二 純喫茶〈三色旗〉

 純喫茶〈三色旗さんしょくき〉はこの駅の始まりと共にある歴史の長いお店である。汽車を待つ人々の待合の場所でもあるが、駅に用がなくとも、名物である珈琲コーヒーとチーズケーキを求める為に〈三色旗〉を訪れる人もいる。

 白く艶やかな扉を開ける前から珈琲のが鼻孔をくすぐる。軍帽を脱いだ高久が店内に入ると来客を告げる鈴の音が響き、それまでの雰囲気が一変した。

 純喫茶〈三色旗〉の中は白を基調とした駅の構内と違い、深みのある焦げ茶を基調とした内装であった。アンティークの家具で揃えた内装に高久たかひさは無意識の内に安堵の息を吐いていた。

「ようこそお越しくださいました」

 高久を出迎えたのは猫の頭をした給仕であった。背後にちらと見える二つの尾は猫又ねこまたの一族だ。猫の頭をした給仕は恭しく頭を下げた。

羽坂はざかの名で待ち合わせをしております。持ち込みを頼みたいのですが、いいでしょうか」

「かしこまりました。後程、料金にお含みします」

「よろしくお願いします。中に六個ありますが、私の分は要りませんので三人分にしてください」

 給仕は頷きながら、豆大福が入った紙袋を受け取ると、静かに背後に近付いた別の給仕に注文内容と共に紙袋を手渡した。

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 給仕に案内されたのは奥まった場所にある窓際の特等席だった。半個室になっている向かい合わせのテーブル席からは構内を行き交う人の様子を見ることが出来る。そのベルベットのソファーに少年が二人、並んで座っていた。一人は本を読み、もう一人は絵を描いている様子だった。

「遅くなってすまない」

 その背中に声をかけると少年二人は即座に立ち上がろうとした。高久はそれを手で制して向かい合わせに座った。少年二人は嬉しそうな顔をして、それぞれに高久に挨拶した。

「何か頼んだか?」

 高久は少年二人に聞いた。先に答えたのは兄である桐ケ谷きりがやだった。

「羽坂さんがパフェを頼んでくださいました。高久さんが来たら珈琲が来るようにしてあります」

「分かった」

 高久は頷くと、給仕に頭を下げた。

「以上でお願いします」

「かしこまりました」

 給仕がその場を離れてから、高久は改めて全く似ていない従弟の顔をそれぞれに見た。兄の桐ケ谷きりがや史人のりとと弟の桐ケ谷きりがや令人のりと。漢字は違えども、互いに『のりと』という同じ名前を付けられた二人は、双子だ。

 目の前の二人が住む村は、高久が十三まで育った村だ。

 その村では双子として産まれると、呼び方が同じで漢字が違う名前を付けるのが村の習だった。先に産まれた子が名字を名乗り、後に産まれた子が名前を名乗る。

 双子としてこの世に生を受けた高久もまた、同じであった。高久たかひさただすと妹である高久たかひさただす。互いに同じ名前を付けられながら、同じ名前で呼ばれることはない。

 だから、高久は自分の名前であろうと、『ただす』と呼ばせることはない。『ただす』は妹の名乗る名前だからだ。

 それは例え、どちらが先に死んだとしても、変わることはない。

 来年の春に十四を迎える彼らを前にして高久は何とも言えぬ感覚が湧き上がって来た。

 ――今ははるかな全天ぜんてん

 かつて何度も歌い、送られた歌が脳裏を満たす。

 十三までを糺と共に歌い、十四になる前に送られたあの歌を十八年経った今も覚えている。生きろと願いを籠めた歌の、力強さと哀しさは忘れられない。

「元気そうで良かった。……羽坂はどうした?」

 答えたのは桐ヶ谷だった。

「喫煙室です」

 それを聞いて高久は思わず苦笑した。桐ケ谷と令人の護衛をしている間、羽坂は煙草たばこを吸わないようにしている。だが、羽坂は愛煙家だ。今から羽坂は桐ヶ谷と令人を村に送り届けるだけではなく、滞在もねている。その間、煙草が吸えないのだからきついのだろう。

 彼らのことだ。羽坂を喫煙室に行かせたに違いない――と思っていると、苦笑した高久の様子に令人は慌てて兄の言葉を付け加えた。

「私達が行かせました」

 令人は美麗な微笑みを浮かべながらも申し訳なさそうな表情で高久を見つめていた。半年前まではまだ少女と間違われてしまう程のあどけなさを残していたが、すっかり少年らしくも大人びた顔つきに代わっていた。

 対して羽坂をかばった弟を優しい目で見守る桐ケ谷は半年前と変わりなく大人びた精悍せいかんな顔をしている。高久の村では双子に産まれた子は同年代の子よりも早く大人びていく。村を出て行かねばならない境遇が彼らを嫌でも大人にするからだ。

 羽坂を庇う従弟達に高久は口元をほころばせた。

「大丈夫だ。あいつが愛煙家なのはよく知っている」

 高久に言われて令人は心の底から安堵した表情を浮かべた。

「それよりも、幼年学校を見学したのだろう? どうだった?」

 高久が二人に問いかけると、桐ケ谷と令人の顔がぱっと明るくなった。

「楽しかったです。ね。兄さん」

 令人の言葉に桐ケ谷は静かに笑んで頷いた。

「はい。設備が充実していて、興味深かったです。衣食住の心配がないことも安心しました」

「それは良かった。後は私も出来る限り、協力する。今度は私の家に来ると良い」

 高久が言うや、桐ケ谷は目を輝かせた。そういう表情をすると桐ヶ谷も途端に年頃の少年に代わる。高久は微笑み頷いた。

「冬季休業の時に来ると良い。その期間なら勉強も教えられる」

「お願いします! 令人。お前はどうする?」

「兄さんが行くなら、私も行きたいです。高久さん。良いですか?」

「ああ」

 高久の答えに桐ケ谷と令人は顔を見合わせて微笑んだ。そんな二人の様子を微笑ましく思いながら、高久は令人が今も抱き締めるようにして持っているスケッチブックに目を向けた。

「令人。今は何を描いている?」

 高久が問うと、令人の表情がぱっと明るくなった。

「今は人物画を描いております」

「人物画……」

「はい。ここに来るまでに澄人すみとさんの絵を書いておりました」

「澄人少尉?」

 高久は目を丸くした。

 雪村ゆきむら澄人すみと羽坂はざか紘太朗こうたろうと共に桐ケ谷と令人の護衛を務める〈白幹ノ帝国軍〉の〈白天ノ子はくてんのこ〉だ。

〈白天ノ子〉とは前線を任される聯隊旗手れんたいきしゅたっとびをめた名称である。

〈白天ノ子〉に拝命された少尉は、黒を基調とした軍装を纏う少尉と違い、全身を純白の軍装で纏う。軍帽、軍衣ぐんい軍袴ぐんこ軍靴ぐんか肩章けんしょう襟章えりしょう飾緒しょくちょ軍刀帯ぐんとうたい、軍刀――身に着けるもの全てが色の違う白で作られた、この国の誉れの証である白装束である。

 しかし、言い換えれば死に装束だ。聯隊旗手は前線を駆ける為に軍の中で二番目に死亡率が高い。まほらからたまわ白銀しろがね色の御旗みはたと共に、純白の軍装が敵の血痕と土埃で汚れれば汚れる程、誉れ高い証となる。そうして汚れた純白の軍装は凱旋の際に人々の羨望の眼差しを浴びるのである。

「そうか……」

「はい。澄人さんは、とてもお優しくて、やはり純白の軍装が素敵な美しい方です。お姿を写し取りながら、緊張してしまいました」

 令人は人に対する賛美を口にすることをてらわない。そこは澄人にも通じるものだった。

 澄人は人を真っ直ぐに見る。清廉潔白という言葉があれ程までに板についた人間も相当いないだろう。

 だが――と高久は表情を暗くした。澄人が雪村の姓を名乗るようになったのはここ一年の事だ。一年前の戦争、〈迫桜高原ノ乱はくおうこうげんのらん〉で澄人は心身共に傷つき、〈白天ノ子〉を休職している。今は教育総監部きょういくそうかんぶから参謀本部さんぼうほんぶに一時的に移り、総務課の軍務にあたっている筈だった。

 気にかかることはあったが、令人の嬉しそうな笑顔を前に、高久は微笑みを浮かべた。

「澄人少尉はお優しい人だからな……。満足の行く絵は描けたか?」

「はい! 今は兄さんの絵を描いています」

 途端、高久は喉が詰まるような苦しみを覚えた。目の前の少年二人に気取られないよう頷くと、そうか、とだけ答えた。

「はい」

 そう言って令人は手にしているスケッチブックに目線を落とした。その表情が陰った時、高久は自分が村に帰れない理由を令人に重ねて見てしまった。

 ぼんやりとしていた高久の意識を引き戻したのは、令人の声だった。

「そうだ。高久さん。約束していた絵が出来たので、見ていただけませんか」

 令人の声に我に返った高久は顔を上げた。令人は桐ケ谷にお願いして、窓際に置いた白い麻の手提げ鞄から布に包んだ、四角い大きな包みを出してもらっていた、

 令人は桐ヶ谷から大きな包みを受け取ると、高久の目の前にゆっくりと置いた。

「うまく描けていると良いのですが……」

 言いながら令人は布の結びを解いた。

 布の中から出てきたのは、立派な額縁に入った絵だった。小さな写真と共に納められた額縁には、妹である糺と、糺の妻である女性の絵が描かれていた。まるで写真と見紛うような精密な絵を前に高久はしばらくの間、声を失っていた。

「高久さん。大丈夫ですか?」

 令人の、自分を気遣う優しさに微笑みながら、高久は答えた。

「大丈夫だ。……予想以上だった。令人。ありがとう」

 令人は嬉しそうな表情を浮かべて、桐ケ谷を見た。桐ケ谷も嬉しそうな表情を浮かべて弟を見つめている。

 高久は改めて令人の描いた絵を見た。本当に写真と見紛うような絵だった。妻と笑顔で並ぶ糺の顔に高久は、自分でも気付かぬうちに優しい笑みになっていた。

「あの、高久さん。もう一つ、あるんです」

 高久は顔を真っ赤にしながら小さな包みを手渡す令人を見た。小さな包みを受け取り、布の結び目を解くなり、高久は驚きに目を開いた。そこには糺一人の絵があったからだ。白い軍装を身に纏った妹の絵を前にして、高久は驚きながらも、令人を見た。

「……勝手なことをして、ごめんなさい。どうしても、高久さんに受け取って欲しかったんです」

 顔を真っ赤にして、瞳を不安で揺らした令人を見つめながら、高久は首を振った。

「……いや。勝手なことではない。とても嬉しいよ」

 令人は深い息を吐いたかと思うと、顔をぐしゃぐしゃにして俯いた。

「良かったです……」

 俯いた令人の背中を桐ケ谷が撫でる。

「すまない。不安にさせてしまった。……令人」

「はい」

 令人が顔を上げて高久を見た。まだ稚い顔を前に高久は微笑んだ。

「時間が限られている中、私の為に糺の絵を描いてくれて、ありがとう」

 令人は小さく頷いて、唇を震わせた。

「本当に、ありがとう……。見える所に飾らせてもらうよ」

「はい!」

 嬉しそうな声を上げた令人は安堵したような表情に変わると、桐ケ谷を見た。桐ケ谷は令人の背中を撫でながら、令人と同じように嬉しそうな表情を浮かべていた。

「桐ケ谷は、今は何を読んでいるんだ?」

 令人の背中を撫でていた桐ケ谷は一瞬、驚いた顔をしてから嬉しそうな表情に変わった。

「今は高久さんがすすめてくださった『銀嶺ぎんれいて』を読んでいます」

「難しくなかっただろうか」

「いえ。とても面白いです。もう少しで読み終わってしまうのが残念で……」

 桐ケ谷はそう言って、洋卓の上に置いている本を見た。

「なら、今度、同じ作家の本を送ろう」

 桐ケ谷はすぐに頷かなかった。少し迷いを見せた桐ケ谷は首を振ってから答えた。

「我儘を申し上げてしまうのですが、合格してから頂くことは出来ますか?」

「勿論だ。……そうか。もう来春に受験になるのだったな」

「はい。それまで小説を読むのを我慢しようと思います」

 桐ケ谷の揺らがぬ声に高久は頷いた。

「分かった。それならば、来春の楽しみにしよう」

「はい!」

 桐ケ谷の弾んだ声を聞きながら、高久は包みを結び直した。最後の包みを結びながら、高久は顔を上げた。

 令人と桐ケ谷が声をかけ合いながら荷物をまとめている。そんな二人の様子に高久は表情を緩ませていた。

「〈おに〉も可愛い従兄弟の前では〈仏の守り部〉になるか」

 煙草と共に桜の香がする。軽口を叩く男の声に高久は顔を上げた。疲れた表情をした無精髭の男、羽坂紘太朗が高久を見下ろしている。相変わらず無帽の男は不敵に笑んだ。

 羽坂は通りすがる人が圧倒される程、背丈の大きい男だ。七三分けのオールバックは少し崩れており、忙しい為なのか、彫りの深い目の下の隈は色濃くなっていた。生成り色の外套を脱いだ羽坂は黒い軍装を身に纏っている。高久と違うのは装飾が白銀色である点だ。〈白守はくしゅ〉の花が一つと葉が四つの銀細工の襟章は羽坂が特務曹長とくむそうちょうであることを示していた。

「羽坂……」

 羽坂は外套を給仕に預けてから、高久の隣に座った。同時にテーブルの上に煙草の箱と銀のライターを置いた。煙草の箱には〈彼岸ノ桜ひがんのさくら〉とある。昔から変わることのない羽坂の好物の銘柄だった。

 ソファーは特等席ということもあり、男二人が並んで座っても十分な広さだった。羽坂は背もたれに背中を預けると、静かに息を吐いた。疲れた様子の羽坂に高久は声を落として言った。

「悪いな」

 高久の謝罪の言葉に羽坂は目を閉じた。

「構わん。……この方が、気が紛れる」

 羽坂の沈んだ声に不安を覚えた高久が声をかけるより先に、猫の頭をした給仕がパフェと珈琲をのせたトレーを手に近付いてきた。

「お待たせしました」

 羽坂は起き上がってテーブルの上の煙草とライターを回収した。高久も同様に、令人から受け取った手提げ鞄の中に包みを入れると、ソファーの脇に移動させた。

 給仕はテーブルの上に四人分のパフェと珈琲、二つに分けた三人分の豆大福をそれぞれの席に並べると、恭しく頭を下げて早々に立ち去った。

 自分の前に置かれた白い果物を前に高久は羽坂を見た。ちゃっかりと全員分のパフェを注文していた羽坂は悪びれもせず不敵に笑んでいた。

「俺の奢りだ。期間限定の白葡萄のパフェ、上手いぞ」

「……経費で落とすつもりだろう」

 高久が呆れながら言うと、羽坂は楽しそうに返した。

「使えるものは使わんとな。それより〈まめや〉の豆大福、お前さん、一個食いなさいよ」

 言いながら羽坂は豆大福の皿を自分と高久の間に置くと、桐ヶ谷と令人を見た。

「後、食べたいものがあったら遠慮なく頼んでくれ」

「はい。いただきます」

 桐ケ谷が手を合わせると同時に令人も同じく手を合わせた。

「いただきます!」

 弾む令人の声に微笑みを向けて、高久も同じように手を合わせる。隣で同じように羽坂も手を合わせていた。

 細長いスプーンを使って白い葡萄をすくい、口に入れた。ぷち、と果実が弾ける食感と乾いた喉を潤す瑞々しさに高久は無意識に頷いていた。

 皮ごと食べられる白葡萄〈白誉しろほまれ〉は〈白幹ノ国しろもとのくに〉の名産品だ。経費で落ちるのだろうか、と思いながら高久は無言で次の果実を口に入れた。

 その隣で羽坂はテーブルの上に煙草とライターを置いてから、細長いスプーンを手にしてパフェを食べ始めた。

 パフェを食べていた令人が何かを思い出したように顔をあげると口を開いた。

「あの、羽坂さん。さっき言っていた〈鬼の守り部〉って何のことですか?」

 令人に聞かれて羽坂はパフェを食べる手を止めて頷いた。高久は羽坂に余計なことを言うな、と目で制したが、羽坂は肩をすくめて令人に答えた。

「〈鬼の守り部〉は高久の異称だ。昔から聯隊旗手である〈白天ノ子〉を護る〈しろ御楯みたて〉よりも仰々ぎょうぎょうしい呼び名でな……我が身をていして少尉を守る軍曹の姿が陵墓りょうぼを守る番人のように見えることから畏怖いふを込めて呼ばれる言葉だ」

〈白の御楯〉とはその名の通り、〈白天ノ子〉を護る為にある軍人の名だ。高久の軍装が黒一色なのはそこにある。

〈白天ノ子〉が白ならば、〈白の御楯〉は黒――。対となる色を互いに与えられたこの二つは、ひと目で分かるように特別仕様の軍装を身に纏う。

「そうなのですね……」

 令人が目を輝かせながら高久を見つめている。桐ケ谷も同じように目を輝かせていた。高久は決まり悪そうに羽坂を睨んだが、羽坂は気にする様子もなく熱々の珈琲を少しずつ飲んだ。

「羽坂さんも〈白の御楯〉ですよね? 羽坂さんも〈鬼の守り部〉の異称を持つのですか?」

 問うたのは桐ヶ谷だった。羽坂は苦笑しながら答えた。

「そんな仰々しい名を持つのは高久くらいだ。数多の〈白天ノ子〉を護って来た人間が得る異称だ。俺は澄人専属の〈白の御楯〉だから異称はない」

「澄人さんの……」

 令人が感嘆の息を吐いた。

 雪村澄人は高久にとっては、士官学校時代の教え子である。羽坂にとっては、幼年学校時代の教え子であり、澄人が士官学校を卒業して〈白天ノ子〉となってからは〈白の御楯〉として澄人を守る盾であった。

「あ、の」

 思わず声をあげた桐ヶ谷に視線を移すと、桐ケ谷は気まずそうに窓に目を向けた。その隣で兄が声をあげた理由が分かった令人が微笑んでいた。羽坂もなんとなく気付いていたのだろう。それでも気付かぬふりして、桐ケ谷に問うた。

「どうした。桐ケ谷」

 羽坂に問われて桐ケ谷は気まずそうな表情のまま、言った。

「……今日は……澄人さんは一緒に村に行かないのでしょうか」

 羽坂は優しい表情で頷いていた。

 羽坂と澄人は共に桐ケ谷と令人の護衛を務めている。最初は羽坂一人の護衛であったが、澄人が士官学校に入学すると同時に護衛を共に始めて以来、桐ケ谷は特に澄人に懐いていた。羽坂は桐ヶ谷の気持ちを汲んで茶化すようなことはせずに答えた。

「悪いな。今回、澄人は一緒に行かない。その代わり、今度、五人でご飯でも食べに行こう」

 羽坂の言葉に桐ケ谷は無表情ながらも嬉しそうに頷いた。その隣で令人が素直に笑んでいる。

「皆さんで食事する日が楽しみです」

 令人は嬉しそうな表情を浮かべて兄を見ていた。そして何かを思いついたように目を輝かせると羽坂に問うた。

「羽坂さん。澄人さんは〈白天ノ子〉として素晴らしい方だと幼年学校の先生からお聞きしました。やはり幼年学校時代の澄人さんも優秀だったのですか?」

 令人の問いかけに羽坂は微笑み、答えた。

「ああ。優秀な生徒だ。〈白天ノ子〉は求められるものの多い役割だ。故に幼年学校時代から優秀でなければならない。成績、運動能力、対人関係、品行方正……と求められるものの多い役割だ。その中でも澄人は天性の〈白天ノ子〉だ。あれ程までに板についた人物もいないだろう」

 令人は羽坂の言葉を受けて引き締まった表情に変わった。

「高久さん。私、決めました。〈白天ノ子〉を目指したいです。高久さんと羽坂さんのような〈白の御楯〉と呼ばれる方達に認められる人になりたいです」

 令人の声が弾んでいる。その隣で桐ヶ谷が頷いた。

「俺は、〈白の御楯〉になりたいです。高久さんみたいに、〈鬼の守り部〉と呼ばれるような軍人を目指したいです」

 二人の表情は眩しい位に輝いていた。そんな二人の姿に高久は内心、不安を抱いていた。

 軍隊に先駆けて先鋒を任される〈白天ノ子〉の死亡率は高い。そんな〈白天ノ子〉以上に死亡率が高いと言われるのが〈白天ノ子〉の教育係であり、補佐役である〈白の御楯〉だった。常に傍にある影のように〈白天ノ子〉を護る為に〈白の御楯〉はある。

 白と黒の対。互いに一色で統一された特別仕様の軍装はいわば、死に装束だ。

 それでも。

 桐ケ谷と令人は分かっていて、その道を目指すと決めたのだ。その覚悟に水を差す程、高久は野暮ではない。高久は微笑みを浮かべて言った。

「楽しみにしている」

 高久の言葉に二人は顔を見合わせて頷き合った。

「なら、まずは幼年学校の受験だな」

 羽坂が言うと二人は同時に返事をした。

 桐ケ谷と令人は顔を見合わせて楽しそうに微笑み合っている。その姿にかつての自分と妹の姿が重なった。先の希望に満ち溢れた二人の姿を高久は見つめていた。

 ――生きよ生きよ、君よ生きよ。

 帰ることなく、生きてくれと歌う歌が脳内に流れる。村を出て十八年経とうとも、あの歌を今もそらで歌うことが出来る。

 高久が今、桐ケ谷と令人に望むのは最後まで生を全うすることだった。

(……どうか、彼らのこの先を切に願う)

「高久」

 ぼんやりとしていた高久を羽坂の声が引き戻した。

「幼年学校の見学は終えた。後は受験の準備に入る。村に戻ってから手続きを済ませるから五日間は帰らない。それから、桐ケ谷と令人は無事に送り届ける。心配するな」

 友の気遣いに高久は苦笑した。

「――お前だから、心配はしていないさ」

 高久は呆れながらも確かな信頼を羽坂に向けた。それから二人は無言で残ったパフェに手をつけた。そして今もまた楽しそうに夢を語る桐ケ谷と令人の二人を、高久は慈しむように見守った。

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