ある洞窟

蛇いちご

第1章 プロローグ

第1話

 目を覚ますとそこには見知らぬ天井が広がっていた。岩肌の……暗くてあまり見えないが、でこぼことしたような。洞窟にいるみたいだ。


 耳をすませば、すぐそこで波の音が聞こえる。ざあざあと寄せては帰る謎の水だ。前、飲んだ時あまりにもしょっぱかったんで、やっとどうしてみんなが川から水を引いてきてるのか分かった。


 目の前の岩肌が外からの明かりで照らされて、辛うじてそうであることだけが分かる。薄暗い、洞窟の中。


 「起きろ」


 耳元で野太い男の声。それが聞こえるとほぼ同時に体が宙に浮く。どうやら腕が引っ張られて無理やり起こされたようだ。


 耳に入って来る悲鳴、怒声、罵声、笑い声、聞き覚えのある泣き声。なんの声だっけ?


 目の前にはどこまでも広がるしょっぱい水。たまに魚を捕りに来ていた。


 風がやけにじとっとして、布が肌にすいつくようで気持ち悪い。なんだか、やけに肌がべたべたしていてとても不快だ。俺はなんでこんな思いをしているんだ?


 もしかして両腕を抱えられた状態で引きずられているのか?海が遠のいていく。


 横をたくさんの男たちが通り過ぎていく。皆一様に、腰の周り以外何もつけないでにやにやとした顔でこちらを眺めている。まるで、海に潜るときの恰好みたいだ。


 悲鳴、怒声、罵声、泣き声うるさい声が近づいている。すごく不快な気持ちだ。泣き声が近づいている。女の鳴き声だ。耳につんつんとくる。


 いくつもの不快な音が重なって本当に不快だ。周りはどんどん外から遠ざかるにつれて遠くなるし。横では、何か女が男に髪をひっぱりあげられて暴れている。すごく奇声を発しながら暴れている。


 何人かが赤くなって倒れている。頭のあたりが真っ赤で顔が見えない。その人たちはでもちゃんと服を着ているみたいだ。


 体が宙に浮く。痛い。


 地面にぶつかって肺から空気が全て出る。ざりざりとした岩肌が肌を擦りむいた。なんだか、やけに地面がぬるぬるしている。


 目の前に、木の柵が降りる。上を見ると、また同じように木の柵。横を見る。


 なんだか、浮かない顔のちゃんと服を着た男たち。ところどころ、顔や腕に青あざがあったり切り傷があったりしている。


 後ろを見る。一人のひげの濃い男がこちらをじっくりと見つめている。目の上に大きな切り傷を作り、そちらのほうだけ半開きだ。口の端が切れている。その後ろには同じように木の柵。あれ、よく見たらこの柵、切れ目がない。隙間なく完全に囲まれてる。


 なんだっけ……?これ?あれ?


 頭が急にビリビリする。まるで、水をそそがれたみたいな感じだ。


 なんだ?どうした俺?俺は今の自分の状況を分かってなかった?どうした?あそこで髪を引っ張られてどこかに連れていかれようとしているのは俺の母親じゃねぇか。あっちで倒れ込んでるのは隣のせがれ、向こうのじじぃ、あっちのじじぃ、あっこのばばぁ…!顔は真っ赤に何かが……いや、血だ。頭が割られてるんだ……。


 俺は、今檻の中にいる。迷い込んできた獣を入れるような……。


 檻に誰かが近づいてくる。逆光で良く見えないが、一人の女が2人に抱えられてこちらに近づいてきている。女は声をあげながら足をバタつかせて抵抗している。この声は…


 「ありんっ……!!」


 隣で男が格子を思いっきりつかみながら叫ぶ。ありんの親父だ。


 すぐ目の前まで来てようやくわかった。ありんだ。俺が……家に通った……。


 牢屋の目の前まで来たが、男たちがこちらに入れる気配はない。目の前でバタついている彼女を無理やり、地面に寝かせ服をはぎ取ろうとしている。


 ここからの展開はもう見なくても分かる。いや、もうこれ以上見たくない。最悪だ。両目をギュッとつむり、格子を思いっきり殴りつける。びくともしない。


 「おい!どけよ!」


 少し遠くのほうから、ちょっと高い声が聞こえた。俺と同じぐらいの歳頃の声だ。


 彼女に覆いかぶさっていた人影がすっとどき、もう一つの人影が走って近づいてくる。


 ありんが立ち上がり、逃げようとする。いや、こちらを見た。俺と目があった。彼女に向かって手を伸ばす。


 彼女もこちらに手を伸ばす。


 互いに握り合い、体温を感じる。柔らかく、温かいぬるりとした物で汚れた彼女の手を離さず、互いに見つめ合う。


 言葉が出ない。大丈夫とは言えない。彼女も何も言わない。ただ、こちらの目を見て、泣きそうな顔をするだけだ。


 「おんなぁ!おれを見ろ!」


 彼女の手が離れる。即座に、上体を捻られてこれ以上力を入れられなくなったんだ。それでも、なんとか追って手を捕まえる。絶対に離さない。


 「いや!」


 ありんが目の前の男の人影をもう片方の手で突き飛ばす。ふらふらと人影が尻もちをつく。


 次の瞬間、彼女は男にそのまま突進され倒れ込む。手を伝わって感じる。体に受けている衝撃。何度も何度も、馬乗りになられて体中を鋭利な物で刺されている感覚。


 手が冷たくなっていく。彼女がこちらを見る。力ない目。緩んだ口元。だんだんと目から光が失われていく。血色を失っていく顔。


 待て待て待て待て待て待て。あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。


 こんなことがあっていい筈が無い。


 人影が、彼女を刺すのをやめ、何か彼女の体に鋭利な物を沿わせ始めた。びりびりと何かを引き裂く音。こいつ、服を切り裂いてるのか


 おい!おい!おい!!やめろ!やめろ!!


 彼女の手にはもうすっかりなんの温かさも残っていない。彼女の顔も白くて、目も半開きで口も半分開いている。


 「お~い!あしっ!!おまえぇ!つちをころすなっていっただろうが!」


 また、遠くから今度は地面の底から聞こえるような野太い声。そして、ひときわ大きな、熊みたいな影が走って来て、彼女から影を引き離す。


 「ばっかやろう!!!なんべんいったらわかるんだぁ!!つちは殺すなぁ!!このばかやろう!!!!」


 肌が激しくぶつかる音。そして、倒れ込む影。


 「っち……おまえのせいで、またつちがなくなっちまうじゃねぇか!!女慣れしてねぇからって殺すなバカ!!漁の手伝いしてろ!!」


 膝に何か温かいものを感じる。暗くて良く見えない。何か液体みたいだ。動物をさばいた時の匂いがする。


 「ありん……」


 隣で彼女の父が肩を震わせている。


 


 

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