第13話 腐敗した

「おいガキ、お前今なんて言った?」


 男が僕の言葉に怒り浸透の中、僕は『真実を捉える瞳』を発動させる。


 ローグと言われる男のステータスは見るまでもない弱さで、覚醒者でありながら覚醒者として過ごしていない者のステータス。スキルも『剣術(E級)Lv2/10』しか無かった。


「そんな事をしなきゃ、気を惹かせる事も出来ないなんて可哀想だなって思っただけだよ。オッサン」

「て、テメェッ!!?」

「何をしているッ!!」


 押すと鳴る玩具の様に、煽れば大きな声を出す男の声に気付いたのか、トレーニング指導している斎藤純也が声を挙げた。


「チッ……テメェ、後で覚えてろよ」


 負け惜しみで言う悪役のセリフをほざき、男は振り払うように彼女から手を離した。


「あ、ありがと」

「……別に、貴女を助けたかった訳じゃない」


 彼女が呆然とする中、僕は呟いた。


 そう。助けたかった訳じゃない。

 苛立ったんだ。

 僕は今、回帰前よりも力を持っている。それなのに助けないのは「回帰前と何も変わってない」……そう言われているようで。アレを見逃せば今生きている自分の存在さえも否定されているかのようで……凄く。


「おい、何してんだよ?」

「䨩……?」


 2人が近くまで来ていた事に気付き、僕は自然と握り込められていた拳の力を解いた。


「気にしなくて良いよ。ちょっとした……そう、ちょっとした事だから」


 目をつけられてしまったが、今の自分の行動に後悔はしてない。

 アレを見逃していればきっと、僕の中の何かが壊れてしまう様な気がしたから。


「2人はトレーニング頑張って。僕は今日少し寝足りないみたいだから」


 僕は2人に別れを告げると、[トレーニングルーム]の施設から出た。


 多分、今僕を助けた斎藤純也"さん"なら、2人に優しく接してくれるだろう。僕が見守っていなくても、大丈夫だ。


 ◇


「へへッ、このバカがよぉ?」


 孤児院へと向かう道中だった。

 誰も来ようともしない物陰で、僕は先程の男ローグに絡まれていた。


 ローグが僕を痛めつけるように、乱暴に殴りや蹴りを加えて来る。僕はさもやられているかの様に『擬態』で傷を作る。

 これもステータス差があるお陰なのか、僕には一切の傷が付かなかった。


 普通の子供なら、重軽傷を負ってしまう様な傷だ。


「こんな事……許されると思ってるのか?」

「あぁ! 許される! この世はなぁ! 強さが全てなんだよ!! お前みたいな役立たずが死んでもメリットしかないんだ!! 俺みたいな覚醒者の礎になれ!!」


 男からの降り止まない暴言と共に繰り出される拳や足。


(許されて良い筈が無い……)


 この世界は、何故こんなにも無能者に厳し過ぎるのか。同じ人間の筈なのに……『覚醒者』と『無能者』とではこんなにも対応が違う。


「こんなの……許されて良い訳ないだろッ!!」

「ぐッ!? ギャアアァアァァァァッ!!?」


 僕の指先から放出された『酸液』は、ローグの顔面に降り掛かる。

 騒ぎにならないようにローグの喉元を掴み取ると、ジワジワと『酸液』を浸透される。数秒後にはローグの口からは声が発せられなくなっていた。


「お前の敗因は、僕は『無能者』だと油断していた事。そして……僕よりも弱かった事だ。来世では、真っ当に生きるんだな」


 僕はスキル『スライム』を使い身体全てをスライムに変化させると、ローグへと覆い被さった。ローグは声を発する事も出来ず、ジワジワと溶かして行った。


 初めて、初めて人を殺した。

 ただ僕の中の何かが壊れているのか、どこか乏しく僕の心を刺激する。


 しかし殺人をしたという感情も束の間、僕は自身のスライムボディの中に残った袋を取り出す。


「これは……騎士団御用達の[アイテム袋]か?」


 見覚えのある剣がクロスされたシンボルが袋の真ん中には付いている。

[アイテム袋]は回帰前、騎士団の中では有名な物資だった。確か[スペースヒッポー]という胃の中に異次元な食料を蓄えるB級の魔物の胃を使った袋。


 今の時期これは試供品でそれほどの容量は無かった筈だが、持っておいて損は無さそうだ。この[アイテム袋]があれば多少は[魔キノコ]の採取量も増えるだろう。


(殺人を犯してしまうのも……遅かれ早かれだった。僕はダンジョンの掃除屋と言われる『スライム』になれる。死体の処理に関しては問題はーー)


 そこで自身が思った『ダンジョンの掃除屋』という言葉に、ふと思う。


(僕は何故、スライムになったんだ……?)


 最初、此処に回帰してきてダンジョンへと入った時、僕は何の条件を満たしてスライムになった? ゴブリンと戦った時も何か条件を満たしたんだぞ?


 この2つの魔物に共通している事は僕が戦った事があるという事。しかし違うのはゴブリンとの戦闘は勝てたが、回帰前の僕はスライムにも負けて……それでーー。


(まさか……?)


 ある予想に辿り着き、僕は頭を横に振った。そんな訳がないと。もし、そうであったら……。


(……試してみるまで分からない、か)


 周囲に誰も居ない事を確認すると、僕はスライムから人間へと戻り何も無かった様に物陰から元の道に戻った。


(まぁ取り敢えず、眠い……)


 ◇


 騎士団では早朝に点呼、そしてランニングが行われる。それは1日を気持ち良く始める為、活発に行動を起こす為、騎士団創設以来ずっと続く伝統だ。

 しかし16支部では、ガラの悪い者が多く存在している為に朝と夜に点呼・読書が行われる。何故ランニングではないのか、それは血気盛んな者が多くいる為少しでも大人しくなれば良いと言った16支部団長の気遣いから。

 そして何故これを夜にもやるのか、それは夜に街に出て遊び呆け、[スタンピード]が起こったりした暁には16支部が多くの非難を浴びるのは目に見えているからである。


 数十年おきにそんな事があったら直ぐにでも取り壊し……そして今日、騎士団の夜の点呼の時間、些細な問題が起きる。


「おい、ローグの奴は何処だ?」


 皆が集まり読書を行う大図書館……という名の漫画や酒の缶が転がる休憩所で隊長格の男が訝しげに眉間に皺を寄せた。


「ん? あー、そういや今日は見てねぇな」

「俺はあの新入りに無理矢理いびってたのを見てから最後だな」

「見てねぇ、遊びに行ったんじゃねぇか?」


 夜に第16支部の騎士が抜けるのはよくある事で、街中で身分を隠して飲み耽っている事が多くある。


「チッ! こちとら毎回点呼のチェックをしなきゃなんねぇってのに……下の奴はお気楽で良いもんだぜッ」

「その分給料貰ってるだろ? なら我慢しろよ、隊長〜」

「毎回抜け出す奴が多過ぎなんだよッ! これで何かあった時上の奴に怒られるのは俺なんだからなッ!?」


 ただ、これは16支部ではよくある事で。

 2晩程姿を現さないという事も偶にある事で。

 例え、その者が殺されていたとしても……その者達が気付く訳も無くーー。


 部下が「はいはーい」とテキトーな返事をする中もう一度舌打ちをしながら、いつも通りチェックリストの点呼欄の全ての欄を[○]にして、隊長格の男は座り込んで酒を飲み始める。


「ったく……最近の若い奴らは。どうにもならねぇな」

「アイツはトレーニングも全くしなかったし、女のケツばっかり追ってたからしょうがなくないっすか?」

「そうそう。男と一緒に飲む酒が美味い訳がない! とか言うから……なら、俺達からはもう声は掛ける訳がない! 面白くねぇからな」

「まぁ、無理に仲良くした所で連携が取れるとでも思えなかったからな。ノリも悪かったし、何より実力も無かった。言うだろ? 気をつけるのは、有能な敵より無能な味方ってよ」


 部下達の話をBGMにテーブルにあるスルメを口に含みながら、隊長格の男が切り出す。


「おい、それより聞いたか?」

「んあ? 何だ? 隊長の好きな女が田舎に行っちまった事なら聞き飽きたぞ?」

「ちげーよ!! 盾共の話だ!!」

「盾? あぁ、ガキ共の話か。そう言えば誰かが夜のダンジョンに入ったガキが居るとか言ってたような……?」

「あ! 俺も聞いたぜ! 結局は"幽霊だった"っていう事にしたヤツだろ!! マジで笑えるッ!!」

「バカな盾も居たもんだ。低階層とは言え夜にダンジョンに入るなんて……未だにおっかねぇ話を聞くのによ」


 それは、魔物が凶暴になる事だけでは無い。


 夜のダンジョンでは突発的に異変が起きる。

 ダンジョンの通路がいきなり作り変わったり、石壁だった迷路が瞬きをした瞬間に太陽が照りつく砂漠に変わっていた等、現代の技術では測り得ない事が起きるのだ。


 勿論、何も起きない事が多々あるのだが、基本魔物の凶暴性が高くなるのは変わりない為、夜間のダンジョンに入るのは騎士団でも推奨されていない。


 そんな時間に入っては……例え運が良くても。

 況してや、無能者が入ったとなればーー。


「いや、実はその話には続きがあんだ」

「「「続き?」」」


 隊長格の男の言葉に、3人のへべれけはテーブルに乗り出した。


「そのガキ……実は今も生きているって話だ」

「ほぉ〜ッ! 夜のダンジョンに入ってか!?」

「それはそれは! 良い盾になりそうだなぁッ!?」

「それで? その盾の顔は割れてるんだよな?」


 男達の下卑た笑みに、隊長格の男は得意げに同じ様な笑みを浮かべた。


「今日から純也の兄貴が直々に指導しているのが居るらしいから、多分そいつらの事だ」

「ハハッ!! またあの人そんな事やってんのか? 前もそうやって俺達に壊されたのによぉ?」

「どうやって潰すよ?」

「どうもこうも、いつも通りやれば良い。ガキの『覚醒者』なんて夢見がちなんだ。現実を知らねぇガキに『ダンジョンに入って少しでも強くなろうぜ?』なんて声を掛ければ……1発だろッ!」


 男達は缶ビールを勢い良く握り潰し、高笑いする。

 その言動から男達が子供達を盾にしている常習犯だというのは見て取れた。

 斎藤純也とは違う、反対の意志を持った騎士達ーー。


「俺達に取って此処は天国だからなぁ……訓練も程々に、テキトーにトレーニングしてスライムでも狩ってれば勝手に給料が入って来る。そんな場所を変えられちゃ困るんだわ」

「日程はどうする?」

「確か、騎士団の定期報告会が来月にあった筈だ……その時は団長・副団長は嫌でも出席しないといけねぇ」

「なら、決まりだな」


 男達は缶ビールを4人でかち合わせる。

 缶ビールの口からは衝撃で液体が零れ落ちるが、男達はそんなの気にする様子もない。

 この缶ビールは第16支部の経費で落ちている物、こんなの溢れたところで何ともない……いつも通りだ。


 ただ、男達はそんな日常に少しの刺激を求めていた。

 自分達が楽に、そして楽しく過ごせるように、普段世話をしてやっている"盾"を痛ぶり、嬲り、殺す事で、ストレスを発散する。


 男達はそんな願いを込めて缶ビールを高く掲げる。


 1缶200円弱の缶ビール。

 そんな缶ビールにくだらない願いを込めて。

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