第21話 迫田とのデート
秋風が冷たく感じる10月も末。
すみれが迫田の家の家政婦になってもう4か月が過ぎ、ふたりの距離は少しづつ近づいていた。
「すみれさん。たまには俺と外へ出掛けないか?」
迫田からの思いがけない誘いに、すみれは驚きで一杯になった。
「ほら、いつも君には世話になっているし、たまにはお礼をさせて欲しいなって思ったんだけど、どうかな?」
照れくさそうな表情の迫田に、すみれは首を軽く横にして尋ねた。
「それは・・・デートするってことですか?」
「・・・何て言ったらいいかな・・・まあそう受け取るのは君次第というか・・・軽い散歩だと思ってくれてもいいし・・・」
「ただの散歩ですか?デートじゃないんですか?」
「えーと」
「デートじゃないなら、行くのやめようかな。」
そう言ってそっぽを向くすみれに、迫田は苦笑した。
「じゃあ改めて言う。すみれさん、俺とデートしませんか?」
「はい!喜んで。」
すみれは間髪いれずに笑顔でそう答えた。
そしてデートの日。
いつもは家事がしやすいようにTシャツにジーパン姿のすみれも、今日は麻のシンプルなワンピースに小さなハートのイヤリングを付けてお洒落をした。
迫田の職場が臨時休業になった平日の午後、すみれは迫田に連れられて山手線に乗った。
電車は都心から東京の東へ向かって走っていく。
窓の風景も都会の街並みから庶民的な建物へと移っていった。
吊革でバランスを取るのが難しい迫田の為に、すみれはすかさず優先席を陣取り、迫田を座らせ自分も隣に腰かけた。
車内が空いていたのが有難かった。
「どこへ行くんですか?」
すみれの問いかけに、迫田はにやりと笑った。
「どこだと思う?」
「どこだろう・・・。スカイツリーとか?」
「おばあちゃんの原宿。」
「巣鴨ですか?」
「そう。吉祥寺とか下北沢の方が良かったかな?」
「いえ。私、巣鴨は初めて行きます。楽しみ!」
「それは良かった。」
巣鴨駅を降り、すみれと迫田は「巣鴨地蔵通り商店街」へ向かった。
商店街は和菓子やおせんべいといった和を感じさせる店が多く、下町情緒にあふれていた。
道行く人たちは、意外と若者も多く、それなりに人通りもあり、観光に来ている外国人もちらほら見受けられた。
「落ち着いた雰囲気の街ですね。」
「そうだな。俺は大きな騒がしい繁華街よりこういった古びた街の方が好きなんだ。」
「はい。私も好きになれそうです。」
「さて。巣鴨に来たなら、まずはとげぬき地蔵にご挨拶しなきゃな。」
「とげぬき地蔵?」
「ああ。正式名称は高岩寺といって、病の人が祈願することで治ったとか、誤って飲み込んだ針が取れたといった江戸時代の逸話が元となって、とげぬき地蔵と呼ばれるようになったそうだ。」
「へえ。知らなかった。」
「境内にある洗い観音は、自分の身体の悪い部分と同じ場所を洗うことで、その部位を治してくれるご利益があるそうだよ。」
すみれは迫田の後に付いて、とげぬき地蔵のある敷地内に足を踏み入れた。
門をくぐって真っ直ぐに進んでいくと、大きな本堂が目に入った。
本堂の前ですみれは迫田の横に並び、賽銭箱に小銭を投げ、本尊に手を合わせた。
祈りたいことはひとつだけ、「航の幸せ」ただそれだけだった。
「では、洗い観音に行こうか。」
「はい!」
洗い観音の目の前に、観音様を洗うために使う水が湧き出ていて、迫田は柄杓を使って水をすくい、その水を観音様の上からかけた。
そして購入したタオルで観音様の左手と頭の部分を擦った。
「はい。すみれさんの番。」
すみれは迫田から柄杓を受け取ると、同じく水をかけた。
「私の分まで迫田さんの左手と頭痛が治りますように。」
そう言ってすみれは迫田と同じように、左手と頭の部分をタオルで擦った。
「すみれさん。ありがとう。」
迫田は目を伏せながら、すみれにそう礼を言った。
「さて。次はどこへ行こうか。」
「なにか甘いものが食べたいです。今ネットで調べてみますね。」
すみれはスマホを取り出し、巣鴨の甘味処を検索した。
「どこか行きたいお店あった?」
「はい。商店街から少し横道に入ったところに美味しいかき氷屋さんがあるみたいです。」
「かき氷か。いいね。では行ってみようか。」
その「雪氷」というかき氷屋はこじんまりとした和風の店で、大きなガラス窓からは店内の様子が伺えた。
並ぶことも覚悟しなければならないくらい人気の店だとネットでは書かれていたけれど、平日だからかすんなりと入ることが出来た。
店内は女性客が多く、迫田には少し居心地の悪い思いをさせてしまうのではないかというすみれの不安をよそに、当の本人は興味深げに店内をキョロキョロと観察していた。
「俺、かき氷屋って初めて入った。」
「私は親友の琴子に連れられて初めてかき氷を食べたんですけど、すごく美味しくて感動に打ち震えました。」
「それは楽しみだ。」
すみれは苺、迫田は抹茶のかき氷を注文し、何分も経たないうちにその大きな氷の山がふたりの目の前に置かれた。
「うわっ。思ってたよりデカいんだな。」
迫田が目を丸くして驚くのを横目に、すみれはスプーンで氷を崩さないように少しづつ掬って口に入れた。
「うーん。美味しい!」
迫田も恐る恐るかき氷を口にすると、眉を上にあげた。
「ん。美味い!氷がふわふわだ。」
迫田は大きな口を開けて、少年の様に笑った。
「・・・よかった。迫田さんが気に入ってくれて。」
「俺、甘いものには目がなくてね。」
「迫田さん、甘い卵焼きが好きですもんね。」
「すみれさん。抹茶味も食べてみるかい?」
「いいんですか?」
「色んな味を食べてみたいだろ?」
迫田は抹茶色に染まった氷をスプーンに乗せ、すみれの口元へ寄せた。
「はい。あーんして。」
「・・・恥ずかしいです。」
「いいから、ほら。」
すみれは思い切って大きく口を開けた。
抹茶味の氷は口の中で甘く溶けた。
「美味い?」
「はい!抹茶味も美味しい!」
すみれは自分のスプーンに苺味の氷を乗せ、迫田の口元へ差し出した。
「じゃあ、お返し。」
「俺はいいよ。」
「いいから。はい、あーん」
迫田は周りを気にしつつ、苺味の氷をぱくりと口に入れた。
どちらからともなく、ふたりは微笑み合った。
「俺達、バカップルみたいだな。」
「私達、恋人同士に見えるでしょうか・・・。」
「・・・嫌?」
「ううん。・・・そう見えたら嬉しいなって。」
すみれはそう言ってはにかんだ。
ふたりはあっという間にかき氷を食べ終えた。
「美味しかった。クセになりそうだ。」
「じゃあ、また来ましょうね。」
「それはまたデートしてくれるってことかな?」
「もちろんです。」
レジで料金を払い店を出ると、ふたりは再び地蔵通り商店街を歩いた。
すみれはさりげなく迫田の左手を、自分の右手で握りしめた。
迫田の手は大きくて温かかった。
驚いた迫田がすみれの顔を覗き込んだ。
「すみれさんって見かけによらず大胆なんだな。」
「私、こうやって好きな人と手繋ぎデートするのが夢だったんです。」
「それって前に言ってた叔父さんのこと?」
すみれは黙ったまま、さらに迫田の左手を強く握りしめた。
「いや・・・答えなくてもいいよ。」
そうつぶやいた迫田も、ぎゅっとすみれの手を強く握り返した。
沈みかけたオレンジ色の夕日が、ふたりの顔を照らしていた。
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