第16話 想い

「どういうつもりって、見れば分かるだろ?」

「俺達は、お前みたいな奴等が出て来て欲しくないんだよなぁ」

「知ってるか? 出る杭は打たれる……まぁ、つまりはそういう事だ」


 背後はスライムが居る行き止まり、前には万全な装備をした騎士団の4人が控えている。

 その4人組……工藤達は下卑た笑みで氷眞達を見下ろしていた。


「俺達を、殺すつもりか?」


 返事は無い。が、その工藤達の表情が『正解』だと物語っていた。


 氷眞は凛を守る様に立ち塞がるが、背後に居るスライムにも気を配らなければならず、半身の状態で工藤達と相対する。


「じゃあ、俺から行くか」


 ドワーフの種族の男が首の骨を鳴らしながら、笑みを浮かべる。

 それに氷眞は『身体強化』のスキルを使用し、対応しようとするがーー。


「がはッ!?」

「おぉッ!? 結構速く動くもんだから手加減し損ねた!!」

「おい!! まだ早いって少しずつ恐怖心を与えねぇとよお!!」


 氷眞は1発で壁際まで吹っ飛ばされる。


 ステータス、スキル、戦闘経験、全て勝る事が出来ない相手が4人。こうなるのも仕方がない事だった。


 だが、氷眞は起き上がる。


「はぁ、はぁ、はぁ……そこから離れろ」

「ん? そんな凛ちゃんの事が心配か?」


 ドワーフの足元には倒れ伏した凛が居た。

 ドワーフの男は氷眞の様子に気付き、見せつける様に凛の頭を踏み付ける。


「テメェッ!!」

「ハハッ!! ほらよっ!! パスだ!!」

「了解!」


 凛は宙を舞い、工藤達の元へと着地する。


 そんな凛を工藤達は舐める様に見ると、工藤が呟く。



「ガキだが、悪くない顔してんなぁ」



 その言葉を聞いた騎士達は下卑た笑みを深めた。

 同時に剥がされる凛の装備に、氷眞は歯を食い縛った。


「何しようとしてやがるッ!! 止めろッ!!」

「俺はこっちをやるからよ! 俺にも生きて残しておけよ〜!!」


 氷眞はまた『身体強化』を行い、拳をドワーフの男へと繰り出す。しかし、それは容易く受け止められ、そのまま投げ飛ばされる。


「お前等!! そんな事やって許されると思ってんのか!! 騎士団がそんな事をやって!!」


 騎士団はこの世の秩序を守る為に作られた組織。そんな組織が、子供に乱暴な行いをする。許される訳がない。


(ダンジョン前には騎士が居た。この者達が出る時に、自分達が居ない事に気付けばーー)


 と考えた所で、自分が如何に馬鹿な事を期待しているのか気付く。


「そんなの、バレなきゃ良いだろ」

「ダンジョンの入り口に居た奴らとは仲が良くてなぁ、俺達が此処に入った事を無かった事にしてくれる予定だ」

「つまり、お前等は[トレーニングルーム]でトレーニングしてたが、突然にして行方不明になった。笑えるだろ?」


 氷眞は直ぐに希望を捨て、目の前の残状を見て起き上がる。


 身体が軋む。それでも起き上がらなければ後悔する。此処で動かなければ後悔する。


 そんな想いから、氷眞は工藤達の元へと駆け出す。



「うらあ"ぁぁぁ"ぁぁッ!!!」

「チッ、邪魔しやがってよぉ……」



 立ち塞がるはビーストの男。その手には剣が携えられている。

 しかし、氷眞は突貫する。それは氷眞の全力とも言える体当たりに近い攻撃。それはドワーフの男と戦っていた時よりも速い一撃。感情の力も相まってなのか、氷眞の『身体強化』のランクが上がる。そんな一撃。


 しかし、それでも、相手は同じ種族のビースト。それだけでステータス差が埋まる程、現実は甘く無かった。



 ザシュッ。



 視界の半分が赤く覆われ、少しして自分が地面に倒れ伏している事に気付く。


(あぁ……俺って、死ぬのかな)


 呆気ない、呆気ない死だ。

 ダンジョンで死ぬ、それはダンジョンがあるこの世界で別に多くない事案だ。


 だけど、その多くは魔物との戦闘時。地位、名誉、金を得る為。仲間を守る為、救う為。そうやって自分も死んでくのかもしれない。そう思っていた。


(夢、見てたんだな……)


 自分は特別な人間だと、何処かそう思っていた。孤児院の中で唯一の早期覚醒者。総合値も高くて、チヤホヤされた。だけど、それだけの存在だ。


(俺……凛にまだ何もしてやれてない)


 死に近づくに連れ、氷眞は昔の事を後悔し始める。



 氷眞は孤児院の今居る子供達の中で、1番滞在歴が短い。つまり、氷眞が孤児院に入ったのは此処最近。


 ダンジョンの資源事業に手を出した両親が、事業に失敗。多額な借金をし、両親が企てたのは一家心中。それで運良く生き残ったのが氷眞だった。


 小さな子供であった氷眞にとっては、何が起こっているのか分からないまま病室のベッドに居て、両親が死んでしまった事を告げられたのだ。

 そして掛けられる身内からの言葉。



『可哀想に』

『事業が失敗したからってーー』

『あんな子に育てたつもりは無かったのにーー』

『俺はお前を見捨てない。ウチに来ないか?』



 ーー両親を、悪く言わないで欲しかった。

 氷眞にとっては優しかった両親。それを皆はまるで悪者の様に罵る。最悪でしかなかった。

 それからは身内の家を転々とし、何処も居心地が悪く、孤児院へと入った。


 誰とも関わらず数日が過ぎた所で、氷眞は自分の居場所なんてない事を知り、自殺を試みる。

 そんな時、凛と出会った。


「君……何してるの?」

「……死ぬんだ」


 小さな女の子だった。

 自分よりも、かなり。


「死ぬなんて……ダメだよ。死んだら何も出来なくなっちゃうんだよ?」

「俺なんか、居る意味ねぇ」

「私は、居て欲しいって思ってる……それに君は凄い人になると思うよ?」

「……テキトーな事言いやがって!! 何を根拠にそんなーー」

「女の勘ってヤツ、かな!」


 恐らく、自分よりも年下の女の子に言われた何の気の利いていない言葉に毒気が抜かれた。


 そして、その子の笑顔に助けられた。


 だけど、どう接して良いのか分からなかった。彼女を目の前にすると思ってもない事をして、思ってない事を口にしてしまった。


 まだ、虐めてた事を謝れてない。




「うっ……」


 視界が霞み、意識を閉じようとした瞬間。自分の頭に何かが掛かる。


 目を辛うじて開ければ、見えたのはスライム。


 それは途轍もない速さで工藤達へと迫ると、これまた途轍もない力で男達を弾き飛ばした。


(くそ……)


 現れると同時に、悔しさと共に安心感が溢れる。まるで自分達を助けてくれるかの様な動き、それを魔物がする訳がない。いや……魔物である事は間違いないのだが、"普通の魔物"がする訳がない、と言った方が正しいだろう。


『だから信用するなって言ったんだ』


 それは小さな声量ながらも、怒りの感情が込められた、聞き覚えのあるアイツの声だった。

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