誘拐
第二決闘場は広めに作られた屋外のフィールドだ。
確認したところフランシーヌが申請を出していた。学園長が直々に承認したらしい。公平なようで意外と娘に甘いのだろうか。
僕は昼間のうちに医務室に行って先生に立ち合いをお願いした。僕自身には回復魔法が効かないけど、なにかあった時のためにいてくれたほうが安心だ。
回復用のポーションはフェリシー先輩に頼んで多めに準備した。割れるといけないので始まる前にリアに持っていてもらおうと思う。
「わたしたちも見物に行きますね」
「頑張りなよ、クリス。私との戦いを無駄にしないように」
「少年。くれぐれも油断はしないように」
「はい。ありがとうございます」
先輩たちは応援の他にプレゼントまでくれた。
耐火布でできた戦闘着に耐火の魔法付与がかかったものだ。
厚めの生地の表面に魔法付与を施した別の生地を縫い付けてあるので着ただけなら肌が触れて効果がなくなる心配がない。
「いいんですか? これ、オーダーメイドしたらけっこう高いんじゃ」
「気にしなくていい。研究費から流用したから」
「クリス君の体質を研究する一貫です」
若干苦しい言い訳では? と思ったけれど、せっかくなのでありがたい使わせてもらうことにした。
「でも、前のやつより生地がぴったりしてたりスカートにひだまで入ってるのはどうしてなんですか?」
「それは私たちの趣味」
せっかくだから可愛くしたらしい。
本当はもうちょっと寝かせておいてデザインに凝るつもりだったとか。うん、このタイミングでよかったかもしれない。
「クリス君。作戦はどうするつもりですか?」
「今回は屋外だし広い場所なので逃げ回りながら戦うつもりです」
「短期決戦のほうが良くない?」
「ストレス発散してもらうのが目的なのでなるべく魔法を使ってほしくて」
燃やして爆発させてをしていれば少しは気も晴れるだろう。
「治癒魔法も少しは使えるようになったので多少の傷なら治せますし」
「体力の方が先に尽きそう」
「ミシェル先輩ほどじゃないけど鍛えてるので」
それに今回は正直負けてもいい。
それよりもいい勝負をすることの方が重要だ。フランシーヌに本領発揮させたうえでなんとか勝てたらいいな、というところ。
◇ ◇ ◇
当日は平民仲間と一緒に早めの夕食をとった。
激励の会という体だけど、決闘前で飲めない僕に構わずみんな酒を飲んでいたので騒ぐことのほうがメインだったかもしれない。
でも、それくらいの方がいい。
あくまでフランシーヌとの戦いは決闘であって殺し合いじゃないんだから。
夕食の後は一度家に戻ることにした。
決闘までには時間がある。軽く仮眠をとって体力を温存しておいた方がいい。
「わたくしの寮室を使ってもよかったかもしれませんね」
「いや、リアのベッドで寝るのは悪いよ」
「お気になさらなくてもいいのですけれど……」
そう言われてもこれは気持ちの問題だ。
リア自身が一度も使っていないとか、使用人がベッドメイクをしているから匂いも残らないとかそういう問題じゃなくて、とにかく気恥ずかしい。
あと、フランシーヌと顔を合わせてしまう可能性があるのでちょっと気が引けた。
「帰ったら魔力を補充いたしますか?」
「どうしようかな。終わっだ後の方がいいかも」
話をしながら歩いていると、人気がほぼなくなったあたりで道の脇に荷車が停まっているのを見かけた。幌付きで魔力を注ぐと自走する、ほとんど馬車と同等のタイプだ。
学園ではたまに見かけるけれど、こっちの方に停まっているのは珍しい。
研究部に荷物でもあったんだろうか? そうでなければ森か、僕たちの家くらいしかないんだけれど。
「リア。盗まれて困るものって家に置いてある?」
「いいえ。手袋は研究で使うことがあるのでこのところ持ち歩いていますので……強いて言えばお金くらいですね」
「うん。金貨五十枚分は大金だけど……荷車で運び出すような荷物じゃないな」
ものすごくわかりづらいところに隠したからそうそう見つからないし。最悪、もう半分は僕が持ってるから全部盗まれても被害は半分で済む。
もちろんこの学園内で空き巣なんてそうそう出ないはずだけれど、
「貴重品は部室で預かってもらう方が良かったね」
「あそこなら魔法の金庫もありますものね」
念のため、仮眠をとる前に回収しておこう。
若干警戒しながら進んでいくと、家の前に人影がひとつあるのが見えた。
不審者──じゃない。見覚えのあるその姿はフランシーヌの専属メイドだ。
近づいていくと彼女は僕たちに一礼して話しかけてくる。
「お待ちしておりました。フランシーヌ様より伝言を預かっております」
「伝言?」
なんだろう。
決闘中止……ということはないだろうけど、場所の変更とか? それとも勝った時の条件でも突きつけにきたんだろうか。
見知った顔、かつ自然な態度に僕はふっと気を緩めて、
「──失礼」
メイドが袖から小瓶のようなものを取り出し、中身をリアに振りかけるのを信じられない気持ちで見た。
「リア!」
「───」
ぐらり、と。
力を失ったように倒れていくリアの身体。
肌が爛れたり呼吸が乱れている様子はない。それを確認しながら慌てて抱きとめて、
「伝言というのは嘘です」
家のドアが開いて中から女が現れる。
学園長、クローデット・フォンタニエ。
虫でも見るようなその表情に思わず硬直する。その間にクローデットは手にしていた一冊の本──リアが部室から借りた魔法の本を持ち上げると、
「防げるのは魔力だけだそうですね」
宙に浮かび、飛んできた本が僕の顔を直撃した。
視界が揺れる。
僕は続けて放たれる二撃目を左腕で防ぎながら、右の手袋を噛んで強引に脱ぎ捨てた。
本を掴もうとすると逃げられる。それには構わず手のひらをクローデットへ向けて、
「ぐっ!?」
金属製の棒を頬へと思いきり叩きつけられた。
身体が揺れ、渾身の魔力攻撃がクローデットではなく空に。空中の結界に防がれたそれは周囲に衝撃音を響かせながら消滅する。
棒を振るったのはメイドだ。揺れたスカートの下、太腿のところにベルト状の留め具が見えた。
貴族の使用人は戦闘訓練を受けさせられることがある、とは聞いたことがあるけれど、こういうことか。
僕は二発目を放とうとするも、二人がかりの打撃に対応できない。
「先程の異音に気づく者がいるかもしれません。移動しますよ」
「かしこまりました、奥様」
「お前たち、狙いはリアか……!?」
少女をなんとか抱き上げるとその場を離れようとする。けれど、ほんの少し走ったところで足に何かが絡みついてきた。
リアを庇いつつ転んだ僕は絡みついてきたのが金属製の鎖だと認識した。それは足だけでなく腕や胴体にも巻き付いてきて動きを封じてくる。
「能力の影響か反応が鈍いですね」
「これで十分です、奥様」
靴のつま先が顔面にめり込む。僕の手から離れたリアの身体がふわりと浮き上がり、クローデットの傍へ。
「リアを返──ぐっ!?」
今度は頭を踏みつけられた。
メイドはぐりぐりと僕の頭を痛めつけながら吐き捨てるように呟く。
「よくもお嬢様に恥をかかせましたね」
「あれはフランシーヌが悪いんだろ……っ!?」
「誰がお嬢様を呼び捨てて良いと言ったのですか」
幸いと言っていいのか、痛めつけられるのはそこまでだった。クローデットはリアとメイドの身体に触れると二人の身体ごと飛翔する。
こっちをちらりと見たクローデットが僕に大きな火の玉を放つ。フランシーヌの魔法とは比べ物にならない熱量。周りの空気が歪んでいるのを見ながら必死に見をよじって顔面で受けた。
爆発はしない。
だけどリアは。
「くそっ!」
飛んでいった方向はさっき荷車を見た方向。あれで運べば怪しまれることはない。学園長が主導しているのだから尚更だ。
鎖の巻き方は甘いし、魔法も既に切れているけれど解くのには手間がかかる。
僕は焦れながら右手を自由にするとできる限り範囲を絞った魔力放出で鎖を砕いた。
「リア」
今から走っても追いつけない。
ふらつく足を奮い立たせながら家に入り、二階に上がった。中は荒らされている形跡はない。
窓を開けて荷車を探す。いた。向かっているのは学園の中心部。外に出ようとしているわけではないのか。
身体に手を当て、回復魔法の呪文を唱える。焼け石に水の治療を施す間も目は離さなかった。
と。
「クリス!」
「ミシェル先輩?」
「どうしたのその怪我!? もしかしてなにかあったの!?」
魔力が結界に弾かれた音を聞いて念のためにと来てくれたのだという。
「まあ、おかしいって言い出したのはフェリシー先輩で私は走らされただけなんだけど。それで、なにがあったの? リアは?」
「それが……」
かいつまんで話している間にシビル先輩とフェリシー先輩も追いついてきた。
「……学園長がリアを誘拐って」
「さすがに予想外」
「研究を横取りされた事に憤りを覚えたのでしょうか。性急かつ短絡的な行動に思えますが……。クリス君、リアさんが連れて行かれた場所の候補はありませんか?」
「確証はないですけど、たぶん第二決闘場所じゃないかと」
学園内の施設なんてたくさんある。大まかな方向だけじゃ絞りきれないけど、根拠がないわけじゃない。
「フランシーヌのメイドが一緒だったんです。だから、あの娘も関わってるんじゃないかって」
「なるほど。行ってみる価値はあるね」
「では、参りましょう。治療はポーションで念のために何本か持ち出してきました」
「ありがとうございます」
ぐいっと一本を飲み干すと身体がぐっと楽になった。
「行きましょう」
幸い戦闘着は制服の下に着ている。
「でも、危険かもしれません。先輩たちは来てくれなくても──」
「少年、それは失礼」
「リアもクリスも部の仲間なんだから、当然助けるよ」
「……本当に、ありがとうございます」
残りの話は移動しながらすることにした。
向こうは飛行の魔法プラス魔法の荷車。こっちは徒歩だからスピードには大きな開きがある。先輩は魔法で飛ぶこともできるし僕一人くらいなら運べるけど今の状況で魔力を浪費するのは避けたい。
「こちらにも理はあります。生徒が誘拐されたのですから捜索するのは当然でしょう?」
「でも、相手は学園長ですよ?」
「わざわざ言う必要はない。いきなり襲われて荷車で運ばれた、って言えば普通は協力してくれる」
僕の制服についた汚れを見れば荒事があったのは窺える。
もしそれで非協力的な人物がいれば学園長側の人間である可能性が高い。
「もう夕飯時も終わりだから外にはあんまり人はいないはずだけど、散歩してた人くらいはいるかも」
散歩中の生徒や見回り中の教師に行き当たるたびに荷車の行き先を尋ねる。やっぱり証言からも第二決闘場のほうで間違いなさそうだ。
教師にはさらに事情を話すと、彼女は気になる情報をくれた。
「決闘場の地下には資材置き場があったはずです」
連れ去るつもりならよくわからないけど、例えば暴行するとかなら人目につかなくていい場所だと言える。
学園長の仕業だとまでは知らない彼女は動向を申し出てくれた。
「ただ、可能なら応援を呼びたいのですが」
「お願いしましょう。学園外に出られたのでないのなら猶予はあります」
「……はい」
フランシーヌも学園長もリアに恨みはないはず。殺したり痛めつけるなら僕の方だ。だからリアの身に大きな心配はきっとない。
連絡用の魔法で素早く複数人の教師が集められ、情報が共有される。
「第二決闘場の資材置き場は現在立ち入り禁止です」
「何故ですか?」
「学園長から指示が出されているからです」
難色を示す教師も案の定いたものの、
「では、決闘場および周辺の捜索や聞き込みを行い、それでも見つからなければ検討するということでいかがですか?」
「……そもそも、一年生の主張にどれだけの信憑性があると? この遅い時間に教師を動員するのであれば学園長にも報告を」
「連絡は試みています。ですが、なにかあってからでは遅いのです」
「彼女──リアについては気にかけるよう前々から指示が出ていましたよね? 彼、クリス用の家に防犯面で不安があるという懸念もあったはずです」
他の教師の反論によって渋々反対するのを諦めた。
どうやらリアに関する情報に人によって差があって、そこが逆に功を奏したみたいだ。
僕や先輩たちについては寮に戻すべき、という意見も出たものの、目撃者および関係者ということで同行を許可された。
そうして、周囲を捜索しながら第二決闘場へと到着して、
「あら? 決闘の時間にはまだ早いと思うのだけれど──準備はいいようですわね?」
時を同じくして、フランシーヌ・フォンタニエがその場へと姿を表した。
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