35話

「いや、参りましたね。面と向かって『ここにはお化けがいる』と言われてしまうと、住んでいる側としては、どうしたものか」

「縁を断ち切る方法がないわけではありません」利玖も説得に加わった。「我々がお手伝い出来る事もあると思います。それを実行に移すかどうかは、ひとえに千堂さんがどうされたいか、というお心持ちにかかっています」

「どうされたいか」千堂は利玖の言葉をくり返して、指で顎をつまむ。「うん……、どうしたいんでしょうね。ちょっと、すぐには結論が出ないな」

「それでは、今、こちらで得ている情報を元に立てた仮説と、それに即した対策をご説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 史岐が訊ねると、千堂は、どうぞお好きに、という風に手のひらを彼に向けた。

「娘さんが柏名湖で行方不明になった後、貴方の前に『自分の力を使えば娘との再会が叶う』と持ちかける存在が現れた。彼は実際に、現代科学では説明不可能な奇蹟をいくつか起こしてみせ、貴方の信頼を得た。

 貴方は、彼の言葉に従って柏名湖の近くに住まいを移し、娘さんの状況を知らせてもらう事と引き換えに彼への協力を続けた。しかし、最終かつ最大の望み──娘さんの肉体を蘇らせて、もう一度家族として共に暮らす事──に関しては、彼は大きな見返りを要求した」史岐は、隣に座っている後輩に目を移す。「ここにいる利玖を、生贄として捧げる事です」

「娘は死にました」千堂は柔らかな発音で言った。「運が良ければ、私が生きているうちに骨の一部が見つかるかどうか、といった所です。それをそっくりそのまま、いなくなった時と同じ姿に復元出来るというのは、荒唐無稽な話かと思いますが」

「その通りです」史岐は頷く。「死者を蘇らせるという行為は、あらゆる時代と文明でこいねがわれ、そして、否定されてきました。強大な力を持つ神といえど、簡単に成し遂げられる事ではありません。むしろ、これまでの前例を踏まえれば、どこの誰ともわからないしろに適当な魂を入れたものを『時間が経てば本来の人格に戻る』という言い訳付きで寄越されるのが関の山です」

「それでも、ある程度の時間を共に過ごす事が出来れば、幸福感は得られるでしょうね」

「では、一つ補足を」史岐は人差し指を立てた。「死者の蘇生を試みる事は、現代では、神々の間においても固く禁じられています。そのタブーを犯した事がばれないように、彼は、貴方を利用出来る所まで利用し尽くしたと感じたら、最初に示した報酬を与えるよりも先に、すべての証拠を消し去ろうとする可能性が高い。何かの拍子に自分の名を喋ってしまうかもしれない、貴方という存在も含めて……」

「なるほど、そういうお話でしたか」

 千堂は目をつむって両手の指先を合わせ、一度天井を仰いでから、利玖に視線を移した。

「確かに、利玖さんと伝手をつけられないか、という依頼は来ています。ですが、それは『捧げる』だなんて物騒なものじゃありませんよ」

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