腐食姫

野中すず

第1話 闇を歩く女

 若い女が暗く、長い洞窟を歩いている。

 腰まで伸びた黒髪が強烈な湿気と汗により濡れて光っている。 女は「儀式専用」の白いローブしか身に着けていない。こちらも湿気と汗で濡れ、女の細い身体の線に沿って張り付いていた。

 足元には大小の岩が転がり、何度もつまづきそうになる。所々に生えている光苔の幽かな光がなければとっくに転倒していたことだろう。

 女の身体は疲れ果てている。 この洞窟の入口まで来るためだけに、険しい山道を既に丸一日歩いていた。洞窟内に入り、どれほど歩いたのかは分からない。 汗と泥によって、本来の女の美しさは塗り潰されている。

  外は朝なんだろうか? 夜なんだろうか? 洞窟入口で食べた、最後のパンの一切れ。私をあとどれくらい歩かせてくれるのだろうか?


 進んでも進んでも景色は変わらない。 暗い道が続く。 疲労も空腹も喉の渇きも限界に近い。 思わず、立ち止まってしまう。


  ――このままここで倒れ、死ぬのかも知れない。


 そんなことを女は考え、自嘲気味に笑った。


  別にそれでもいいのではないか? 私は死ぬためにここへ来たんだから。


  女は小さく首を振って、真正面を見据えなおす。その目に、諦めの色はない。


  ここで死ぬわけにはいかない。それでは私の名誉が守られない。私の村が守られない。


 そう自分に、女は足を踏み出した。


 ――――――


 更にどれほどの時間を掛け、どれほどの距離を歩いたのか。もはや興味さえ女が失ったとき、前方から薄い光が届いた。

 その光に、底をつきそうだった女の気力が僅かに回復する。 着いたのかも知れない。 足取りも速くなり、力強さも増す。


 その薄い光の元へ少しずつ近付き、飛び込んだとき――


 視界が一気に開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る