第11話
「あれ? さっきの信号左ですよ?」
直進した俺たちの車は、ジグザグどこかへ行く。
「凛さん?」
「全く、これだから素人は……」
凛さんがため息をつく。
「尾行されてるね」
優さんが言う。よく見ると後続の黒い車の後ろにずっと赤い車が付いてくる。
「一応確認だ、ニコニコ君、この車のナンバーは?」
「僕は満月の鬼と呼ばれている。そちらで呼んで欲しいね。ちなみにこの車のナンバーを知って通報しても足はつかないようになっているよ」
「なら愛が乗っているのがバレてても大丈夫だな。あとは……、ちょっと待ってろ」
凛さんは電話をしながら運転する。良い子は真似するなよ?
「赤い車のナンバーがわかった。ホワイトスノー、誰の車か調べてくれ」
雪絵さんが調べると一般人の車ではなかった。
「殺し屋か……、面倒だな」
どうやら一般人に紛れて殺し屋が狙いに来ていたらしい。狙いは愛ちゃんか。
「俺様たちの問題に、巻き込み続けるのは申し訳ないが、振り払ってくれねぇか? 満月の」
鬼とは言わなかった。
「狙いが僕らじゃないなら殺さないよ?」
「構わない。どこかに車を止めよう」
「このまま走っていて。そこを左に曲がったら直進し続けて」
指示を出し、左に曲がる時、扉を開ける優さん。
「新太君、来るかい?」
「はい!」
「おいおい、どこで待ち合わせするんだ?」
「走り続けてくれたらいい」
そう言って優さんは能力を使ってから車を飛び降りた。俺もそれに倣う。
「走るよ」
時間の概念から外れた世界を走る。後続の黒の車の後ろに赤い車が見える。
「どうするんですか?」
「ここから先は真っ直ぐが続く。両方のタイヤをパンクさせれば周りに危険もなく止められる。こちらから見て右側を頼むよ」
「全部のタイヤを?」
「うん。僕は少し考えがあるから、片方だけパンクさせる。上手く行けばこちらのガードレールに擦るだろうさ」
俺は指示通り、こちらから見てフロントタイヤとリアタイヤを斬りつけた。
この時、しっかり刃を当てることで、キッチリパンクさせるようにする。
「よし、戻るよ」
俺たちは車に戻り、優さんが能力を解く。
「終わったよ」
「は? 何が……、ん?」
赤い車が滑るような音を立ててガードレールにぶつかる。上手くいったようだ。
「はん。なんだお前ら? 超能力者か何かか?」
「似たようなものですよ」
優さんは笑った。
「胡散臭いが、目にしたものが真実か。まぁいい」
再びルート検索して俺たちを帰す凛さん。
「別に依頼してくれてもいいんですよ?」
優さんの方を見るとニヤリと笑っていた。
「……何をだ?」
凛さんはとぼける。
「懸賞金は、かけた人間が死ねば無効になる。それがこの世界でのルールでしょう?」
「頼んでもいいのか?」
「殺しの依頼はお金を取りますけどね」
あのお爺さんを殺す。それがこの会話の肝だろう。
「いくらだ?」
「懸賞金の十分の一、一千万で請け負いましょう」
「ちっ! 足元見るねぇ……」
どうやら出せない額ではないらしいが、少し渋る凛さん。
「居場所はこちらで特定するからもう少しまけてくれないか?」
「あなた達の情報網を疑うわけではありませんが、それを聞いてからではタイムラグが出る。結局こちらが追わなきゃいけないのは変わらない」
優さんは譲らない。
「やれやれ、仕方ない……。このコンサートの売上がパァだ! まぁ今後もご贔屓に願えるなら有難いんだが?」
「それでいいよ」
交渉は成立した。さて、ここで問題だ。愛ちゃんに懸賞金をかけたお爺さんは、悪か?
「でもいいのか? 悪いのはジジイの孫殺した愛だぞ」
「復讐のために無関係の人間を殺して上級ライセンスを取ってるんだから、殺されたって文句はいえないんだよね」
そう、殺し屋の上級免許。初級免許は筆記試験を受ける多額の金さえあれば、合格すれば誰でもとれる。だがそこから中級以上の免許を取るには、自分の手で人を殺めることが必要だ。自分に害なす人を殺し、中級免許を。依頼を受けて人を殺し、上級免許を。
「でもお爺さんは殺しの腕はないと言っていましたよね?」
「簡単だよ。手伝ってもらえばいいんだ。結局最期のトドメを刺せばいいのだから」
つくづく嫌な世界だな。ちなみに、依頼をするだけなら初級免許でできる。自分に害をなすから殺してくれと言うのは可能だ。
それでも上級免許を取ったのは何故だろう?
「答えを知りたい顔をしているね、新太君」
優さんが可笑しそうに笑う
「懸賞金をかけるには上級ライセンスが必要なんだよ」
「どうしてですか?」
凛さんの答えに俺は耳を澄ませる。
「自分もしくは自分の領域に害をなすから依頼する、それは個人間の取引でのみ初級でいけるが、自分の殺すべきと言う信念のために多くの人間に狙わせるのは上級でないといけないというルールがある」
つまりそれだけ権限に差があるということだな。
「懸賞金なんか普通はかけられない。バレるような殺し方をしていたとしても、処理屋がしっかり処理してくれるからな」
そうなのか。ならなんで……。
「あのジジイのことは調べたか?」
「うん。わかったのは、裏に処理屋がいるってこと。その処理屋は情報を横流ししたようだ。処理屋と言えど、金に目が眩むのは人間の性だね」
「ったく! そんなんで巻き込まれちゃしょうがねぇな! その件は俺様側からクレームつけておく。とにかく改めて言う。愛に懸賞金かけたジジイを殺してくれ。報酬は一千万。頼んだぜ!」
程なくして月満家に着いた。凛さんと愛ちゃんは後続についてきていた黒い車に乗って帰っていった。
「依頼は明後日決行しよう。明日は準備期間だ。調べ物を頼むよ、雪絵」
家に着いて、晴子さんの料理を食べながら、俺は思う。
この世界で人殺しを止めるのは不可能だ。
なら俺はどうしたらいい?
夢ちゃんの夢の中での言葉が突き刺さる。
私や優さんを殺せばいいんだよ、彼女は夢の中でそう言った。
そんなことしたら本末転倒じゃないか。止められないなら息の根を止めればいいなんて、できるわけがない。
俺の答えは出ない。優さんは俺の道を示そうとしてくれるけど、依頼には口を出させないからな。
自分で見つけるしかない。まだ開花もほんの少ししかしてない自分の能力と共に。
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