19.「僕は、もらえるものならば全てほしいぞ」



「どうして、あなたはそんなことまで知っているの?」


 うつぼ君は、苦々しい表情になって唇を曲げた。


「実は、ここにくる時あの汽車を使ったんだ。その時ヤツにこえをかけてしまった。そうしたら、とくとくと身の上話をしてくれたよ。おかげで、もう一日早く到着しているはずが終着駅まで付き合わされてしまった」


「でも、うつぼ君は私と同じ日に到着していたでしょう? 私、ここにきた一昨日おととい、汽車の中で『駅名知らせの車掌お化け』を目撃したわよ? あの日、車掌お化けに捕まっていたのは禿頭とくとうの中年男だったわ」


「だから、僕が汽車に乗ったのは一昨昨日さきおととい――つまり三月三十一日のことなんだよ。しかも運が悪いことに登りの最終列車だったんだ。終着駅に停車してすぐに逃げたんだけども、翌朝――つまりハル子がここに到着した一昨日の朝だな――の始発にヤツが乗り込んだから、仕方なく一本遅らせたんだよ。全く災難だったな、アレは」


 うつぼ君はバリバリと頭を掻いた。


「で? 結局その……なんや、『駅名知らせの車掌お化け』か? そいつはなんやて?」

「重要なのはここだ」


 うつぼ君は、「和紙手帳」をペンでとんとんと叩いた。


「よく考えてみろ。『駅名知らせの車掌お化け』と云う生き証人がいるんだ。その時点でと云う文句には矛盾が生じている」


 ハル子さんは絶句した。


「そう云えばせやな――ほな、なんでなんや?」


 うつぼ君はこえをひそめ、かすかに身体を屈めた。


「いいか。これも『車掌お化け』から聞いた話なんだが、まにまに王族に男が生まれたとしても、それは男じゃないんだ。まにまに王族には、確かに女しか生まれない。――例え外見は男でも、遺伝子レベルで云えば全員がXXの染色体を持っているのだそうだ。――皆女なんだよ」

「それって、『男』が生まれた場合は、どのみち次の子供が生まれへんてことか?」

「そうだ。だからまにまにの王族は、絶対にんだ」


 うつぼ君は「僕にもまだよくは判っていないんだが」と呟き、ぱたん、と「和紙手帳」に蓋をした。


「ヤツに接近遭遇したからこそ、僕は姫が生まれていない可能性を思いついたわけだ。――あくまで一つの仮説に過ぎないけどな」


 うつぼ君は「和紙手帳」を懷にしまい込み、腕を組む。


「姫が生まれていない――つまり、後を継げる者がいない――となると、王族はこの時点で断絶と云うことになってしまう」

「せやけど、分家とかがあるやろ?」

「分家ぐらいはあるだろう。だけど、まにまにがもつ『莫大な資産』がまた問題になるんじゃないか? もし、分家が本家に移る場合、何等かの問題が生じるのかも知れないとしたら――偽古庵、おまえならどうする?」


 偽古庵様は、「ああ」と呟いた。


「とりあえず、誰か半身が選ばれたことを内外にアピールして、一時をしのごうと思うやろな」

「そうだ。よしんば生まれたのがだったとしても、慣例通りに半身が選ばれたとあっては、誰も王族の安泰を疑うまい。そうだろう? それに、爲來しきたりによると、今回半身が見付からなかったとしたら、また十二年先まで〈見合い〉は伸ばされるんだ。つまり、それはと云うことだよ」

「ううん……成る程なぁ。そう考えることもできるんや」

「僕はな、これが初めてのことじゃないと思う。でなければ、どうして姫さまのフェイクが必要だ? 多分、これまでにもそう云う裏事情が起きていたんじゃないだろうか? もし本物の姫さまがまだ生まれていなかったとしても、十二年後に行なわれる見合いまでに後を継げる姫さまが生まれれば、その子を後継として公表すればいい。どうだ? 色々都合のいい部分が見えてきたろう?」


 ハル子さんは溜息を吐いた。ここまで彼が深く考えているとは思わなかったのだ。


「うつぼ君――あなた、すごいのね」

「そんな程のものでもないよ」

「方向音痴も超ド級だけど」

「それは云うな」

「ところで、うつぼ君さっき、まにまにには資産があるから、それを見越して、あなたが乗り込んでくるだろうことは明白だと云っていたわね?」

「ああ」

「――うつぼ君は、お金がほしいの?」



「僕は、もらえるものならば全てほしいぞ」



 以前、彼が偽古庵様に対し、土産について同じセリフを口にしていたことを思い出した。その時と、彼は全く同じ眼ををしてその言葉を紡いでいる。それが、かすかに薄ら寒い。ハル子さんの思いに気付いているのかいないのか、うつぼ君は腕を組んで唇を尖らせた。


「……大体、不自然なのは偽古庵にせこあん、お前だ。なんでこんなところに来た。まさか、お前のところにも手紙がきたと云うのか?」

「そう云われてもなァ、そこでYESと答えたら、一寸ちょっとはお前好みのミステリィらしなるんやろうけど、残念ながら、ほんまに親からの指令」

「つまんないヤツだな」


 不満そうに舌打ちしたうつぼ君を見て、偽古庵にせこあん様はからからと笑った。


「まあ、ほんまは来てもやんでもどのみち一緒やねんけどな。オレ彼女おるし」

「は?」


 二人そろって頭を巡らせたハル子さんとうつぼ君に、偽古庵様はからからと笑った。


「別に、彼女くらいおったかてエエやんか」

「じゃ、なんで見合いになんかくるんだよ」

「せやから、珸瑶瑁ごようまいのためなんやないか」

「……珸瑶瑁先生の?」


 偽古庵様は、二本目のバナナの皮を丁寧にむきながら鼻を鳴らした。


「あいつ、三十路にもなって、まだ独身なんやで? あんだけ優しくて男前で、そらちょっと鈍臭いとこあんのは認めるけど、でも、ものごっつ歌かて上手なんや」

「歌、上手なんだ」


 意外に思ったハル子さんが零すと、とたん偽古庵様は得意な顔になって「ちちち」と指をふった。


「そうや。カラオケする時は人変わるねんで、珸瑶瑁」

「ちょっと待て、偽古庵。話が変わっている」


 うつぼ君がいさめると、偽古庵様は口を半開きにしたまま、振っていた指を止めた。脱線に気付いたのである。


「ああ、せやった。――せやからな、アイツはエエ男やねん。それが今まで独身で通さしてしもたんは、やっぱり俺の侍従なんかやってたからやし、ちょっと責任感じとんねん。せやから、こんなエエ出逢いの場、がす手ェはあらへんがな思て。せやろ?」

偽古庵にせこあん

「あ?」


 いつの間にかうつぼ君は、生垣の隙間に頭をくっつけている。


「どないしたんや、うつぼ」

「偽古庵黙れ」

「なんやねん」


 さすがの偽古庵様もムッとした風情である。しかし、うつぼ君のほうもひるみと云うものがない。


「黙れと云っている」

「せやから」

「噂をすれば影だ」

「は?」


 怪訝に思ったハル子さんがうつぼ君の視線の先をたどり、そうしてようようその意図を悟る。土手の脇に植えられた金木犀きんもくせいの、その下。ゆったりと歩いてきた二人の人影が、そこに、やはりゆったりと腰を下ろしかけている。



「あれって……」

珸瑶瑁ごようまい先生と松ぼっくりちゃんだ」




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