#11 - 孤独な男

 彼と出逢ったのは父の家だった。

アタシがアタシの矛盾と向き合うためと自分に言い訳をして、父の家で矛盾から逃避している時期だった。

 父は音楽事務所兼レーベルを経営している。

父の母、アタシにとっての祖母が米軍基地の中のバーや都心の洒落たバーで歌っていたアメリカ人シンガーだった。

アタシが日焼けサロンに言っていると誤解されるのはアフリカ系の祖母の血筋だ。

祖父の家は元々レコード店や生バンドの入るバーなどを経営していて、ハイカラな祖父は祖母を見初め、個人事務所を立ち上げたのがきっかけだった。

祖母が引退してからも父と祖父でその事務所を育て続け、いろんなジャンルのミュージシャンと契約するまでに成長した。

将来継ぐであろう“残念な弟”は、今はマーケティング部で修行している。アタシが音楽が好きなのはDNAというか、そういう環境で育ったからだった。

 そんな父の家にはミュージシャンがよく出入りしていて、彼はその中の1人だ。

とある日、庭でFrançoise Gilotフランソワーズ ジローの分厚い本を読んでいて、──Picassoピカソは天才だ。でもクソだ。でも好き。やっぱり天才。でも……。── と、考えを何週もさせているとその彼が話しかけてきた。

「何してるの?」

ごくごく平凡でしかも愛想のない第1声だったので拍子抜けした。

「迷い子してるの。人生の」

と、返すと手に持っていたM&M'sをアタシの手にバラバラと出して

「歩いたとこに1つづつおいていくと、帰り道迷わないよ」

と、言ってその場から去って行った。

ヘンゼンルとグレーテルだろうか。ETだろうか。

 それから彼は、ウチでアタシを見かけると2、3話しかけてくれるようになった。 若い女が男も作らずダラダラと過ごしているのが珍しいのだろう。


 このように出逢った彼だが、アタシは数年前から彼を知っている。

彼は天才的なラッパーでヒップホップ好きなアタシは彼が鳴り物入りでデビューした時から彼の音楽を愛聴し尊敬を抱いていた。

親しくなった彼のラップを改めて聴いてみた。

母親と2人でとても貧しい暮らし。

父親は知らない。

母親も結局男を作っていなくなった。

祖母と2人細々とした暮らし。

その祖母は他界し施設での暮らし。

そこで一緒だった女の子とデキちゃった婚。

娘を抱えバイト三昧の日々。

妻は浮気を繰り返し、出たり入ったり。

──の、わりに別れずにいる。

自分の友人との浮気をきっかけに離婚。

20代後半でラッパーとして成功する。

おかげで、母親、元嫁、あったことのない父親からもたかられる。

付き合った女性にはプライベートを暴露される。

などなど、壮絶な人生を送っていた。ただ孤独と娘への愛だけを感じるリリックが多い。彼に才能がなかったらどうなっていただろうか。

 あまり笑わない、だけど感じが悪いわけでもない。自分と全く違う人生を歩んできたからだろうか、不思議な魅力を持った“天才”だった。

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最低なアタシ 宇田川 キャリー @carrie-u

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