第14話 シケイン



 いや、おかしいぞ。

 今滑走路の誘導灯のように照らされたコースはシケインが見当たらない。


 待て、その前になんで俺はシケインがあることを知っているんだ。


 こんな暗い中、コースの全貌なんて見えやしない、誘導灯だけが頼りなのに。

 俺の記憶違いか? 

 あそこはストレートだったのか?


 そして、鈍い音がした。

 中村のカートがなにかに衝突した音なのは間違いない。

 カートのヘッドライトが消えてしまって中村の様子もわからない。

 くそ、やっぱりあそこはシケインがあったんだ!

 

「中村!大丈夫か! 中村!!」

 皆が叫ぶが暗闇の中で全く反応がない。

 ただ、もう一つの黒いきぐるみが来たカートがゆっくりとレース場を動いている音だけが響く。

 のろのろとようやく俺達の前を通ろうとしている。

 きっちり柵があって、俺たちはコースの中へは入れない。

 ただ、叫ぶことしかできなかった。

 

 そして黒いきぐるみの乗ったカートがゆっくりとゴールした。

 その瞬間、爆発音がした。

「ひでぇ……」と岡本さんが爆炎に顔を赤く照らされながら言った。

 爆発の炎と煙が上がっているのは中村が事故った場所で間違いなさそうだ。

 俺たちが近寄れないでいると、黒いきぐるみたちが集まってきて、消化器を噴きかけたりして消火活動を始めた。だけど一向に炎が収まる気配がない。

 かなりの時間をかけて消化した後、黒いきぐるみたちはコースを修理し始めていた。

 俺たちは恐る恐る事故現場の場所まで行ってみた。

 だがそこには黒いくぐるみたちがコースの修復を行っているだけで、壊れたカートや中村の姿はなかった。ただオイルの匂いとプラスチックが焼けたような臭いが残っていて、爆発があったことだけは間違いなかった。


「誘導灯は罠だ」と俺は皆に話す。

「実際のコースとは違う場所に誘導灯が設置されているんだ。中村はそのせいであそこにある小さなシケインを見落として事故を起こしてしまったんだ」

「なんだそれ、ふざけるにもほどがあるだろ」

 俺もそう思う。

「でもこんな暗い中誘導灯が頼りにならないならどうやってコースを走れば良いんだ。むちゃくちゃじゃないか」

「ミッションは相手より先にゴールすることだ。その相手はさっき見た通りかなりのスローペースでしかも速度が一定のままで走っていた。だったらあいつの後ろを走れば良いんだ」

「後ろを? でも先にゴールしないと負けるんじゃねーの?」

「うん、だから、最後に追い抜けば良い。同じようなペースで後ろに張り付いて、ゴール手前で加速して追い抜けば良いんだ」

「そういうことか、なるほどな」

 なるほどと言ってくれたけど、これは中村のレースを見たから考えられることだ。外側から観察して初めて分かることだ。俺だって、最初にカートに乗っていれば中村と同じように追い抜かれないように全力でスピード全開にしたに違いない。

 初見殺しがひどすぎる。

 ゲームとして成り立ってない。まるで小学生が考えたようなルールとゲームだ。

 しかもトリックが分かってしまえば簡単にクリアできてしまうような。

 

「じゃあ次は誰が行く……?」と言いにくそうに信二が言った。

 すまん信二。毎回そのセリフを言うのはきついよな。

 残るミッション未経験者は三人。杏奈、彩、吉田だ。

 どういう方法で決めるにしろ、かなりの確率で杏奈が選ばれてしまう。

 さっき俺は杏奈に約束したばかりだ。


「俺が行く」と言った。

「待てよ、奏太はすでに一回アトラクションに参加している。それじゃ不公平にならないか」

「でも本人がやりたいと言ってんだし」と吉田。

 ま、気持ちはわかるよ。

「さっきの攻略法は俺が考えたんだし俺がやるよ」

「いや、それは間違っているよ奏太。攻略に関して知恵を出したものが責任を負うなんてことになったら誰も意見が言えなくなってしまう。だから君は今回絶対に出るべきじゃない。たとえこれで失敗したからと言っても誰も君を責めたりなんかしない。そうだろ皆?」

「そうだな、お前はマジでよくやってるよ。だから無理すんな」と岡本さん。

「うん、奏太はすごいよ。私はさっきみたいな攻略なんて思いつきもしなかったもん」と彩。

 確かに、信二が言う通りで反論の余地もない。

 俺だって失敗の責任なんて負いたくもない。かと言って気づいていたのにそれを言わずにいることなんて絶対できない。

「やはりここは三人の中から選ぶべきだろう」と信二が言った。

「そうだね」と彩も同調する。

 杏奈と吉田は黙ったままだったがこのままの流れだと彩が乗るとか言い出しかねない。


 彩は運動神経はいいのは知っているけど注意力が足りない。

 俺の中で免許を取らせてはいけないランキング堂々1位のやつだ。

「じゃあ、私が――」と彩が予想通りに口を開いたのを遮って言った。

「でもやっぱり俺がやる」

「ダメだよ。奏太。命がかかっているんだ。君にばかり無理をさせられないよ。それに違う考え方をすれば君のように優秀な人間はなるべく最後まで生き残ってくれたほうが全体の生存率も上がるとも言える。君がもし失敗した後、俺たち……杏奈ちゃん達はどうなるか、考えているのか?」

 信二が残酷だけど正しいような事を言う。わざわざ杏奈の名前まで出して。そうまでして俺を生かせたくないのか。コイツもしかして俺のことが好きなのか? 冗談だけど。


 信二の言っていることは正しいようで正しくない。

 こいつは俺が杏奈を守ろうとしていることはわかっているはずだ。

 だから杏奈を引き合いに出して俺を止めようとした。


 だが、ここで杏奈や彩が選ばれてしまった時、クリアできる可能性は高くないだろう。

 クリアの可能性が高いのは吉田になるわけだがそれを吉田が認めるわけがない。

 じゃんけんやくじのような公平な手段による決定を求めることになる。

 そうなれば、高確率で杏奈が選ばれることになるし、最悪の場合杏奈と彩の両方を失うことになりかねない。

 どうにかしてここは俺がいくしかない。


 だけどそんな俺の個人的な理由をここで言う訳にはいかない。

 それに現在俺たちの中で信二は絶対的な発言権を持っている。

 理由は簡単で、一番手をこなしている唯一の存在だからだ。

 俺と岡本さんはアトラクションに参加したとは言え二番手。一番手に比べてかなり有利な状態での参加だった。

 本人はそれを口にはしないがここにいる全員がそれをわかっていると思う。

 ここは信二と全員が納得できるだけの理由をつける必要がある。


「俺もバイクの免許を持っているんだよ」と俺は嘘をついた。

「なんだって、それは本当なのか?」と信二が焦る。

「本当だよ。だからクリアの可能性が最も高いのは俺だ。確かに公平に決めるべきだというのは賛成だけど、それよりも優先してクリアの可能性が高いものが行くべきだと思わないか? クリアできれば全員が生き残れるんだ」

「待てよ!」と吉田が割ってきた。

「体を動かすアトラクションは男子の方が有利じゃねえか。こんな命がかかった状況で男だからって理由で命はらされるのは流石に納得できねえよ」

 傍から見れば情けない発言かもしれない。

 誰だって男なら女の子を守ってやると言ってやりたいだろう。

 だけど、こんなみっともない発言をした吉田を誰が責められる?

 杏奈は俺の彼女で彩は俺の幼なじみだ。

 だけど吉田にとっては彩はただの同級生だし杏奈にいたっては今日知り合っただけのただの他人だ。

 そんな他人のために命をかけろと言われて、よし任せろなんて言えるやつだけが吉田を批判すれば良い。

 俺にはできない。

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