第七話⑵
俺の懇願するような口調に、神希は強いうなずきを返して語り始めた。
「推理のきっかけは、干支のガラス細工でした。うっかりさんと堺さんが、地震の後でリビングに入ったとき、壁に取り付けられた飾り棚に並んでいた干支のガラス細工は、十二体すべてが割れていました。
しかし、夏ノ園美咲ちゃんの話によれば、兎のガラス細工だけは、美咲ちゃんが部屋を出るときソファに置いたままだったとのことでした。もし、兎のガラス細工が、堺さんが玄関の鍵を閉めたときもそのままの状態だったとすれば、地震の影響で飾り棚から落ちて割れたのは十一体で、兎のガラス細工だけは、鍵を盗んでリビングに侵入した犯人自身によって割られたことになります。犯人が地震の起きる前に、ソファに転がっていた兎のガラス細工をわざわざ飾り棚に戻す理由はないですからね」
「それはそうだが… でも、最後に部屋を出たのは、夏ノ園ではなく月城だろう? 堺がそう証言していたぞ。だとしたら、月城がソファに転がっていた兎のガラス細工を見つけて、飾り棚に戻しておいたのかもしれない」
「大関さんとうっかりさんが、夏ノ園美咲ちゃんと、つまり『みるん』ちゃんとバスで話をしたときのことを覚えていますか?」と神希が急に今までの話とは無関係と思われる事柄を話しだした。
「バスで話した? ああ、覚えているとも。撮影前のことだろ?」
「ええ、そうです。大関さんとうっかりさんがバスに入ったとき、みるんちゃんはすでにバスの中にいました。大関さんが待ち合わせの時間として、堺さんを通してみるんちゃんに伝えたのは九時五十五分。ですが、待ち合わせの十分前には、大関さんとうっかりさんはバスに着いて、みるんちゃんと顔を合わせた。つまり、このとき、時刻は九時四十五分ということになります」
「ああ、そうなるな。だけど、それがどうした? 大関さんが堺に指示を出したのは、確か九時四十分だった。そのあとすぐに堺は戻ってきたんだから、堺から大関さんの伝言を聞いた夏ノ園が、九時四十五分にバスにいてもおかしくないだろ?」
「そうでしょうか? 撮影直前に、みるんちゃんはわたしにこう言いましたよ。『寝不足だったけど、さっき大関さんと鵜飼さんが打ち合わせにいらっしゃる直前まで、バスで十五分くらい寝ていたら元気になった』って。したがって、みるんちゃんは、四十五分マイナス十五分で、九時三十分にはすでにバスの中にいたことになります。
一方、大関さんが堺さんに伝言を命じたのは九時四十分です。そして、堺さんは二分ほどで戻ってきて、大関さんに『みるんさんに伝えました』と報告しました。だけど、これって変ですよね? だって、バスにいたみるんちゃんと会ったのなら、こんな表現を使うはずないですから。『みるんさんはもうバスにいます』とかそんな報告をしたはず。従って、堺さんはその時みるんちゃんとは会っていないことになる。だとすれば、堺さんはいったい誰と話をしたんでしょうか?」
そう言われてみれば、そのとおりだ。いったい、どういうことだ?
「そこで、もうひとつの事実を思い出してください。撮影場所であるリビングにみんなは十時ちょうどに集合しました。だけど、月城美奈ちゃん、つまり『みなるん』だけは遅刻してきました。うっかりさんにどこにいたんだと詰問されて、みなるんは『バスにいた』と答えました。そして、うっかりさんに叱られたことがとても不満そうな様子でした」
「それってつまり・・・」
「ええ、そうです。堺さんが、大関さんの伝言を伝えたのは、みるんではなく、みなるんだった。支配人補佐となってわずか二週間足らずのの堺さんは、ニックネームが似ている『みるん』と『みなるん』を取り違えていたんです。
堺さんに伝えられたとおりに、みなるんは九時五十五分にバスの中にいた。だけど、そのときすでに大関さんとうっかりさんはバスから立ち去っていたために、みなるんは待ちぼうけとなって集合時間に遅刻してしまったんです」
なるほど、そういうことだったのか。月城を頭ごなしに叱りつけて、申し訳ないことをしたな。あとで謝っておこう。
「それでは、話を戻します。堺さんは、『みなるん』が部屋を出たのを見届けて玄関の鍵を閉めた、と発言しましたが、実際に最後に部屋を出たのは、みなるんではなく、みるんだったことになります。
みるんはソファに兎のガラス細工を置いたまま部屋を出たのですから、玄関の鍵が閉められた時点で、やはり兎のガラス細工はソファに転がっていたことになる。すると、さきほど触れた仮定が事実として確定します。
兎のガラス細工だけは、鍵を盗んでリビングに侵入した犯人自身によって割られたのだと」
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