画だ。美しい二人が、映画みたいな恋をするのだ。
ナナコ先生は私たちの担任の先生で、私とユイカが所属するバスケ部の顧問でもある。加えてユイカは学級委員でもあるため、ナナコ先生との関わりが他の生徒よりも多い。
事実、ユイカはナナコ先生にすごく懐いていた。――大丈夫、勝ち目はある。
ギリギリで教室にたどり着いた私は、すでに教壇に立っているナナコ先生に挨拶をし、自分の席に着く。隣の席の春乃は、私と一度目を合わせると、すぐに反対に逸らしてしまった。
すぐにホームルームが始まったが、私の意識は別のところに向かう。
私は、ユイカはナナコ先生と結ばれてほしいと思う。しかし、彼女らは生徒と先生の関係だ。簡単に恋愛に発展することはない。
今まで数々のカップルを作ってきたが、先生と生徒は未だかつてない試みだった。
生徒が先生の好意を持つよう仕向けるのはさほど難しくない。問題は、どうやってナナコ先生に恋愛感情を抱かせるか、だ。
正直、無理だと思う。ナナコ先生は正しい大人だ。生徒に恋愛感情を持つとはとても思えない。
そこで私は考えた。いっそ、二人は結ばれなくてもいい、と。
まず、ユイカがナナコ先生をたまらなく好きな状態まで持っていく。他の女、ましてや男になどまったく興味が持てないように。そして、
――卒業したら迎えに行きます。
といった台詞を、ユイカの口から吐かせる。
「……まるで映画だな」
まだ見ぬ未来を想像しながら、私は少し口角をあげる。
「それでは授業始めます」
教壇に立つナナコ先生は、よく通る美しい声でそう言った。意志の強そうな大きな目で教室全体を見渡し、満足そうに微笑む。相変わらず美人だ。
肩の下まである茶髪はハーフアップにされており、綺麗な輪郭があらわになっている。今年で二十三歳、新任の先生だ。
一限目はナナコ先生の化学の授業だ。私はまず、ウォーミングアップとして一つ、仕掛けることにした。
「あれ? おかしいな……」
先生はプロジェクターとパソコンの接続がうまくいかないらしく、「いつもはこれで繋がるのに」困った顔でマウスを操作している。さっきこっそり設定をいじっておいた。そう簡単には直らないだろう。
私は一番前の席に座るユイカを見る。腰まである美しい黒髪は、授業中のためかひとつにくくられていた。すっと背筋が伸びた優等生の彼女は、確か、理系に強く、コンピューターにも詳しい。
単純接触効果――接する回数が増えるほど、好感を持ちやすくなるという、心理効果の一つで、カップリングを作るテクニックの基礎中の基礎だ。
私はこれから、二人が話すきっかけを作っていかなくてはならない。作為的なカップリングには、こういう地道な作業が必要だった。
二人がお互いに友情や親愛以上の感情を持つように仕向ける。特に、今回は難しいコンビだ。卒業まで続けるつもりで進めるしかない。きっかけはこちらでいくらでも作れるけれど、実際に心を動かし、相手を好きになるのは、彼女自身なのだから。
大丈夫、思春期の少女は案外、びっくりするほど惚れっぽいのだ。
私は素早く周囲に目配せする。状況は整った。――今だ。
「ユイカ、パソコン得意じゃなかったっけ」
「わたしできますよ!」
私の声にかぶせるように、隣の席の春乃が元気よく立ち上がった。
「ありがとう、助かる」
ナナコ先生はにっこり綺麗に笑ってお礼を言う。
「いえいえ~」
春乃は見事にパソコンを操作し、プロジェクターには授業のスライドが反映させた。
すっかり頭から抜け落ちていたが、春乃は基本、何をやらせても平均以上にこなせる。この程度のトラブルなど、お手のものだ。
感謝され照れくさそうにしながら戻ってきた春乃に、私はひっそりと囁く。
「……汚いよ、妨害なんて」
「ふふ、ルールは特にないでしょ?」
春乃は目を細め、小悪魔っぽく笑った。
憎らしい子。今日帰ったら憂さ晴らしとして、春乃を主人公にした百合小説を執筆してネットに投稿してやろうと思った。
◇
チャイムが鳴って授業が終了し、教室に賑やかな雰囲気が広がった。
「ユイカさん」
作戦を練り直していると、ナナコ先生がユイカに話しかけているのが耳に入った。騒がしい空間にいても興味のある話ははっきりと聞き取れる。カクテルパーティー効果だ。
「中間テストの範囲表、配っておいてもらえるかな。職員室前のボックスに入ってると思うんだけど……」
ユイカは学級委員長で、こうやってナナコ先生から仕事を頼まれることも多い。ターゲット同士が勝手にかかわり合ってくれるのは、こちらとしてもありがたかった。
「あれ? それってもう配ってなかった?」
ふと、ユイカの隣の席の男子生徒が言った。
うるさい百合を邪魔するな、と思いながらも、私は自分のクリアファイルを確認する。確かに、彼の言う通りだ。……まさか!
隣の席を見ると、春乃が頬杖をついて、ほくそ笑んでいた。
――この子、先回りをして……!
焦るな。自分にそう言い聞かせる。
ゆっくり、ゆっくり進めていこう。これは長期戦だ。焦らなくていい。
私はただユイカが他の人に恋心を抱くことを妨げればいいのだ……
「春乃、ありがとう。いつもごめんね」
ユイカが振り返って言った。
「気にしないで~。たまたま気づいて持ってきただけだからさ」
春乃は明るく答える。そして、私のほうに顔を向け、きゅっと口角を上げた。
ムカつくやつだ。私は舌打ちして視線を逸らす。
……そういえば、春乃って周りをよく見ているよな。
真っ白な肌に、色素の薄い髪。そして、親しみやすい柔らかな笑顔。外見から想像できるふわふわした雰囲気とは裏腹に、頭脳は冴えている。
観察眼が鋭い彼女は、自分が周囲のためにできることを瞬時に読み取り、行動に移すことができる子だった。
私が春乃を好きになったのも、彼女のそういうさりげない優しさを知ったからだ。もちろん友人として。
私は、どんよりした気持ちのまま、次の作戦を考え始める。
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