05話

「つ、疲れた……」

「お疲れ様」

「おう……」


 去年もそうだったが七月になると内容も変わって慎はこんな感じになる。

 そして俺も暑いのが得意ではないからじっとしている時間が増えていた。


「夜は最高だぜ、こうしてじっとしていられるんだからな」

「遅くなければ喜古を誘うのが一番だ」

「喜古か、学校で十分一緒にいられているからこういうときぐらいはてつでいいな」


 連絡がきて外にいるということを教えたら来てほしいということになってここにいる。

 今日はけいから逃げているわけではないから気分もいい。


「俺、けいちゃんとも仲良くなりたいんだけど……どうすればいい?」

「それなら俺の家に行こう」

「じゃあシャワーを浴びてくる、汗臭いまま人の家に上がらせてもらうわけにはいかないしな」


 待っている間にそのことを連絡しておく。

 それから特にスマホを弄ったりすることもなくぼけっと目の前を見つめて待っていると「悪い、待たせた」と彼が出てきてくれたから立ち上がった。

 ここから自宅までの距離は遠くないし、着いてからは父はともかく母は慎のことをよく知っているから任せて風呂に入ることにした。

 長時間入るタイプではないからすぐに出てリビングに行くと楽しそうに会話をしている二人が――いなかった。


「てつの部屋で話すって言っていたよ」

「そうか、教えてくれてありがとう」


 部屋に行ってみると確かに盛り上がっている二人がいた。

 邪魔をするのも違うから特に話しかけたりはせずにベッドに寝転ぶ、今日はもう食事も入浴も終えたということでこのまま寝てしまってもいいぐらいだ。

 というか、窓の向こうから入ってくる風のおかげで自然とそうなっていく。


「待った、なに寝ようとしているんだよ」

「盛り上がってくれればいい、側で盛り上がられていても俺は寝られる」

「いやいや、部屋主はてつだろ」

「その部屋主がいなくても盛り上がれていたんだから大丈夫だ」

「けいちゃん」


 けいになにを言われようとこのスタンスは変えないから意味はない。


「んーてつさんは寝たいみたいなので移動しましょうか、流石に寝ようとしている人がいるところで気にせずに盛り上がれる人間性じゃないので」

「そうか、そうだな」


 あまり人のことを言えないがけいに言われた瞬間にこれ、慎も俺と変わらないところがあるようだ。

 無駄な抵抗をして長く起きていても仕方がないから朝まで寝て一階に移動するとソファで寝ている慎を発見して起こすことにした。

 俺らと違って今日も朝練習をしなければならないからだ。


「……おはよう」

「ああ」

「昨日……一時ぐらいまでけいちゃんが寝させてくれなくてな……」

「怪我はしないでくれ」

「んー! はぁ……それは大丈夫だ、朝には強い」


 彼は腕を組んでから「授業中はどうなるのかわからないけどな」と吐く。

 どれだけ大変なことがあろうとしっかり切り替えて頑張れる人間だから心配はいらないか。

 それより一時まで起きていたということでけいがちゃんと下りてくるのかが心配になってしまった、が、そこも余計なお世話ということで問題なく「おはよう」と下りてきて挨拶をしてきたから返しておいた。


「珍しいね、こんなところにいるなんて」

「喜古を待っていた、話を聞いてほしい」

「わかった。けど、教室に行ってから話そうよ、ね?」

「ああ」


 てっきり俺らの教室かと思ったものの、いつも弁当を食べている空き教室に移動することになった。

 前のけいみたいに椅子に座ってから「それでどうしたの?」と聞いてくる、話すために付き合ってもらっているのだから余計な遠回りはせずに全部教えた。


「ふーん、でも、仕方がないんじゃない? 慎は岩二君と友達で、その友達の妹となれば仲良くしたいでしょ」

「そういうものか」


 慎に兄、姉、弟、妹がいたとしても俺は仲良くしたいとは思わないけどな。

 仮にけいみたいに何回もやって来て参加していたとしてもだ、向こうだって俺といることが目的ではないからそういうものだ。


「うん、泊まったことについてもそうだよ、そこにけいちゃんしかいないなら……彼女じゃなくても気になるけどそうじゃないから」

「悪い、余計なことを言った」

「ううん、だって私のことを考えてくれたからこそでしょ? 普通にありがたいよ」


 立ち上がって「話はそれだけみたいだからもう行くね、今日も頑張ろうね」と残して歩いていったが、俺の考えすぎなのかその普通の行為すらも怪しく見えてしまった。

 まあいいか、事実、言いたいことは言えたから満足できている、SHRまでここでゆっくりしていこう――としていたのだが、


「別にいいけどそういうことを勝手に言っちゃうんだね」


 と、現れたけいによってできなくなってしまった。


「慎のことなら喜古も知りたい――」

「いいよいいよ」


 いや、なにがだ、しかもすぐに戻っていってしまった。

 よくわかってもいないのに追うのも違うから座ってぼけっとしているしかなかった。




「なんかさ、けいちゃんが慎に対して積極的に動いている気がするんだけど」

「悪い、俺が喜古に報告をしてからそうなんだ」

「報告……ああ、だけどそれとこれとは関係なくない?」


 確かにそこは繋がっているわけではない。

 だが、きっかけを作ったことには変わらないから悪いのは俺だ。


「仲良くしたいということで連れていったのは俺だ、悪い」

「いや、友達ならやっぱりそんなものでしょ」

「正直、油断していたんだ。けいから本当のところを聞いて、喜古も自分で頑張っているし、慎も向かいあっていてもう問題ないと思ったんだが……」

「気にしないの、今回のことと岩二君は関係ないんだから」


 関係ない……か。

 そう片付けられてしまったらどうしようもなくなる。


「ま、これはこっちでなんとかするから気にしないでね」

「ああ」


 廊下から教室に戻っても慎はどこかにいっていていなかった。

 もちろん、予鈴が鳴れば戻ってきたが、なにかズレてきてしまっている気がする。

 でも、確かに喜古の言う通り、俺には関係ないことだから気にしすぎなのかもしれない。

 そもそもの話、俺中心で回っているわけではない。


「ふぅ」

「夏だからまた弱っているのか?」

「慎か、別にそういうのじゃない」


 あくまで普段通りのままでいてくれていることが救いだった。

 付き合ってくれるみたいだったから教室から少し離れた場所まで移動する。


「今度四人で遊びに行こうぜ」

「誘ってくれるのか」


 朝から夜までゆっくりすることができる日曜にこっちも誘ってくれるのか。

 できるだけ空気を悪くしないように意識をして動いているものの、それでもやらかしてしまったことがそれなりにあるのに彼は優しかった。


「当たり前だろ、メンバーは喜古とけいちゃんだから大丈夫だろ?」

「俺はいいが二人がいいのかはわからない」

「大丈夫に決まっているだろ、じゃ、日曜によろしくな」


 なにを根拠にそんなことを言っているのかはわからないが付いていくだけだ。


「あ、いた」

「お、けいちゃん丁度よかった、いまあの話をてつにしておいたからな」


 ということはけいが言い出したことなのだろうか?

 

「ありがとうございます。それでその、ちょっとてつさんと話したいのでいいですか?」

「おう。じゃあてつ、俺は戻っているからな」

「ああ、付き合ってくれてありがとう」


 前もそうだが、その日の内にまた顔を合わせようとするそのメンタルがすごかった。

 けいの希望によってまたあの空き教室に移動することになった。

 椅子に座ってほしいということだったから座る、すると唐突に「ごめんなさい」と謝られてしまって固まる。


「そりゃ……てつさんは喜古先輩の気持ちを知っているんだからああするのが普通だったよね」

「けいから本当のところを聞いていらないだろうが喜古を応援しているところだった、だからなにもないとしても家に上がったことなんかを……」

「うん、そうだよね」


 なんの時間なのか。

 気まずさから逃れるためにいつものソレをする。


「そこら辺のことを木村先輩に聞いてもらっていたんだ、喜古先輩に勘違いをされていないかな?」

「わからない」

「勘違いをされたら嫌だからそろそろやめるよ」


 彼女はわざわざ前まで移動してくると「こうしててつさんと話せるようになったからね」と言ってきた。

 挨拶も少しの間はなかったから大袈裟というわけではない。

 ただ、すこし間違えれば無視を続けるような存在だとわかってしまったことがいいのかどうかはわからない件だ。


「あ、あのさ」

「座った方がいい、夏なら休める時間に休んでおくべきだ」

「あ、うん」


 今年はまだ弱っていないからその点ではわかりやすく迷惑をかけたわけではない。

 だが、学生時代はともかく社会人になれば弱っているわけにもいかないから少しずつ耐性を上げていかなければならない。

 流石の俺でも夏の期間はなるべく家にいることで対策をしていたが今年は歩こうと思う。

 そして母には話すがこのことをけいや慎に知られたくなかった。


「あの」

「どうした」

「あのさ、また一緒に歩きたいなって。てつさんとお喋りをできるし、何気に運動になるからいいんだよね」

「夏に無理をするべきじゃない」


 なのにいきなりこれで困ってしまう。

 話し相手になら、話したいということなら家で相手をさせてもらうから勘弁してもらいたかった。

 友達は、慎は、喜古はと気になることが多すぎて歩くことを楽しめなくなるし、一緒にいると当たり前のように頼ることになってしまうから駄目だ。


「あ、歩くぐらいなら大丈夫だよ……って、もしかして歩くのも無理だと思われているのかな?」

「違う。もったいないのと、いまも言ったように無理をするべきじゃないと言いたいだけだ」


 こんなところで頑張るつもりなんか微塵もなかったのに頑張ることになってしまった。

 そのため、その後の授業には全く集中することができないぐらいの体力しか残らなかった。




「お待たせー――おお! けいちゃんその服可愛い!」


 少し遅れるということだったが五分も経たない内に来てくれた。

 だが、主役である慎が来ていないからスタート、とはならない。


「ありがとうございます、お母さんが買ってくれた服なんです」

「い、岩二君、いま言ったお母さんってどっちの……」

「いまの母さんだ」

「そ、そっかそっか、うん、買ってもらえてよかったね」

「はい」


 心配をする必要もなかったらしく慎もすぐにやって来て歩き出すことができた。

 もう七月で立っているだけでも弱っていくから助かった。

 そしてけいにはすぐに返そうとするのに慎になにもしていないことについて気になり始めた、前もそうだったが。


「今日はけいちゃんと喜古の希望でゲームセンターにいくことになっているんだ」

「そうなのか、三人が楽しめるならそれでいい」


 ゲームセンターとなると結構歩かなければならなくなるが三人的にはいいのか……って、いいのか。

 爆音にも慣れておかなければならない、自分が弱いばかりに相手に合わせてもらうことになったら嫌だからこういう機会になんとかするのだ。


「でも、てつは苦手だからさ、我慢をしてもらうかわりにてつのいきたいところにもいこうと考えている」

「それなら慎の家だ、二人だって慎の家にいきたいはずだ」


 などと言いつつ、俺としては解散になれば歩きにいけばいいからそんなことはどうでもよかった。

 他のメンバーのことだけを考えておけばいい、俺なんかあくまでおまけだ。


「と言っているけど、どうだ?」

「私はそれでいいよ、だってゲームセンターの後に外にいるよりいいもん」

「私はみんなに合わせます」

「わかった、じゃあそうしよう」


 よし、頑張ろう。

 最後まで我慢をすることができればご褒美が待っているということにすればなんとかできる。

 先程の話に戻るが見返りなしで動ける人間は少ないわけだし、慎の方から求めてきてほしいぐらいだった。


「けいちゃん、岩二君のことをちゃんと見ておいた方がいいよ、なんか怪しい感じがする」

「怪しい……ですか? いつも通りのてつさんですけど」

「岩二君ってさ、多分だけど抑え込んでいるだけのように見えるんだよね」

「そうですかね……? 結構、ちゃんと口にしてくれますけど」


 しかし、どうして二人も慎に集中するということをしないのだろうか。

 意識を向けてくれるのはありがたいことだが申し訳ない気持ちになってきてしまう。

 なにもなくてもけいと同じで誘った側の慎からすればつまらないだろう。


「お、なんだいなんだい、けいちゃんには全てを晒しているってことなのかー?」

「けいに隠していることなんてなにもない、隠す必要もない」


 まだアレを実行していないから嘘をついているわけではなかった。

 慎の家を選んだのは主役に意識を向けてほしいからでもあった。

 まあ、暇さえあれば歩きにいく自分だから頻繁に出ていても疑われないかもしれないがな。

 ここでも手強いのは母の存在で、暑さに弱いことを知っているからポロっと吐かれてしまうのではないかという不安がある。


「おーい、一人にしないでくれー」

「はーい」


 喜古が離れてもけいは動こうとしない。


「抑え込んでいることはないよね?」

「ああ」

「ならよかった、隠されたら悲しいからこれからも教えてね」


 特におかしなことを聞いてきているというわけでもないのに相手がけいの場合だと変わってきてしまう。

 残念ながら俺の中で変わってしまったみたいだった。


「けい」

「うん?」

「実は――」


 結局、隠さずに吐くことにした。


「迷惑なんてことはないよ」

「大丈夫だ、俺は自分の体力をちゃんと把握できているから問題はない」


 趣味レベルでは沢山歩いているから夏とはいえ、やらかすことはない。


「いや、参加させてもらうからね? あ、ふふ、木村先輩には内緒にしてね」

「なんでだ」


 や、やはり意地悪なけいが出てきてしまっている。

 家までまだ距離があるというところで出されたら逃げるに逃げられないから意地でも一人でいくしかない。

 ただ……できるのか? もうなにからなにまでけいが相手のときに上手くできていないのにそこだけ上手くいくなどということがありえるのだろうか。


「だって木村先輩が来ちゃったらそっちを優先されちゃうもん、付き合うならちゃんとこっちの相手をしてもらいたいよ」

「家で相手をさせてもらう」


 窓の外を見てぼけっとしているか部屋のベッドに寝転んでぼけっとしているぐらいだ、時間は沢山ある、一緒にいたいということなら一緒にいさせてもらう。

 それだけの時間があるなら手伝えよと言われてしまうかもしれないが何故かこの前、頑張ろうとしたら受け入れてもらえなかった。

 こればかりは過去にやらかしてしまったりなどもしていないのに何故だろうかと再度考えることになった――ではないか、「嫌だ、家だけじゃ足りないよ」とけいからすればそれでも駄目みたいだ。


「あとね、ちょっとわがままなんだけど家ではお父さんやお母さんとも話したいんだ」

「わがままじゃない」


 家族仲が良好であるなら至って普通のことだと言える。


「べ、別にそういうことを言ってもらいたくて口にしたわけじゃないよ?」

「けいはもっとわがままになった方がいい」

「え、じゃあ……普通の時間はそうするけど、寝る前にその……」

「けいは喋ることが好きなのか」


 歩くことに付き合ってまでも会話をしたいということでここは慎にも喜古にもないところだと思った。


「うん、前いた学校では友達から『けいはずっと喋っているね』って言われるぐらいには喋っていたよ?」


 そういえば昔、母が「喋ることができなくなったら私は死んじゃうよ」と言っていたことを思い出した。

 でも、性差というわけではないだろう。

 たまたま会話をすることが大好きな人間が集まっているというだけだ。

 もしかしたらけいのそういうところも再婚を決めた理由の一つなのかもしれなかった。

 父親として迎えるわけだからそこが適当でいいわけではないが、単純に娘が欲しかった、というソレかもしれないが。


「夜更かしをするタイプじゃないから二十三時ぐらいまでなら付き合う、それを本当にけいが求めているならだが」

「いいの? って、駄目だ……私はてつさんにばかりしてもらっちゃっているよね、なのに甘えたくなっちゃうんだよ」

「血は繋がっていなくても兄だ、けい的に問題がないなら甘えてもいいと思う」

「や、やめて……そんなことを言われたら自分に甘い私は甘えちゃうよ……」


 だから問題がないならそれでいいのだ。

 俺が無理なら喜古に甘えればいいと思う。

 支えてくれる人間はなにも家族だけではない、はっきりとぶつけることもときには必要なことなのだ。

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