第52話番外編 怪異と古川祥一郎とアオ アオの消失?

「ねえ、葵光丸のおうちに一緒に行こうよ、猪鍋用意してもらうからさあ」

アオは一所懸命横になっている古川を揺するが、古川は鼻を鳴らしただけだった。

「行かないっつってんだろ!面倒臭い。僕は昨日の除霊で疲れたんだ。祈祷代しか貰ってなかったのに、面倒なモノ出しやがって」

「えー、単なる怪異って言ってたじゃないか」

「神もどきはややこしいんだよ。一般人にも見える位凝り固まってたし」


言いながらもテコでも動かない古川に、ついに諦めて

「僕がいない間に他所の霊とかに浮気しないでね」

と恨みがましく(本業なので、おどろおどろしい)出て行った。


少し昼寝してから

「何で霊と浮気なんだよ。祓うに決まってるだろ」

とアオが用意していったお握りと味噌汁を食べた。

その時漬物を全部食べてしまったので、買い物ついでに坂木の家に寄って貰ってきた。


坂木の家は薄いが結界があり、怪異の類は入ってこれない。

夫婦と世間話をして、希望する参拝者に渡す御朱印もついでに貰った。

無料で渡す物は書く気がない。



夜は牛肉と野菜炒め、ご飯と漬物で済ませ、風呂に入ってから、はたと気付いた。

「アオ、泊まりだっけ?」

ずっと強制的に髪を乾かして貰っていたので思い出したのだ。

ごちゃごちゃ言うから肝心なことを聞き逃してしまった。

「ま、どうでもいいか」

さっさと寝た。



次の日から『御影奉納祭』、スイスイに呼ばれて碧滝ノ鳴代神社の祭事手伝い等、準備が必要なことが続いた。

流石にアオの助けは借りられないので、スイスイに八つ当たりしながら手伝いを乗り切った。


体力的に疲れて、終わった後は強制的にスイスイに送ってもらい、お土産の弁当を食べた後はシャワーだけして寝た。


そして、1週間後。

「あれ、アオは?」

鬼と人間のハーフ、葵がやって来て初めて気付いた。

(番外編・怪異と古川祥一郎とアオの日常『鬼の居ぬ間に1〜3』参照。アオが葵の育児を手伝ったのでアオに懐いている。古川をライバル視している)


「え、お前ん家に居てるんじゃ…」

「3日前に帰ったよ、浮気が心配だとか」

「自分で言って暗示にかかるとは」

古川はふふっと笑った。


「呑気な事言ってないでさ!アオどこやったんだよ⁈」

葵は切羽詰まった様子で古川に取り縋ったが、ペイと払い除けられる。

「え、知るか。葵が来て初めてわかった」

「どっか寄るとか」

「別に。ちゃんと話聞いてなかったし」

「駄目だろ、探せよ」

「子供じゃないし、悪霊だし。わざわざ僕が動く必要無い」


やいやい言うので、渋々古川は辺り100キロ近くまで気配を探ったが、掴めなかった。

「どこへ行ったんだろ?あいつならジャバラで、一瞬で帰ってこれるのにな」

「そうだろ?心配じゃないのか?」

「いや、別に。最強で最凶の悪霊だし。下手な怪異とか霊とか瞬殺じゃね?」

「人間の、退魔師とかに祓われてない?」

「催眠かけて逃げるだろ。そうだ」

古川はにっこり笑って

「異界にいるとわからん」

と言って自分だけ入れたお茶を飲んだ。


「じゃあ、誘拐されて異界に閉じ込められたんだ。可愛いから」

「お前の目は濁りきっとるな」

ジトリ目で葵を見る古川。

「お前に言われたくねえよ」

「はっ!あんな奴閉じ込めて何の得がある?この前祓った犬神も閉じ込められて単なる怪異に堕ちてたぞ」


犬神の名を出した途端、背筋がゾワワッとした。何だこれ。

「僕が繋げたのか?まさか憑けられてた?あの時確実に祓ったはず」


「おい、何だよその思わせぶりな口。お前のせいか?」

「まさか。僕がしくじるかよ、馬鹿馬鹿しい。また帰ったら連絡させるから帰れクソガキ」

古川は横になると葵を見もせずに手で追い払った。

葵は古川の力で押されて後ずさり、物凄く不満気な顔をしていたが、古川が相手にしないので、仕方なく引き上げた。

「帰って来たら、アオに連絡してって言っといて」

「へいへい」


葵が遠ざかったのを確認すると、起き上がって舌打ちした。

「気配が、あそこで消えている。偶然、じゃないな」

今日帰って来なかったら、暇になった日の朝イチで行ってみるか。


あくまでも、アオの都合で帰って来ないと思いたい。



アオの不在から10日経って、古川はようやく重たい腰を上げて、この前依頼のあった家に行ってみた。

古い大きな旧家で、今は誰も住んでいない。庭には大きな池もあり、古い祠が建っている。

前回は、その祠を処分するのを頼まれたのだ。


中には、その家が代々祀っていた犬神が、いた。

ただし、穢れが積み重なり、もはや怪異と変わらなかった。

世話を怠っていたので、代々の家で発生した不浄を引き受け続け、そのまま浄化できずに変異してしまったらしい。

跡継ぎや親戚に不可解な病気や死が相次いで、恐れた子孫が古川に頼んできたのだ。


「神と名は付くけど、所詮犬だしな」

と甘く見ていた古川は、一瞬全力に近い力を出して祓うことになった。

取り憑いていた怪異も相当強かった。それを破った中に、祟り神と化した犬神が、闇雲に古川に襲いかかって来た。

古川は一瞬で金色の手を作ると

「伏せ!」

と言って上から押さえ込んだ。


暴れるので、ぎりっと押さえ込んだら、歯噛みして涙を流し

「祟ってやる!」

と唸り声をあげたが、容赦無く押し潰してやった。

ぎゃあああー

といつまでも耳に残る悲鳴を聞かされた。


跡形も残らなかったはずが、騙された。もしかして、犬じゃなくて狐?


稲荷神がくしゃみをしたかもしれない。


池と祠の付近に近寄って、異変に気付いた。

大きな鯉が何匹もいたはずだが、一匹もいない。池の底が見えないほど暗く澱んでいる。

岸に近いところで白く見えたものに、一歩下がってしまった。

大量の魚の骨だった。

「マジか」

壊れた祠より、池の方が禍々しさを含んでいる。

『こっちが本体だったのか⁈』祠だけでも結構デカかったぞ?


「アオ!いるのか⁈」

古川は取り敢えず叫んでみた。


「しょう、いちろ」池の周りから細々と声が響いて来た。

あー最悪。古川はさらに一歩下がると構えた。


チャポン。


音がして池の真ん中に人の頭が出て来た。

半透明ながら誰かはすぐわかる。

アオだ。


濡れた黒い髪は頬に張り付き、目がほのかに赤い。口元は微苦笑を浮かべているが、ぼんやりとした表情だった。

「お前、何してんの?水苦手だろ?」

警戒したまま口調はのんびりしたまま言う。


アオの目がさらに赤くなった。

「あなたもだよ」


アオは水面へ片手を上げると、手首からジャバラが飛び出して古川の方へ一直線に伸びる。

古川はそれを直前で払い除けた。


「ちょ、何すんだよ」

「どうして避けるの?」

「はあ?池に引き込む気満々だったろ!早く出て来い、祓うぞ!」

「出来ない」

「しっかりしろ!催眠がかかってる!」


古川の背中から金色の手が数十本伸びてきた。

目は縦長の瞳孔になり金色に光っている。体も薄く金色に包まれている。

「絶対水には浸からんからな!!」


アオの前の水面から太い腕が伸びて来た。

薄茶色の毛で覆われ、広げた手の先に鋭い爪がついている。

「出て来い、犬神!」

古川は大声で言うと、金色の手は一斉に伸びて毛むくじゃらの腕を我先に掴んだ。

金色の腕から細い槍状のものが派生して腕に刺さっていく。


「逝ね!!」

古川は先ほど吸い出した力を自分のと重ねて一気に送り込んだ。

巨大な手にする方が、力は入れやすいが、アオごと潰してしまう。


犬神?の腕が弾け飛んだ。

途端に2メートル以上の狼のような頭が、古川の上に現れた。

大きな口を開けたその中は、黒い穢れが渦を巻き、腐りかけの嫌な匂いが充満した。


轟然と古川を飲み込もうと迫って来た。


「死にかけが!」古川は後ろに飛び退くと、今度こそ潰してやると巨大な手を顕現した。


頭は大きい割に左右上下へと動いて古川の手をかわしつつ、狙ってくる。

「犬だけにすばしっこい、のか?鬱陶しいな!」

古川は池に注意しつつ(水大嫌い)瞬時に避ける。


「祥一郎!」


犬神の頭にジャバラが伸びて巻き付いた。

「よし!良い子だ、アオ」

古川はにっこり笑うと両腕を伸ばして上下でパァンと勢いよく手のひらを合わせた。


「今度こそ、逝ね!」

金色の手は容赦無く犬神の頭を挟むと押し潰した。


音の無い咆哮の響きを残し、犬神は消えて行った。

「恨むなら、この家の先祖を恨め!」

古川に向けてどうする、いい迷惑だ。


「ねえ」

「疲れたー一銭にもならんのにー」

目は元に戻ってるかな。電車乗るのに戻って欲しい。神職仕様だから、コスプレと思って欲しい。


「祥一郎」

解放されたアオが岸辺に立っていた。

目が赤い。

「あれ?」

「祥一郎、僕ごと犬祓おうとしたな」

「ご協力感謝する。元はと言えばお前が悪いんだからな。こんな奴に捕まって」


古川は平然と言って池に背を向けて歩き出した。

キューンキューン。

「そんな犬みたいな声出しても知らん」

「僕じゃ無いよ」

古川の足元に白いのがまとわりつく。

「何これ」

「子犬だね。池の底にいたから連れて来た」


「アオ〜、置いてこい!」

「ただの水の底だよ?溺れちゃう」

「じゃあ、ここに」

「誰も居ないみたいだけど?」

「う」

真っ白い柴犬ぽいが目が赤い。アルビノか?


「飼おうよ!放っておくと犬神になってしまうかも」

「あああー面倒くさい。飼うとして、僕が居なくなったらどうすんだよ」

「その時は夕凪ちゃんに頼もうよ」

「最初から押し付けよう」

「駄目だよ、どうせ僕が世話するから、良いでしょ?」

アオが犬を抱き上げた。

まだ完全じゃ無いのか、半透明だ。目は元に戻ってる。


「ペットショップ」

「え?」

「キャリーバッグ入れないと電車乗れんだろう」

「そうなんだ。抱っこしてるだけじゃ駄目?」

「半透明のお前が抱っこしてると浮いてるみたいだぞ、下せ」


白犬はくるりと巻かれた尻尾を最大限にフリフリ振りながら古川の跡をついてくる。

「ふふ、かわいい」アオが嬉しそうに付いてくる。

「やれやれ」



後にこの犬が『御影の狛犬』として役立つようになるとは、全く思わない古川達だった。





名前候補 赤

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夕凪の帰り道 怪異と古川祥一郎 Koyura @koyura-mukana

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