ユルティームに、バッドエンドを。

第1話 運命


暗い森を、雨の中ひたすら駆け抜ける。

息も上がり、顔も身体も暑いのか寒いのかもうよくわからなくなっていた。

先ほどまで鬱陶しかった顔の雨粒ももはやどうでも良くなっていた。

「・・・・・・っ、はぁ・・・・はぁ・・・っ」

薄汚れて破れ掛けの麻のローブに身を纏った少女はかれこれ2時間近く森を走っていた。

足の感覚はとうになくなっていた。

「私は・・・・っ、怪物なんかじゃない・・・・・っ!」

一人でそう強く呟く。

己がどうしてこんな状況になってしまったのか、全く分からなかった。

それでも数時間前の記憶が脳にこびりついて離れない。

『お前は怪物だ!!!この村から出ていけ!!!』

『そんな醜い肌・・・!あなたは呪われてるんだわ』

『炎で焼けば呪いは消えるだろう!?なぜ嫌がるんだ、それとももうお前は怪物なのか!!』

違う。

違う!!

昨日突然、肌におかしな模様のようなものが現れた。

それは村で恐れられている怪物の見た目とよく似ていた。

けれど、確かにおかしな模様が現れて確かに戸惑いはしたけれど、これは怪物になる呪いなんかじゃない。

どうしてこんなものが出てきたのか自分でも分からないけれど、私はいつも通りだったでしょう?

しかし、そんな訴えかけも虚しく村人たちは少女を焼き討ちの刑にしろと声を上げ続けた。

逃げられる場所なんてない。狭く小さな村では誰も味方をしてくれない。

少女はそのまま捕まりそうになり、それを振り解いて森に逃げ込んだ。

昨日まで穏やかだった村人たちが蔑みの目をこちらに向けてきたのを思い出して胸が痛む。

けれど、本当にどうしてこんな模様が出てきたのか、自分でも全く分からなかった。

これからこの模様のように、本当に徐々に皮膚が爛れていくのだろうか。

まるで、あの怪物のように・・・・・・・・・。

嫌な想像を振り払うようにして走る速度を早めた。

行く宛など無い。

育ててくれた両親は早く死に、村人たちに育ててもらった。

あそこだけが人生の全てだったのに。

「あっ・・・・・・」

片足が木の根っこに取られて少女はそのまま泥の中に倒れた。

顔や手にも泥を被り、鼻にはツンとする森独特の匂いが入り込んでくる。

全身かすり傷だらけになってしまった。

よろよろと起き上がり、少女はまた歩き出す。

(どこか・・・・・・休める場所を・・・・・・)

無慈悲な雨は降り続け、少女の体温を少しずつ奪っていく。

このままでは捕まる前に森で餓死するか凍え死ぬ。

しかし、こんな森の奥に雨風を凌げる場所など・・・・・・。

「・・・・・・え・・・・」

掠れた声が自分の耳に小さく届く。

その瞬間時間を忘れ、ただ茫然と目の前のものを見ていた。

そこには大きな古びた洋館があった。

静かに雨の中佇むそこは異様な雰囲気を放っている。

来る者を拒絶するような、はたまた誘い込むような不思議な魅力があった。

「・・・・・・・・・・・」

しばらくただ眺めていただけだったが、少女はゆっくりその洋館に近づいて行った。

あまりにも都合が良すぎる。

(魔物の罠?これが幻覚だったらどうしよう・・・・・)

ゆっくりと足音を立てないよう、気配を殺して洋館に触る。

感触はある。

この建物自体は本物のようだ。

今の所、魔物などの気配も感じない。

(誰かが住んでいるのかな・・・・・それとも廃墟?)

ぐるりと洋館を一周してみる。ところどころに窓があったが、全て閉め切られていて中の様子を確認することは不可能だった。

少女はツタで覆われヒビの入っている古い洋館を見上げる。

魔物の気配もなければ人の気配もない。

(・・・・どうせここを去っても行く宛がない。どのみち体温を奪われて私は死ぬしかない・・・だったら・・・・・)

少女は先ほど見つけた大きな玄関口に回り、扉を押した。

一瞬鍵がかかっているかと思われたが、そこはゆっくりと土煙をあげながら開いていった。

中の埃っぽい空気に少女は口を塞ぐ。

(誰も住んでない・・・・・それか、だいぶ留守にしてる?)

とにかくここには長い間誰も帰っていないようだ。

雨の音を遠くに聞きながら少女はふらふらと中に入っていく。

やっと休める環境に入ったからだろうか、一気にだるさと疲れが押し寄せてきた。

頭がぼうっとする。

視界がぼやけて鼓動が早い。

心臓が耳から出てしまいそうだ。

倒れる前に、せめてどこかに部屋に行きたかった。

(だ・・・だめ・・・・・・なのに・・・・・)

暖かくして寝なければ。

そうわかっているのに、少女はそのまま床に倒れ込んだ。

絨毯の敷いてある床は埃をかぶっていて少し感触がチクチクとした。

しかし、そんな感想も束の間少女はゆっくり目を閉じて意識を手放した。



「・・・・・あれ、音がしたから誰かと思ったら・・・・・・女の子?」

暗がりから幼い声が聞こえてくる。

歩く足取りは軽く、まるでこの廃墟に住まう幽霊のようだ。

少女は倒れているローブを被った女の子に近づくと、その顔を覗き込んだ。

暗がりでよくわからなかったが、自分と同じ年頃のようだ。

「よいしょ・・・・っと。びしょ濡れだし熱もある・・・!可哀想に」

少女は軽々と玄関先に倒れていた子を背負うとその肌の暑さに絶句した。

そしてにこりと笑った。

「ふふふっ、こんなところに一人で来るなんて、なんか運命感じちゃう。任せて、私が助けてあげるから!」



ー目を覚ますと、先ほどとは違う感触に違和感を覚えた。

(ふかふかしてる・・・・・ここはどこ・・・?私さっき何してて・・・・)

だんだん意識がはっきりとして、少女はハッとする。

自分は、ベッドの上に寝かされていた。

(そうだ私・・・!誰もいない洋館を見つけてそれで・・・!!)

「あっ、目が覚めた?」

横から声がして、少女は飛び起きる。

まさかあのまま捕まって・・・・・。

「だ、だれ!?!?」

少女は勢いよく声の主から遠ざかろうとした。

そこには、長い黒髪に綺麗なフリルのワンピースを着た自分と同じくらいの女の子が立っていた。

その子の瞳はベッドの横に置いてあるランタンに照らされ、赤くきらきらと光っていた。

知らない子だ。

「初めましてセレフィア。私はイレーネ、ここに住んでいる者よ」

少女は丁寧に挨拶をする。

「セ、セレ・・・・・?えっと・・・・私の名前はセラよ。・・・・・・あなた、ここに住んでたの?」

聞き馴染みのない言葉を言われ首を傾げるが、そんなことはどうでもよかった。

まさかここに人が住んでいたなんて。

イレーネは目を輝かせて頷く。

「そうだよ!いつもは大人しか来ないから、セラ?が来てびっくりしちゃった。どうして倒れてたの?」

「それは・・・・・・・」

セラは言葉を濁す。

自身の右腕に現れた模様を見せたくなかった。それに、この子がまだ信用していい人物なのかも分からなかった。

「・・・・・・・ごめんなさい。人が住んでるとは思わなかったの。すぐに出ていくから」

「えっ!?」

答えになっていないとは思いつつ、深く詮索されるくらいならとセラは起き上がる。

イレーネはそれを慌てて止めた。

「待って待って!まだ熱があるし外は雨だよ!また倒れちゃうよ!」

「・・・・・心配してくれてありがとう。けど、私は今・・・・深くは話せないけど追われてる身なの。親切にしてくれたあなたを巻き込みたくないから」

セラはイレーネの手を振り解いて部屋から出ようとする。

すると、ドンドン・・・・と重く低いノックの音が館中に響いた。

セラは息をひゅっと止める。

「・・・・・あれ?またお客さんかな。今日は多いなぁ」

イレーネはセラを宥めるように肩に手を置いてベッドへ促そうとする。反対に自分が扉へ向かおうとスッとセラの横を通ろうとした。

すると、セラはイレーネの手を掴んで震えた声で言った。

「・・・・・・・ダメ・・・・あれを招き入れないで・・・・・・」

セラの目は恐怖で怯えていた。

イレーネはぽかんとする。

すると、返事をしない家主に痺れを切らしたのか、再びドンドンと扉を叩く音が響いた。

しかし今度はかなり強く叩いたらしく音が大きくなっている。苛立ちのようなものも含まれていた。

「・・・・・・・・・・もしかして、あれかな・・・・」

イレーネがボソリと呟いて冷静に扉の外を見つめた。

そしてしばらく何かを考えた後、ニコッと笑ってセラを抱きしめた。

「大丈夫だよ。私が対処してくるから何も考えずにここにいて」

「でも・・・・・っ!!」

「心配しないで!」


そう言うと、イレーネはセラの手を振り解いて扉を開けて玄関へ向かってしまった。

セラは慌てて止めようとするが身体がうまく動かず、壁に手をついてイレーネが階段を降りていく音を聞いているしかなかった。

(どうしよう・・・・!?もしかして・・・・・これが呪いなの・・・!?村の人たちが言っていた通り・・・!!)

ズキッと頭が痛む。

セラは荒い息をなんとか整えながらイレーネを止めようと小さくもがく。

行かないで、「あれ」はあなたがどうにかできるものじゃない。

『きゃあああああ・・・・!』

村の人の悲鳴。

『なんでここにあいつが!?今まで来たことなど・・・!!』

飛び散る血飛沫。

『・・・・・・お前が誘き寄せたのか』

『こいつも怪物なんだ!!俺たちは騙されてるぞ!!!』

浴びせられる罵詈雑言。

「違う・・・・・・・・・誰か、違うって言って・・・・・・・・」

身体が弱っているからか、手の震えは治らず涙も止まらない。

ほんの少ししか話していないけれど、無断で家に侵入したセラを助けてくれた子だ。

自分のせいで死んでほしくなかった。

「グオオオオオオォォォ!!!」

イレーネが玄関を開けたのか、耳をつんざくような叫び声が館中に轟いた。

セラは身体を硬直させる。

やっぱり。

あれは人間の追手ではなかった。

セラは呪いにかかったのだ。

怪物を呼び寄せる、死の呪いに。

・・・・このままではイレーネが危ない。

セラはゆっくり起き上がると、呼吸を整えて玄関口へ急いだ。

「イレーネ!!!」

2階の階段上から叫んで敵の注意を惹きつけようとする。

狙いが自分なら、イレーネから意識を逸らせるだろう。その隙に逃げてくれると思った。

しかし、そこに広がっている光景はセラの想像していたようなものではなかった。

「え・・・・・!?」

イレーネは、襲ってくる怪物相手に丸裸で戦っていた。

華麗に攻撃を避け、そのまま相手の弱点をついて反撃もしている。恐れている様子はまるでなかった。

自分の3倍はあるであろう怪物と互角に戦っていたのだ。

「ここも隙だらけ・・・・!!・・・・って、セラ!?」

セラがその光景に唖然としていると、気配に気付いたのかイレーネが驚いてこちらを見た。

「ダメよ!!ユルティームの攻撃範囲は広いから!!!早く隠れて!」

あまりに異様な光景に言葉を失っていたセラだったが、イレーネのいう通り、ここでは邪魔になると思いセラは息を殺すようにして視界から外れた。

「そう・・・・・・・・って、え!?ちょっ!!」

しかし、セラの姿が見えなくなって安心したのも束の間。

ユルティームは何かを感じ取ったかのように2階へ反応を示し、先ほどまで相手にしていたイレーネを無視してそちらへ跳んでいった。

イレーネは急いでそれを追いかけるがその先にはまだ、セラがいる。


セラは悲鳴をあげた。

怪物の、ユルティームの光る赤い目玉がこちらをギロリと捉えた。

セラは急いで元の部屋へ行こうとするが、無理に身体を動かしてしまったせいであと数メートル先の部屋がとても遠くに感じる。

ズン!!

床が揺れ、壁をユルティームがいとも簡単に破壊する音が後ろで聞こえる。

二階に上がってきたのだ。

「・・・・・っ!!!」

最後の力を振り絞ってセラは部屋へ駆け込もうとする。

するとガバッ、とセラを掴もうとする怪物の手が全身を覆うように伸びてきた。

(捕まる・・・・・・!!)

死を覚悟した次の瞬間、怪物はベシャリとその手をセラに届かせることなく床に倒れた。

セラは何が起こったのか分からず、あれ・・・・・と弱々しい声を出す。

「大丈夫?」

その声でセラは振り向いた。

先ほどと同じような優しい声で、イレーネはセラをぎゅっと抱きしめた。

「見なくても大丈夫だよ」

そういうイレーネの背中越しには、先ほどまで戦っていた怪物の死骸があった。

その怪物の背中には大きな剣が突き刺さっていた。

この怪物を、ユルティームと人は呼ぶ。

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ユルティームに、バッドエンドを。 @suzu_kei

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