第10話 まだ見ぬ強者

 別段大声というわけでもない。ハリがあってかわいらしい声だとは思うが、熱気に包まれた訓練場で声が響くほどではないはずだ。


 だけれど、彼の声は隙間に入り込むのだ。一瞬の沈黙を利用して、彼の声は訓練場全体に響き渡る。


 刹那の沈黙の後、訓練場はざわつき始める。声の主が誰なのか、皆が探しているようだった。


「よいしょっと」


 レイは観客席から飛び降りて、砂の地面……コロシアムに着地する。


 そして軽く砂を払って、


「強い相手と戦いたいんでしょ? じゃあ、僕が相手になってあげる」


 あくまでも上から目線。強いのは自分だと、そう主張するような口調。


「……なんだキミは……」グレイブは突然の乱入者に、「……たしかにこの訓練は乱入を認めているが……」

「あ、そうなの?」

「知らないで入ってきたのか? 呆れるな」それはひめも同意かもしれない。「とにかく……キミのような少年が割って入れる場じゃないんだ。ケガしたくなかったら、早いところ帰るんだな」

「ケガはしたくないけれど……あなたとも戦ってみたいな」レイはコロシアムの中央に歩きながら、「あなた……グレイブさんでしょ? この国で一番強いっていう」

「強い……どうだろうな。まだ見ぬ強者はたくさんいるだろう」グレイブは相手の実力を確かめるように、「キミのように、な」

「そうかもね」この観衆に囲まれても、レイは冷静そのもの。「僕は……この町で何でも屋さんを始めるつもりなんだ」

「ほう……それがどうした? 勝手に始めればいいだろう」

「そうなんだけど……ちょっと知名度が欲しくて。要するに話題作りだよ」

「……話題作り?」さすがのグレイブも驚いたようだ。「それだけのために、私と戦いたいのか?」

「そうだよ」レイからすれば、簡単な理論なのだろう。「この国で一番強い人を倒したら、十分な知名度が得られるでしょ?」


 それだけ。知名度を稼ぐためだけに、最強の男を倒そうとしている。


 なんともシンプルで……かつ効果的。

 味方も敵も、同時に作る。豪快で適当な方法。


 それくらいじゃないと、ひめの恋人は務まらない。


「私に勝つつもりか?」

「そうだよ。それくらいのほうが……グレイブさんとしても楽しめるでしょ?」

「……」グレイブも、少しやる気になっているようだった。「そうだな……最近は私の知名度に蹴落とされ、最初から勝つ気がない奴らが多い。キミのように……危険な目をしている少年は稀だよ」

「褒め言葉として受け取っておくよ」たしかにレイの目は……野性味がある目なのだ。今のところ猫みたいでかわいいだけだが。「1つ質問」

「なんだ?」

「20年前に魔王を倒した勇者様っていうのは……グレイブさんより強いの?」

「そうらしいな。実際の戦いの場を見たことはないが……女神の末裔が300人集まっても勝てないほどの強さらしい」

「女神の末裔……勇者様と一緒に魔王と戦った人たち?」

「ああ。私は女神の末裔の1人と手合わせしてもらったことがあるんだが……」グレイブは肩をすくめて、「あっさりとやられてしまったよ。まぁ私もあの頃はただの若造だったが……今も彼女の実力に追いついたとは思えん」


 グレイブをあっさり倒す。

 どうやら女神の末裔というのは、次元が違う強さを持っているらしい。


「なんていう名前の人?」

「リャフト。小柄で黒髪の……剣士だよ」それからグレイブはため息をついて、「リャフトさんが言うには、他の女神の末裔はもっと強いらしい。まったく……」

「楽しみだね」

「ああ。そうだな」グレイブは剣をレイに突きつけて、「やはり、まだ見ぬ強者との出会いは、胸が躍るな」

「僕もそう思うよ」ここまで楽しそうなレイを見たのは、久しぶりだった。「じゃあ……そろそろはじめようか」

「そうだな。間違えてケガをさせてしまったらすまない。あまり加減できる相手じゃあ、なさそうだからな」

「それはこっちのセリフ」


 その言葉を受けて、グレイブが構える。

 基本に忠実、といった感じの構えだった。しっかりと剣を握り、真正面に構える。


 威圧感と隙のなさ、日頃の鍛錬が観客席まで伝わってきた。


 呼応するようにレイも構える。


 前のチンピラたち相手には見せなかった構え。


 右手は顔の前。そして左手は伸ばして、腹部の前。


 本気のときの、レイの構え。どうやらグレイブは、ひめが想像している以上に強敵らしい。


 突然の乱入者に、訓練場は大歓声に包まれていた。

 この反応を見る限り、乱入者というのは普段いないのだろう。グレイブの強さを知っていて、乱入する人などいないのだろう。


 というわけで始まったグレイブVSレイ。


 国最強の男VS謎の少年。


 なかなか……面白い勝負になりそうだ。

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