第41話 ライリーとエリック①
エリックは、これから自分の身に起こるであろう出来事にとてつもない危機感を覚えていた。
これは、エリックが何としてでも避けたいと思っていたことである。少なくとも、自分のやりたいことをやり遂げるまでは。
しかし、こんなにも早く事が動いてしまった。
何がいけなかったのか。何が悪かったのか。思案しても何も思いつかない。
とりあえず、おとなしく時の流れに身を任せることしかできないのだ。
「エリック様? 朝から顔色が悪いけど、何かあったの?」
「い、いや……。何でもないんです」
エリックの隣に立つクララに対しても、そっけない態度のエリック。
クララは、エリックがこの状態になってからしばらくはおせっかいをしない決断をしていたが、それでも放っておけないのがクララの性格。
チラチラとエリックの方に視線を向けては、どうしたら良いのか分からず挙動不審になっている。
「エリック様、とりあえず屋上に行きましょう!」
「え……?」
「ほら、ライリー様に屋上に来いって言われていたでしょう?」
「あ、あぁ……。そうですね」
わざとらしく忘れていたようなそぶりを見せるエリック。しかし、そんなことを気にしないのがクララの良いところである。
「でしょう? ライリー様を怒らせても面倒だし、早くいきましょう!」
「あ、ちょっと……!」
クララに引きずられるようにして教室を出るエリック。行きたくないと告げる間もなく、屋上に連れていかれてしまう。
(女性に乱暴した暁には、余計にお小言をもらいそうだし……)
クララを引き留めることも考えたが、実行に移す前に思いとどまる。仕方なくエリックは屋上に来てしまったのだ。
その屋上には、首を長くして待つライリーの姿があった。
「クララ様、遅いよ。待ちくたびれちゃった」
「ごめんなさい。エリック様の顔色が悪いようだったから、心配で……」
クララは、ちらっとエリックに視線を向ける。しかし、エリックはその視線にも気づかずにずっとうつむいたままだ。
「そっか。それなら仕方ないか。それにしても、ずいぶん仲がいいみたいだね?」
「え? そう? やっぱり、周りにはそう見えるのかしら。エリック様のためにも、私と仲良くしているって思われない方がいいのに……」
ぶつくさと独り言を言っているクララ。どうしてもエリックと仲良くしているというのを学園の人間に知られたくないようだ。
そんなクララの様子を見てフッと微笑むと、ライリーはエリックの方へ視線を向ける。
「それで? エリックは、何をしているの?」
「え、えっと」
突然話しかけられてあたふたしているエリック。ライリーはそんなことお構いなしにエリックのことを睨みつける。
「ライリー様、エリック様は具合が悪かったのよ。睨みつけたらいけないわ」
「はいはい、わかりました」
エリックに一瞬の鋭い目つきを向けてから、クララに笑みを向けてごまかすライリー。
自分とエリックとで態度が違うことを不可解に思いながらもクララは話を続ける。
「それで? 話したかったことは?」
「あぁ、そうだった。最近アイーヌの動きが活発だから、注意しておいてもらいたいってことを伝えようと思ったんだ」
クララに微笑みかけながら話すライリー。一方のクララは話の内容が薄いことに驚きを隠せない。
「え? それだけ?」
クララはだらしない返事を返す。ライリーは、そんな姿に一瞬吹き出しそうになりながらもどうにか耐えようとしていた。
「そう。それだけ。でも、大事でしょ? シェイラ様の命がかかっているんだから」
「……それもそうね。わかったわ。注意してみておく」
「ありがとう」
クララに笑みを向けると、その後ろにいるエリックへ冷たい視線を向けるライリー。クララの方は見ずにエリックだけを見つめながら会話を進める。
「それじゃあ、あとはエリックと話したいから二人にしてもらってもいい?」
「え? エリック様がいいなら、私は構わないけれど」
「そっか。じゃあ大丈夫だね」
エリックの返事など聞きもしない。いつもと違うライリーに若干の困惑を覚えながらもその場にとどまる勇気のないクララは、屋上から離れることを決めた。
「そ、それじゃあ、また明日会いましょうね! エリック様も、また明日!」
そそくさのいなくなるクララ。
クララのいなくなった屋上は、ピンと張りつめた空気が漂う。
「さぁ、どこから話してもらおうか?」
笑っているようで、目が笑っていない。そんな姿を見たエリックは、心の中で震え上がるのであった―—。
つづく
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