第8話
――俺はある部屋へ入った。
転がって潜り込んだような形ではあったけど。
ここはこの船の核とも言えるパーツが置いてある部屋だ。
もしも、ここにダメージが入れば……
船全体に影響するような結果が出てしまう。
分かっていながら。
分かっているからこそ。
俺は狙って破壊した――
重要な、船のパーツを……心臓を。
ペンギンの力で、落ちていたレンチで。
何度も何度も殴っては殴って――
手が痺れてもお構いなしだ。
殴って、殴った――殴り続けた。
それから――数百回目の時だ。
ガンッ、ガンッ、という音が聞き慣れた音になった頃――変化があった。
心臓とも言えるパーツが、欠けたのだ。
――深刻なダメージが入る。
できればもう少しダメージを入れておきたかったが、そうなると今度は俺も危険だ。だからここは、逃げることに集中する――。
……千人を犠牲にしておいて、今更自分自身の命のことを考えるなんてなにを言っているんだと思うが……けど、これは俺のためではなく二人のためだ。恋敵と、理々のためなのだ――。
俺が死んだら、二人はきっと自分を責めてしまうだろう。
自分のせいで俺が死んだのだと罪悪感を持ち続けてしまう……。
そんな重荷を背負わせるのは違う。
俺は、そんなことを願っているわけではない。
俺は生きる――生き延びてやる!!
それでも死んだなら仕方ないけど、生きる可能性が一握りでもあるのなら生きるべきだ。
諦めて死ぬことは、二人も、そして俺自身も許さない。
お前なんか――足掻いて、死ね。
「よし、ここまで距離を取れば、あとは、」
と、その時だった。
視界が歪む。
視界が歪む――、
爆発――。
――真っ赤。
――凄まじい風。
――熱。
――水。
――冷やされて、冷やされて、
――寒気を覚え、死を覚悟し、死神を見て、
――俺は。
俺、
は。
沈む。
落ちる。
堕ちる。
青く広い空間を漂うように。
まるで、無重力にでもいるような感覚だった。
…………目を開けてみる。
神秘的な光景だった……、
そこは、深海よりは、ちょっと手前なのだろうか……。
深海でなくとも海である。
水中にいる。ということは、俺は船から、外に出られた……のか?
「…………」
自分の羽を使い、水をかき泳ぐ。
水中だと言うのにまるで地上にいるかのように動きやすかった。
水上へ向かう。
今この時だからこそ体がペンギンで良かったと思った。
まあ、だからこそあの作戦を考えたわけだけど……。
それから、スムーズに泳ぎ、水面から顔を出す。
そこで俺が見たものは…………予想通りの光景だった。
巨大な船が、縦に、真っ直ぐになっていた。
船首が天に向いている――、
だけど船は真下へ沈んでいっている……。
深海へ、海の底へ。
多くの乗客を巻き込んで、だ。
海が、人々を飲み込んでいく……。
「……我ながら無茶なことをしたなぁ……」
人道から外れたことだ。
人ではないけど……、たとえ鳥だとしても、道から外れているだろう。
それほど、非道なおこないだった。
すると、横で水面が弾けた。
顔を出したのは少女とペンギン――理々と恋敵だ。
二人のためにここまでのことをしたのだ。
二人が逃げ切れなかったら意味がない。
だからこうして再会できたことで、本当の意味で安堵した。
あれに巻き込まれていたら最悪だからな。
恋敵は近くに浮いている木の板を運んできた。
そこに理々を乗せる――
「よいしょ」と、苦戦していたので俺も少し手伝った。
濡れた理々は木の板の上で動かない……、死んでいるわけではないだろう、呼吸はしているし……だから気絶しているだけだ。
「……バツ、ちょっとこい」
と、恋敵の声はいつもよりも低い。
まあ、言いたいことは分かる。
俺だって、恋敵が同じことをしたらきっと今のような低い声で呼び出したはずだ。
俺は、恋敵を怒るだろう――だからこそ、恋敵も同じなのだ。
「おまえは……ッ、自分がなにをしたのか分かってんのか!? ペンギンだからって、なにをしても許されるわけじゃないんだぞ!? おまえは――人を殺したんだッ、千人近い人たちを、大量に殺戮した……おまえは犯罪者になったんだッッ!!」
「分かってる」
「分かってねえよ、おまえは。人間じゃないから罪にはならないし、裁かれない――裁けない。証拠がなければ、おまえの言い分は取り合ってもらえないだろう……、捕まることはないけどな、それが安心だって言うわけじゃねえ――逆だ。おまえは、裁かれるべきことをしたのに裁かれないんだ……自分の罪が残ったまま、これからおまえは一生、その罪悪感に縛られ続けることになる――。呪いなんてものがあるのか分からねえけど、おまえ自身が考え、呪いをかけてしまうかもしれない……――ッ、苦痛を、おまえは一生、背負っていくことになるってことを、分かってんのかッ!?」
「ああ、分かってる」
俺は迷いなく答える。
覚悟は当然、していた。
嘘みたいだろう……安っぽいセリフに聞こえるだろう……軽いと言われるかもしれない――でも。
嘘じゃない。本当に、覚悟をしていた。
背負っていく気がある。
それしか、ない。
「おまえ……、」
「俺のことはいいよ……悪いな、心配かけて。これからもいつも通りに接してくれると助かる……。俺にはさ、信頼できる友達は恋敵くらいしかいないんだよ――」
話は終わりだ。
これ以上、この話を続ける気はなかった――
俺のことよりも、今は理々だ。
彼女のことについて話をしたかったのだが……、気付けばそこにいた。
目の前に。
思わず表情が歪む、厄介な相手である。
「素質がある、とは思っていたけど……まさか一人の小さな女の子のためにここまでのことをするとは思っていなかったわねえ……ねえ、バツ君?」
俺たちを見下ろすように、一人乗り用のボートに乗っていたのは――
俺たちの体をペンギンに変えた、元凶だった……。
箱戸、鯱先輩。
「……どうして、ここに?」
「ん? どうしてって……君たちをここへ送ったのは私なんだから――様子を見にくるのは当然じゃない? それに、船があんな状態になっていたら気になるわよ。その子だって乗っていたわけだしねえ」
鯱先輩は木片の上、理々を指差した。
その子も乗っているから?
……鯱先輩と、理々には、関係性がある……?
「この子のことを知っているんですか……?」
「私の従妹だもの。だからこそ君たちを送ったわけ。私の力じゃあ、理々を助けることができないから……君たちに任せたの。本当に上手くいくとは思っていなかったけど……、それに、こんなことになるとも想定にはなかったからね――……でもまあ、いいんじゃない? 想像以上のパフォーマンスだったわ。満足以上よ、バツ君」
「おい、ちょっと待てよ」
と、恋敵が噛みついた。
実際は、鯱先輩を睨みつけただけだが……。
「じゃあ、あんたは知っていたってことだよな? 理々が命を狙われているって、知っていて……っ、にもかかわらず、おれたちに任せた……自分では助けようともしなかった――。なんでだよ、なんなんだよッ! あんたが助ければいいじゃねえかよォッ!!」
「それができないからってことが分からない? それにしても、やっと話してくれたね――でも、あなたはバツ君とは違って私が求めるような面白いことをしてくれる感じはまったくしないわね……。つまらないわ。間違えたかしら……。まあ、今更ペンギンに姿を変えることができる事実を知って帰すわけにもいかないけど」
ふふふ。
そう笑う鯱先輩は、着ている服のせいかあれにしか見えなかった。
「あんたは、魔女なのか……?」
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