第27話 桁違いの存在
頭は痛いし身体もまだ十分に動かない。でも、叶が殺されかけてるその姿を見て、自然と体が動いてた。そしてなによりも、まだまだ戦えると脳が叫んでるんだ。
背後から心臓ごと射貫くつもりでブレードを突き刺したが、やっぱり頑丈さは人間のソレじゃない。ブレードはしっかりと漆原の身体を貫通しているのにもかかわらず、まだ喋る余力も、抵抗する力すら残ってるらしい。
「随分な復活劇じゃねぇか」
「どんだけタフなんだよお前……」
叶を拘束する左腕は剥がれ、俺が突き刺したブレードを押し戻そうと力を込めてくる。力勝負じゃ分が悪すぎる。徐々にブレードが俺の方へと帰ってくる。
「叶! 態勢を整えろ!」
「――――!」
ほぼ俺が指示を出したのと同時に叶は動き始めていた。叶のブレードは漆原の右手で押さえつけられているが、叶はブレードから手を放し一瞬で漆原に乗りかかる。
「んあ?」
何をするかは俺も理解が追い付かなかったが、それは漆原張本人も同様だ。
叶は漆原の頭まで木登りのように軽快に上がり、両足太ももの部分で首を絞めつけた。締め技を決めるつもりだ。
「クギィィ」
いくらゲヘナの力が存在する堕者とはいえ、生きる源は人間同様に酸素だ。その酸素が急にシャットアウトされる。さすがだ叶、その選択は大いに正しい。それを証拠にブレードを押し戻す力が弱まり、再び最深部まで突き刺さる。
酸素の供給が止まった漆原は苦悶の表情を浮かべている。叶のブレードを受け止めた右手も、ブレードを投げ捨て締めから解放されようと、首に絡みついた叶の足を強く握る。しかし握るだけでは締めは緩まない。生物を殺すための必死の締め、もはや指が入る隙間は存在しない。
「トドめだ漆原!」
こっちも手を休めるわけはない。背後から突き刺したブレードを、ぐるりと下方向へ刃を回転させる。それがどんな惨い結果になるかは容易に想像ができるが、躊躇ったら死ぬのは俺達だ。
股下目掛けブレードに全体重を乗せる。
「終わりだァァァ!」
「――ハァ~ア、もう演技は付き合ってやんねーよ」
「「ッ?!」」
脳裏に過る最悪の結末。それを迎えるのは俺じゃない。漆原と肌で接触してしまっている叶だ。漆原はこの展開を完全に読んでたんだ。
――ゲヘナを放出する気だ……。
俺はなぜあの攻撃受けて生き残れた? 運が良かっただけか、それとも――。
「どけ叶ゥゥゥ!!!」
「ぐっ――!」
「お前は終わりだな」
何とか叶を突き飛ばすことには成功。
ああ、終わりだ。今度こそ本当にその時だ。万策尽きている。漆原は俺の首を両腕でがっちりと掴み、アレを実行する。
「開智!!」
さっきとは訳が違う。恐らくゲヘナを流し込まれた部位が腕だったから致命傷とまでは至らなかった。だが今回は脳や心臓に直結する首。抵抗するだけ苦しむ時間が伸びるだけだ。
最期に俺の名前を叫んでくれたのが、叶のような美女だったのが唯一の救い。俺はゆっくりと目を閉じる。
――強過ぎるよ、漆原。
「――死ね」
「うぐッ……!」
この感覚を言葉で表現するのは難しい。蜂に刺され痛みが全身に走る前のあの違和感、骨が折れた瞬間の痛みを理解する数秒前、そんなような気持ちの悪い時間が流れる。
死ぬ前のアドレナリンのせいなのか、ゲヘナを体内に流し込まれているこの瞬間、全身から力が湧く。今まで経験したことのない凄まじい力だ。
「――?!」
なんだよ漆原。恐怖で俺達を支配してた堕者が、そんな度肝抜かれた表情すんなよ。
「かい、ち?」
叶まで何なんだよ。ってかいつになったら死ねるんだこれ。もう痛みも違和感も恐怖すらも感じない。首を掴まれ地面に足が届いていないのに、なんでこんなに呼吸ができるんだ? 死ぬんじゃないのか俺は。
「グェッハ?!」
「――――」
道が、選択肢が、勝利がこの目に浮かぶ。
もう一度力強く、漆原に突き刺さったブレードを握る。漆原は今俺に対し正面を向いている為、柄は反対側に存在する。刃を強く握った俺の右手からは大量の出血が確認できる。
「関係ねぇよ、そんなこと」
「
そう言った漆原はニヤリと口角を上げ、首を拘束していた両手を放した。
何故かまた生き残ることができた。事態を理解できず考え込んでいると、漆原が先に口を開く、
「お前、コッチ側の人間か?」
「どういう意味だよ、それ」
「そのまんまの意味だ。これだけのゲヘナを受けて、弱まるどころか復調してんじゃねか」
デジタルアラートに目を向けるが、先程と変わらず数値は測定不能の表示から変化がない。確かに漆原の言う通り、身体の調子は良いし攻撃を受けた個所も痛みが和らいでいる。強いて上げるとしたら、恐らく体温が38度は越えているだろうか。
「その顔、何か隠してるわけじゃねぇ。何も知らない、そんなとこだろうな」
「さっきから何が言いたいんだよお前」
漆原は得意げに語り出した。
二度のゲヘナ放出攻撃を耐えた俺の身体は異常なのか? 後から死に達する何かを発症しないとも言い切れないので、身体を動かせるうちにコイツを何とかしないと。
「良いもんを見たぜカイチ。今日は時間切れだ。お前ならこのつまらねぇ現状を何とかしてくれるかもな」
「はあ?」
「二区で待ってるぜ」
そう言い残し、漆原は自身に突き刺さったブレードを乱雑に引き抜き捨て、ガラス窓を突き破り飛び出して行った。
全身を確認するが、内も外も異常はない。呼吸も落ち着いている。恐らくこれが抑制剤の力なのだろう。
「開智!」
棒立ちでいると、叶が俺の胸に飛び込んできた。ちょっと柔らかい感触と、これだけの激戦の後にも関わらず、良い匂いがしたことは内緒にしておこう。
何がともあれ、本当に死を実感できた戦いだった。
――俺は極度の疲労と、目の前の甘い果実に縋った。強く、強く抱き寄せた。
**********
「――と、まあそんなところだぜェ」
USBの情報は信憑性の高いものだった。私が求めるだけの期待値はあったと言えるだろう。
「その情報に感謝するんだな、堂島」
「ケッハハ。それでェ、ぶっ壊すのかよ、組織を」
「まだだ」
堂島はその返答が不服だったらしい。ニヤケ顔は瞬時にしかめっ面変化した。それもそうだろう、この男の狙いは日本政府の内部破滅。私自身もこの情報がどれだけ危険なものかは十二分に理化している。だからこそまだその時ではない。
「ひとつ答えろ」
「そいつは取引か?」
「違う。答えなければ殺すまでだ。お前と私の関係はすでに破綻している」
再び不敵な笑みを浮かべる堂島。まだまだこの男には利用価値があったが、時間の問題だ。
堂島に一歩詰め寄る。
「これらの情報、どこから入手した?」
「ケッハハハハ」
腹を抱え、逆の手では顔面を隠し笑う。
落ち着きを取り戻した堂島は、私の耳元間で駆け寄る。
「――亡霊、
「……」
「ついでだァ、テメェの頭ん中掻き混ぜてやるよ」
その距離指一本分。私と堂島の視線が交差する。
「この間のガキ、アイツの性は中村じゃない――」
「――――?」
「
再び腹を抱える堂島。
私は久しぶりの全力疾走を披露した。
「本部、二番隊隊長柴崎恭弥、緊急事態により第五区に向かう」
『――承知いたしました』
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