第25話 扉
「落ち着いてえええええええっ!」
と、彩が叫んだ。
俺たちはその声に驚き黙る。
きしむゴンドラの音だけが響く。
「皆落ち着こうよ。大丈夫だよ。扉から落ちないようにしっかり塞いでおこう」
彩の声は震えていた。
そうだ。ここまで来てやられてたまるか。
これが最後のアトラクションなのは間違いないんだ。
落ち着け。
コレさえクリアすれば俺たちの勝ちなんだから。
「そ、そうだな。彩の言うとおりだよな」とめぐみも落ち着きを取り戻したようだった。
「よし、おれが扉を押さえているから大丈夫。何かあっても最初に俺が対応するから!」と俺も皆を励ます。
ゴンドラはそのままゆっくり上昇し続けた。
「お、おい、アレみてみろよ」とめぐみが声を上げた。
指差す方向はちょうど観覧車の頂上。
そこに、空中に浮かぶ扉のようなものが見えた。
「嘘だろ……」
全員がなんとなく察した。
脱出ゲームのクリア。
最後に動き出した観覧車。
これまでと違うしゃべる色の付いたきぐるみ
開いたゴンドラの鍵。
頂上に現れた扉。
これだけ揃えば誰だってわかるよな。
あの扉に飛び込めということだ。あの扉の向こうがおそらく現実世界だ。
「いや、無理だろそれは……」
いくら小さな観覧車といっても下手なビルよりは高い。
落ちれば間違いなく死ぬ。
さっき冗談でめぐみが残るは転落死なんて言っていたのが思い出される。
ゴンドラはどんどん進む。
スピードは変わっていないのに、やけに早く進んでいく気がする。どんどんと扉が近づいてくる。
「どうするどうするどうする!」とめぐみが軽くパニックを再発。
「どうするってどうしようもないじゃん!」と杏奈がヒステリックに叫ぶ。
俺は決めていた。
「俺は行くぞ」
自信もないし保証もない。
あれが罠や幻覚なら俺は転落死だ。
「お前マジか。正気かよ」とめぐみが言う。
「嫌だよ先輩。あたしは無理だよ!」
「だけどこのままだとまた、あの場所に戻されちまうぞ」
「そうかもしれないけど、無理だよ!絶対無理!」
「杏奈、俺のことを信じてくれ。大丈夫だ」
「ムリムリムリ無理!」
そうこうしている間に、扉は一つ前のゴンドラの前まで迫ってきている。
「え、嘘。扉が開いてないよ」
扉は両面開きの扉なのだけど、閉まっている。
「じゃあ違うのか。あれに飛び込めってことじゃないのか。それともまだなにか謎があるってのか」
なんなんだよ。
なんのヒントもなかったじゃないか。
問いかけのないなぞなぞなんて誰がクリアできるってんだよ。
「ねえ、奏太。もしかして、ほんとにもしかしてなんだけどさ。いや、なんでもない」
「なんだ彩どうした。なにか思いついたのか? 思いついたなら何でも良いから言ってくれ」と俺は早口でまくし立てる。
「いや、たぶん違うからいい」
「あほか! とりあえず何かわかったんなら言え! このままだとこの世界から出られないかもしれないんだぞ!」
「わかったよ。だから、あのミラーハウスの中で聞いたじゃん」
「なにを!?」
「約束だよ。前に来た時、この観覧車でした約束。あれ思い出せたの?」
「くそ、だれか何か他に思いつかないか?」
「ちょっと! だからなんでもないって言ったじゃん」
今それどころじゃないだろ。
乙女かお前は!
乙女だったな!
女子高生だもんな。
SJKだもんな。
約束だって?
約束ってなんだ。
彩が余計なことを言うから脳が記憶を探り出した。
俺はここに来た記憶を封印していたのに。
それはたぶん、彩の前で泣いてしまったことがとても恥ずかしくて自分の中で思い出さないように蓋をしてしまっていた記憶だ。
くそ嫌なこと思い出させやがった。
確かにあの時、おれはジェットコースターに乗った。
ジェットコースターに乗ったのはそれが初めてだった。
こんな怖いものがあるのかと最後まで目も開けられず、終わった後、安心して泣いてしまったんだ。
ティーカップでは俺が不機嫌になってしまったのを彩が気を使ってくれて一生懸命ハンドルを回してくれた。
お陰でおれの機嫌もなおって、他の客から引かれるくらいハンドルを回した。
次にメリーゴーラウンドは恥ずかしいから嫌だといったけど彩がどうしても一緒に乗りたいからっていって乗ったんだ。確か一つだけ赤い馬があってそれに乗った。
機嫌を良くしたおれは気になっていたゴーカートに乗った。彩は外から俺のことを「すごいすごい」と言って応援してくれていた。
調子に乗った俺はスピードを出しすぎて、シケインにぶつかってしまったんだ。
ミラーハウスにも入った。
怖がる彩と手を繋いでやり、俺は謎の使命感に燃えて彩をゴールまで連れて行った。
最後に乗ったのが観覧車だった。
夕方になり帰ることになって最後に乗ったアトラクション。
少し傾いた日が差し込むゴンドラの中で彩はなんて言ったっけ――
「もう怒ってない?」
「……うん」
「今日、楽しかったね」
「……うん」
「今日、来てよかったね」
「うん」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、また来ようね」
「うん」
「やったあ! 絶対だよ? 約束だよ!」
「わかった。約束する」
――思い出した。全部。
俺は来ていた。彩とこの遊園地に。ずっと昔に。
そして今回のアトラクションは全て俺が彩と一緒に乗ったもの、しかもその順番も同じだったんだ。
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