ビニールハウス①
祖父母の家に帰ると、毎度朝四時には起こされる。畑仕事があるためで、ぼくはひきとめる布団の暖かさに名残惜しさを感じつつも別れを告げ、いそいそとパジャマを脱ぐ。体は今日を生きるためのエネルギーをよこせと宣うが、すべて畑仕事が済んでからだ。祖母はもう外に出る準備を済ませて玄関口でぼくを待っている。いつまでも立たせているわけにもいかないので、汚れてもいいように軍手だけもって、運動靴を履く。
祖母が家の扉を開けると、朝の冷気がどっと流れ込んできて、布団で溜め込んできたはずの暖かさを奪い去っていく。
ぼくは一日の始まりを実感できるこの瞬間が、案外好きだった。ぼくと祖母だけの世界で、夜をのんびりとすごした外の空気が、僕らふたりにひきさかれて慌てふためいているのが滑稽だ。妹もこの光景は知らない。まだ小学生にあがったばかりの彼女ももうじき知ることになるのだろう。中学の友達もきっとしらないだろう。小さな優越感が、ちっぽけなぼくの自尊心に色を塗る。
祖母は手慣れた様子だ。何も言わずにぼくにバケツを手渡す。ぼくも言われずともわかっている。軒先の広い畑の片隅にある蛇口にいって、水を目一杯に入れるのだ。まずは水の準備が必要だ。
畑は学校の校庭みたいに広くて、ぼくらふたりでまわるのは大変だ。ただそのすべてを見る必要はなくて、用があるのはほんの一部分だったりする。妙に柔らかい、美味しそうな土をふみしめて、運動靴の隙間から入ってこないように気をつけながら。ズボンが汚れないようにも注意しなくてはならない。お母さんはきっと怒るようなことはしないだろうけど、手間を増やすようなことはしたくない。目的の場所には祖母はぼくをおいてさっさといってしまうので、水がいっぱいに入ったバケツをエッサホイサとかかえて、後を追う。いくらかこぼれて土に染み入ったりもするけど、雨とか朝露のせいにできるから気にしない。
目的の畑はかぼちゃを育てているところ、子供の頃から朝ごはんには必ず出てくるメニューで、ぼくは大好きだった。手塩にかけて育てたかぼちゃが、美味しくなって食卓に現れると思えば、この作業も苦ではない。祖母の目配せに従って、もう何度目かわからない作業をこなしていく。今日の絵日記にも、きっとこのことを書くであろう予感があった。
作業を終えたところで、祖母から声がかかった。こっちにおいでという手招きに従って、ぼくはついていく。珍しいことだった。行く先には、立ち入らないようにと注意深く言われていたビニールハウスがあった。ビニールハウスとはいうものの中はぼやけて見えないようになっていて、ぼくはそのなかで何が育てられているのかを知らない。
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