17.ダークホース



「云い出しっぺはあんたやで。立破りっぱはんの動機も聞かせてもらわな」

「そう、だね」


 初めは途惑とまどっていたものの、立破さんは腹をくくった顔で下唇を少し噛んだ。


「オレね、まにまにのある住人と、インターネットのとあるチャットルームで知り合ったんだ」

「ちゃっと」


 我知らずこえに出してしまったハル子さんを見、うつぼ君は「お前チャット知らないんだろ」と眼をすがめた。事実ハル子さんはそう云うものにとんとうとい。わざと目蓋をふせ、するすると茶をすすり込んだ。


 立破さんは「はは」と笑い、照れ隠しのように頭を掻いた。


「彼女はとても聡明な女性でね、お見合いがあることは、彼女から直接聞いたんだ」



 成る程、とハル子さんは胸中で首を縦にした。そんながあったか。



「では、立破さんはその女性と面識があると……?」


 問うたうつぼ君に、立破さんは「いいや」と首を横にふる。「お互い、ハンドルネームを使ってたからな」


「まさか、それは姫さま本人だと云うことはないですか?」


 うつぼ君の言葉に、立破さんはからからと笑いごえを上げた。


「いっくらなんでも、そんなに都合の云い話はないだろ。でも、そうだったら嬉しいとは思うけどね」




 今日の昼からは、姫さま達を誘っての外出が許可されている。いくら共に作戦会議を開いてみようと、彼等はいわゆる恋敵なのだ。十二時を前に場は解散し、それぞれ自室に戻るため立ち上がった。


 まず、珸瑶瑁ごようまい先生がふすまを引き、偽古庵にせこあん様がそこを通った。そう云えば、偽古庵様は『松露しょうろの間』に訪れた時も自身で襖を引いていなかったとハル子さんは気付く。


「ねぇ、うつぼ君」

「ん」


 先に廊下へ出ていたうつぼ君は、中庭を見つめていたらしい。首をぐるりとこちらに回した。


偽古庵にせこあん君って、自分で襖を開けないのね?」


 小声で問うと、うつぼ君は一瞬言葉の意味を吟味したような顔をして、それから「ああ」と納得の吐息をもらした。


「それが珸瑶瑁ごようまい先生の役目だからな。逆に珸瑶瑁先生が偽古庵に開けさせないと云うのもあるけれど」

「ふうん」


 新たな発見だった。


「そう云えば、みんなの部屋の名前を聞いていなかったわね。いと蜻蜒さまはここ『松露の間』でしょう? それから、うつぼ君が……」

「『海鼠なまこの間』だ」

「俺と珸瑶瑁は、一緒に『海螢うみぼたるの間』や」


 前を歩いていた偽古庵様が、くっ、と親指を立てて背後を指す。弐棟の最手前の部屋であるらしい。


「オレは『雲丹うにの間』だよ――」


 すでに階段を登りきってしまっていたらしい立破さんが、聲だけを下階に投げかけてきた。


「ありがとうー」


 ハル子さんが手を口許にあてて叫ぶと、上階のほうから「はははは」と爽やかな笑いこえが響いた。



 『松露の間』から引き上げた後、どうやら女性を誘う行動力に欠けるらしい婿様候補のうつぼ君、偽古庵様、ハル子さんの三人は、例の小食堂で昼食を共にした。姫さま達は誰も顔を見せず、ハル子さん達の他は、隅のほうの席で古里フルサトさんが何やら一生懸命書き物をしているのみ。


「なんや――俺らエラい暇人みたいやな」


 香辛料をふんだんに混ぜ込んだソーセイジにフォークを刺しながら、偽古庵にせこあん様が呟いた。聞こえていたはずのうつぼ君は、あえて無視を決め込み、黙々と白身魚のムニエルを口に運んでいる。ハル子さんはミックス・ジュース一杯を昼食代わりにしていた。肘をついた指先で、心待ち上向けたあごを支えている。無自覚な気だるさで、ハル子さんはぼうと外を見つめていた。


「いと蜻蜒とんぼさまは、金壷かなつぼさんと一緒に図書館へ行かれたそうよ。立破りっぱさんはどうするのか、偽古庵にせこあん君、聞いていない?」

「なんやインターネット・カフェに行くんやて」

「インターネット・カフェ?」

珸瑶瑁ごようまいが聞いてきよったんや。化石みたいな爺さんが、こっから歩いてそう遠くないとこで経営しとるらしい」

「で、その珸瑶瑁先生は?」

「さあ?」

「さあって、聞いていないの?」


 驚いたハル子さんに、偽古庵様は苦笑しながら立ち上がった。


「俺らかて、四六時中べったりや云うわけやないんやで」


 そのまま偽古庵様はコーナーまで歩いてゆき、戻ってきた皿には三本のバナナを乗せていた。椅子に腰を落としつつ、「それにしても……」と眉根をよせる。


「あの人こそ、姫さまが誰か知ってそうなんやけどなぁ」

「誰のこと?」



「いと蜻蜒とんぼさまや」



「いと蜻蜒さまが?」

「だって、二十年近くここで暮らしてる云うとったやん」

「知っていたとして、教えてくれると思う?」


 ハル子さんの突っ込みに、偽古庵様は一層眉間の皺を深くして「うむむ」と唸った。


「まぁ、ありえへんやろな」

「当然でしょ。あの人も一応婿候補なんだから」


 と、唐突にうつぼ君が立ち上がった。


「どうしたの?」


 ハル子さんが見上げながら問うと、うつぼ君は口許を拭い終わったナフキンをテーブルの上に落とし、その流れで襟元を直した。


「喰い終わったら、外に出よう」

「は?」

「話がある。三人でだ。僕はロビーで待っているよ」


 一人で話を決めて、うつぼ君はすたすたと小食堂を出て行ってしまった。その動きに、提案を却下される可能性を考えるふうは微塵みじんも感じられない。ハル子さんはしばし茫然としたが、やがて「ふう」と溜息をもらし偽古庵にせこあん様のほうへ顔を向けた。


「彼、いつもこんなふうなの?」

「まあ、スイッチが入ったらこんなモンかな」

「スイッチって?」

「探偵趣味のスイッチや」


 ハル子さんは眉間に皺した。


「探偵趣味? 彼ってそう云う人なの?」

「ああ。こういう謎解きっぽいのんが眼の前に差し出されるとワレ忘れよる。是が非でも解こうとするな」

「――厄介やっかいなことを……」

「ん?」

「なんでもない」


 ハル子さんは、まだグラスに半分ほど残っていたミックス・ジュースを一気に飲み、かたん、と円卓の上へおいた。



「嫌だわ。――彼がダークホースなのね」

「かも知れんな」

 


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