第二話⑴

 二


 俺の名前は鵜狩、鵜狩武史うかり たけしだ。職業は、アイドルグループ「ネバーランド ガールズ」の専用劇場の副支配人。年齢は四十二歳、妻と二人の女子中学生を家族に持つ。家庭では、穏やかで気の優しい良き夫であり、良き父親であると自負している。

 だが、職場でみせる俺の顔はちと違う。五十人ほどの少女を束ねる役割を担っているのは名目上の最高責任者である支配人よりも、副支配人たるこの俺だ。実質的な最高権力者として、さぞかし彼女たちから畏怖の念を抱かれているに違いない。

 というのも、俺は常に彼女たちに対して厳格な態度を一切崩すことはしない。多感な思春期を過ごす少女たちにちょっとでも隙をみせればすぐにつけ上がり、たちまち統制がとれなくなるからだ。何度となく俺の叱責で彼女たちの目に涙の粒を浮かべさせているが、後悔も妥協もしたことはない。

 俺のモットーはただ一つ。「ネバーランド ガールズ」を日本一のアイドルグループに仕立て上げること。それだけだ。いわば、俺は「仕事の鬼」と言って差し支えない。

 梅雨がようやく明けた七月下旬の土曜日、俺は長野県は白樺湖にほど近いとある別荘に来ていた。シングルCDのカップリング曲のミュージックビデオ(MV)撮影のためだ。カップリング曲とは、タイトル曲以外の楽曲のことで、アナログレコードでいうところのB面にあたり、なかなか一般的には日の目を見ることはないのだが、コンサートで最も盛り上がる楽曲に成長する例もたびたびあり、その制作過程でもタイトル曲同様に一切手を抜くことはない。一分一秒でも気を抜くことは許されない。

 とはいえ、前言を翻すようで恐縮だが、俺はさきほど撮影現場となっているリビングをこっそりと離れ、若干の後ろめたさを覚えながら、スタッフ用の控え室となった別荘の客間のひとつに一人きりでいた。

「センター? そりゃ、シゲに決まってるだろ! 俺は忙しいんだから、もうかけてくるなよ。頼むよ」

 我しらず大きな声で喋ってしまったスマートフォンでの会話を打ち切り、足早に部屋を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る