34話

 三人はフロアの中央に近いテーブルに集まった。

 一度は席に着こうとした千堂だったが、途中ではたと思い出したように腰を上げる。

「お飲み物があった方がよろしいですね」

「あ、それはご心配なく」

 利玖は鞄の中から水筒を取り出してテーブルに置く。どん、と丸太みたいな鈍い音がした。中身が二リットル入る大容量のもので、真空断熱機構が採用されている。去年の夏に、必修のフィールドワークがあって、片道一時間ほどかけて自転車で現場まで通わなければならなかった時に、暑さに耐え切れなくて買った物だった。とても重いので、両手で支えなければ移動させられないのだが、今日わざわざ持ってきた理由は、千堂が用意した飲み物には何らかの細工がされるかもしれない、という危惧が半分と、素敵なロケイションの喫茶店でお気に入りの茶を飲んでみたい、という利玖の願望が半分である。

「営業中であれば失礼にあたるでしょうが、先日、介抱をして頂いたご恩もあります。暖房を効かせたフロアでお仕事をされていると、喉がいがらっぽくなる日もありませんか? 炎症を緩和する効果のあるカモミール・ティーですので、よろしければ」

「うわあ、嬉しいです」千堂はにっこりと笑って腰を下ろした。「では、お言葉に甘えて頂戴します」

 テーブルの上に、利玖が準備をした紙コップが三つ並んだ。

「いい香りですね」千堂は紙コップに鼻先を近づけて目を細める。しかし、すぐにそれをテーブルに置いた。「では、何からお答えすればよろしいでしょうか?」

「千堂さんには今、とある怪異と取引を行っている疑いがかけられています」

 史岐が話し始めた。

 千堂はテーブルの上で両手を組み、かすかに笑みをたたえてそれを聞いている。

「この世界に存在する怪異、あやかし、或いは神として祀られているモノ。そういった存在と関わる事自体は一概に咎められるべきものではありません。ただ、それによって第三者が被害を受ける可能性があるとみなされた場合には、僕らのような人間にお呼びがかかるというわけです」

「穏やかじゃありませんね」千堂は紙コップを取って中身を一口飲み、満足げに嘆息して、二口目を飲もうとした所で「あ……」と呟いて利玖を見た。

「それじゃあ、この間、お連れの方が倒れてしまったのも、お化けがいたのでびっくりした、という理由ですか?」

「恐縮です」利玖は短く答えて微笑む。

「そうか、そうか……」千堂は紙コップを唇に当てたまま、首を縦に振った。

 その口調と身振りに、利玖は一瞬、これまで彼に対して抱いた事のなかった野生的な印象と危ういバランスを感じ取った。

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