第10話
朝が来て起きる。気分スッキリだ。俺はもう姫ちゃんを応援するだけにする。
朝ごはんを用意してくれてる晴子さんに会釈をして、ご飯を食べる。
後ろから、美雨さんがやってきた。
「あら、いつも早いねぇ」
「美雨さんはこれから仕事ですか?」
「ここに残るように言われたから雪ちゃんのパソコン一台借りて、デスクワークだよ」
どうやって資金を増やしているのか、その運用方法は知らないが、晴子さんの運転で出かけたり、雪絵さんのパソコンで仕事したりと忙しい美雨さん。
ご飯を食べてすぐ自室へと戻っていく。
暫くして、優さんが現れた。姫ちゃんもやってくる。
「雪絵さんにご飯を持って行ってきますね」
晴子さんがそう言う。雪絵さんはご飯を自室で食べることが多い。
俺は、食べ終えたお皿を持って流し台で洗う。
「ああ! 洗いますのに!」
「いつものことですから気にしないでください、晴子さん」
晴子さんは家事こそが自分の役割と思っているので、家事を手伝うと頬を膨らませる。
……俺には役割があるのかわからないからこうして手伝っているのだ。
タダ飯食らってるだけでは気持ちが落ち着かない。
「朝ごはんを片付けたら準備をするよ。昼までには着いておかないと」
夜のコンサートのための準備に、早めに着いておかないといけない。
準備をして、俺と優さんと姫ちゃんと雪絵さんの四人でミニバンに乗る。運転は俺。
「いってらっしゃい」
晴子さんと美雨さんが見送ってくれた。
俺は優さんが打ち込んだ場所のナビの通りに運転する。そうしてやってきた会場は、慌ただしく動く人でいっぱいだった。
この街にあるいちばん大きなドーム型会場。そこでの独占コンサート。
流石に不安になってきた。
「どうやって薬を使うんだ?」
「遅効性の薬を撒く。興奮して動けば動くほど薬の回りが強くなる」
「助かるぜ。俺様も参ってたんだ」
後ろから俺と姫ちゃんに話しかけてくるのは凛さんだった。
「このコンサートさえ凌げれば、ある程度信頼が回復すると見込める。ネットの記事なんてそんなもんだ。マイナス面が少しでも出たら叩かれるが、必死に頑張ってるように見えると皆応援してくる」
凛さんは出会った時のアウトドア風の服でもなく、ホテルで会った時のような黒いスーツに身を包み、扇子を扇いでいた。
「ホワイトスノーも、頼むぜ」
ホワイトスノーというのは、雪絵さんのネットでの名の一つ。雪絵さんは頭を掻きながら、システム室へ案内される。優さんはそれに付いていく。
「新太君は姫ちゃんに付いてあげてね」
優さんの言葉に俺は頷いた。
会場を見て周り下見をする。その間色々仕込んだりしているようだった。姫ちゃんはポーチを二つ持っていて、それぞれのポーチから何か取り出して設置していた。
やがて日が暮れ人が入ってくる。はぐれないようにしながら準備は万端といった風の姫ちゃんの頭を撫でた。
「むぅ」
俺は照れる姫ちゃんと一緒に、その席の一番後ろに回った。
コンサートが始まる。愛ちゃんが会場の皆に挨拶する。
『みんなーーー! 集まってくれてありがとうーーー♡』
手を振る愛ちゃん。不意に姫ちゃんが、俺に顔を向け笑った。
「頑張れのキス、してほしいな」
「……。夢ちゃん……」
俺は彼女の額にキスをした。姫ちゃんの第二人格、夢ちゃん。毒使いの毒姫は、本当は第二人格の夢ちゃんの方。姫ちゃんはいつも薬を使う時、心の奥に篭っているという。
夢ちゃんが指パッチンをする。ステージの煙と共に、こちら側も煙にまみれる。
「中和するからこっちに来てほしいな」
夢ちゃんが手招きする。俺は素直に傍に寄る。注射を打たれ、少し目眩がしたが、すぐに普通になる。
周りのテンションはマックスだ。愛ちゃんは少ししか動いてない。歌は響くが、パフォーマンスを見に来た彼らにはどう映っているのだろう?
「次々に行くよ」
夢ちゃんに手を引かれ、場所を移動する。薬を起動していき、一周した俺たちは様子を見る。
「やべぇ! 今日めっちゃガンガン動いてるな!」
「流石愛ちゃんだ!」
客にはこう映っているらしい。
『すっき! すっき! 大好き!』
「好き好き大好きーーー! 愛ちゃーん!!!」
曲に合わせて、客もヒートアップする。これを三時間やるという客も客だ。
「アドレナリンも出てると思うから大丈夫だと思うけど、流石に終わったらお客さんは疲れ果ててると思うよ」
夢ちゃんがそう言う。
「まぁ……、それは客の責任だな」
俺たちは、役割を果たした。
三時間後、システム室へ行き、優さんと雪絵さんと合流する。
凛さんが、笑って俺の肩を叩いた。
「悪かったな! 助かったよ!」
「俺は何もしてませんよ」
「毒姫もすまなかったな」
凛さんのその言葉に、彼女はピクリと体を動かした。
「その名で呼ばないでください」
もう夢ちゃんではない。姫ちゃんは、凛さんを睨みつけた。
「そうだな。じゃあ、姫って呼んでいいか?」
凛さんは目を細めて言う。その顔は真剣だった。
「そうしてください」
姫ちゃんは、俺の服の裾を掴んだ。
「大丈夫だよ、姫ちゃん」
俺は姫ちゃんの頭を撫でた。
「疲れたろう? 送っていく。車のキーを貸してくれ」
確かに疲れた状態で運転は危険だ。
「新太さんは薬が効いてるから、余計運転は危険だよ」
中和する薬ということは、相反する薬を打っているということ。逆にこの相反する薬が効いてくる可能性もある。
だから凛さんがミニバンの運転をしてくれるのは安心だった。ただ唯一不安だったのが、愛ちゃんも乗るということ。
運転席に凛さん、助手席に愛ちゃん。後部座席に、俺たちが乗って出発する。後続に念の為距離を置いて凛さんの部下が黒い車で付いてくる。
そうして帰っていたのだが……。
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