四.三日目(四月四日(火))
22.『みかん島』と〈婚姻誓約〉の儀式
四日目の朝。いまだ不機嫌が治らないらしい
今朝の食事はビュッフェ方式でなく決定メニュだった。ただし和洋の選択はできる。ハル子さん・
ハル子さんがボロニアソーセージのスライスと新玉葱のマリネを口に運んだ刹那、突然うつぼ君が彼の隣席に座していた歌枕さんに「あの」と
「なんでございますか? うつぼ様」
「歌枕さん。婿が決定した後、何か具体的に行なわれる行事なんかがあったりしますか?」
「行事、でございますか?」
「ええ。僕が婿に選ばれない限り、それを知ることはないでしょう? 下世話な好奇心で恐縮ですが、もしよろしければ教えていただきたい」
歌枕さんは柔らかく
「行事と申しますか――これも
うつぼ君はエスプレッソを
「みかん島――ですか」
「はい」
「みかんがようけ生っとる云うことですか?」
「いいえェ。その
からからと笑いながら、すでに食事を終えていた
「漢字になおしましたらば、
さらさらと文字を書き付ける。どうやら偽古庵様、ハル子さん達が知らぬ間に姫さま達へ「和紙手帳」を進呈していた模様。手早い。もしかすると彼は存外女性あしらいが上手いのだろうかと、ハル子さんは訝しむ。「うむむ」と下唇を曲げ、ごくりとハムを
「御還島――わっかのほうなんや」
「はい」
歌枕さんはりんと微笑み、窓の外へと視線を飛ばした。
「先日も偽古庵様には少しお話いたしましたが、庭にあります、つくばい。あれは、みかん島を
と云うことは、あの『はじめのご対面』時に、彼等は二人でそんな話もしていたということかと、ハル子さんは考え到る。
「みかん島は、輪の形に繋がった珊瑚礁が島となったもの。本来ならば真水は湧かず、土もないはずなのですが、みかん島はとても肥沃な土を持つ島なのです」
知らず知らずか、顎に手をやっていたうつぼ君は、ふいにぽんと手を打ち鳴らした。
「あのつくばいは
「ええ。その通りでございます」
「そら、ごっつい話やな……」
感嘆したふうの偽古庵様に、歌枕さんは「本当にそうでございます」と
「なんの奇跡かは、わたくしも存じ上げませんが、みかん島の中心にございます小島は
「従姉妹? 分家ですか?」
うつぼ君の問いに、歌枕さんは頭を縦にする。
「はい。元来みかん島には本・
「ほな、あのつくばいが二重構造になっとんのは、島の内側は真水やけど、周辺は塩水や云うことなんか……」
「偽古庵様、塩水でなく、海水です」
さらさらと笑いながら
「
ハル子さんは思わず自分のまとうワンピースに指先を這わせた。それはハル子さんが持参した、あの一張羅のワンピースである。歌枕さんもちらりとハル子さんへ視線を向けたが、すぐにうつぼ君の側に向き直った。
「――島の内側に溜まった真水は、どう云うわけか
「霧西湖」
「歌枕様。それは地下牢獄に収監されとる「存在してはならぬ者」の名前でねぇのですか?」
横から
「いえいえ、違いますよ古里さん。アレは「霧西湖」と字は書きますが読み方が違います。今云っているのは湖のほうの「霧西湖」です」
訂正を加えたのは歌枕さんでなく、王國に住んで久しい、いと
「あれやで。あの
指折りながら数え上げる
「それからクッシャロ湖とか――クッシャロ湖ってあったっけ?」
早速つまったうつぼ君は、珸瑶瑁先生に尋ねかける。
「ありましたか?」
「さぁ、あったようななかったような」
「あとなぁ、ほれからビクトリア湖とかゴダイゴとか」
「最後のだけ違います。
訂正をかけた珸瑶瑁先生に、偽古庵様は首を「むん?」と傾げる。
「そーか?」
「ニアミスですね。
「あの」
遠慮しいしい松ぼっくりちゃんが声をかけた。
「クッシャロ湖、あります」
「ありましたか」
どこか嬉しそうに珸瑶瑁先生は微笑む。
「
視線で微笑みあう二人を前に、ハル子さんはようやく彼等二人がさりげなくも正面に向かい合って着席しあっていたのだと気付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます