その殺人は誰にも裁けない② ー2024/7/24 Wed 19:25


 誠也は、大和の低くて冷静な声を聞く。彼の表情は見えず、誠也は大和がどう思ってそれを言っていたのか理解することはできなかったが。


「――言いたいことはそれだけか?」

「ほんとうに……大和くんさぁ」

「……言いたいことはそれだけかって言ってるんだよ」

「はぁ。いいよ、もう。どうせ、君には私がどうやってデスゲームのキル数をあんなに稼いだのか、気づいてるんでしょ。――誠也くんが気づくずっと前から。そうでしょ?」


 大和は気づいていたのか?

「それを、言わせないようにしたのがお前だろ」

「そう。誠也くんが大和くんをデスゲームに取り込んだその瞬間から、大和くんは私の支配下にある。記憶を思い出し、その事実を知ったとしても、大和くんは誠也くんには言えない」

 どういうことだ?

 大和が、記憶を取り戻したってどうして。


「夢の中の記憶は現実に戻れば消える。支配下にあるものの記憶は、支配者が自由気ままに操作できる。だから誠也くんは眷属たちの記憶を消して、橋本大和が吸血鬼であることを隠した」

 それは私にもできるんだ、と榊は言う。

 私は、彼とは逆のことをしたけれど。


「私は大和くんの記憶を復活させた」

「――夢の中で死んだ記憶は残らない。だから、では何十回、何百回も誠也は死んでる」

「え」

 大和が言ったことを誠也は理解できなかった。


「俺はもう、誠也が死ぬのを見たくない」

「健気だねぇ。別に私が関与してることじゃないよ。私だって誠也くんがようにしているのに」

「だから誠也を監禁するっていうのか」

「誠也くんを一人で行動させないほうがいい。だから大和くんに監視してもらってるんだよ?」


 監禁。

「誠也くんが外にでなければ、危険なことはなにもない。だから私は守るために誠也くんをこの部屋に閉じ込めた。怖い夢も、なにもかも、全てから守るために」

 それは大和くんも同じ気持ちでしょう?


「もっとも、大和くんは誠也くんの隣に立って、彼の味方として守り続けた。彼に課せられた問題について、見なかったふりをして」

 榊は立て続けにこうも言う。

「それってさ、誠也くんにとってはどうなんだろ」

「お前もそれを言える立場じゃないぞ」

「そうだね。私も誠也くんのそれについては、見させないようにしていた。もっとも? 目をつけられないように学校にだけは行かせた。こわーいその人たちは、誠也くんが学校に行かないことについて怪しむだろうと思って」


 誠也は二人の会話を聞き、その意味を理解することができなかった。榊優奈は藤ヶ谷誠也を監禁しながら、誠也を大学に行くことについては許可をした。

 それに自分が夢の中で死んでいるとは、どういうことなのだろうか。そんなに頻度高くデスゲームが開催されていたのだろうか?

 しかし、誠也の疑問は解消されることはなく、二人の男女は睨み合う。お互いに大切な一人のために、その想いだけは二人とも変わらない。


「……俺が夢の中で何度も死んでる……?」

 誠也にはその自覚はなかった。今まで自分が死なないようにするためにルートを選択してきた。七人のうち六人を抹殺したのも、大和を仲間に率いてたのも。――大和をあの時に殺したのも自分が生きるため。

 その根本が間違えていたというのか。


「榊、お前はとっくに自分の行いが悪いことだと知っているんだろう。――それを踏まえてお前が望むこと」

 それは、

 大和は探偵のように榊を指差した。


「誠也に自分を殺してもらうことだ」


 誠也は無意識に鞄をギュッと握りしめた。その奥底にはあのナイフがある。

「……なんで? 私、死にたくないよ?」

「タロットカードは見えない心のうちを透き通す鏡。お前が三回目のゲームをした時、引いたカードを覚えてるか?」

 榊優奈が行ったタロットを使ったブラックジャック。それは占いで出た逆位置の部位を、大和の身体になぞらえて裂傷していくというものだった。悪趣味なゲーム。しかし、タロットカードを使っている以上、それは占いでもあった。

「月の正位置。――暗闇の中で先が見えず、迷いや不安を抱えている。力の逆位置。――力の大きさに驚愕と落胆を覚え弱気になっていることを示す。自分だけではどうしようもないから」


 榊はあの時、自分が引いたカードを見て思考していた。榊は自分がなにを引いたのか、どんなメッセージが込められているのか知っていた。

「悪魔の正位置は、――悪事であると理解している。その罪悪感を感じながらも得られる快楽に依存してしまい、浸っている状態を意味し……。皇帝の逆位置は無責任で傲慢な……」

 榊優奈はあの時、なにを言っていたんだっけ。


「お前は、とっくに自分の行いが、悪いことだと理解している。それに、この状況から逃げ出したいとも考えているはずだ」

 榊の内面を誠也たちは知る由もない。人の心は透けて見えてくるものではない。しかしあのゲームは夢の中で行われたもの。榊がコントロールしたように、……我々ではない誰かが、カードのメッセージを仕込むことは可能だった。

「死神の正位置ってなにか知ってる?」

「――答えていいのか?」

「いいや、私が言う」


 大和の手元にはスマートフォンがあり、タロットカードの指し示す意味が書いてあった。

「死神の正位置は、生命の死。計画の中止。……つまり、人の別れやなにかが終わること。そして、――次の段階が見えていない」

 死神は運命だ。

 人間の及ばぬ生死を操り管理する。


「このループはどうしても抜け出すことができないの。でもどうすればいいの? 私は、楽に人を殺したかっただけ。なのに、膨れ上がったカウンターは止まってくれない。殺しちゃった人たちは、どうなるの?」

 榊のカウンターを俺らはその時に見る。

 ネズミ算。累乗を繰り返し、膨れ上がった人数は一万に迫っていた。

「これは夢の中での殺人。罪には問われない。でもね。こんなことになるとは思わなかった」

 榊は大和に詰め寄る。大和は背後にいる誠也を隠した。


「……本当か? お前ほどの頭脳ならこんなこと、気がつくと思うけど」

「ある程度の予想はしてたよ。……参加者たちは盲目に私の命令を守った。それは流石に予想外。ホントだよ? カルト宗教でもどこかで躓くようなシステムが、なんの抵抗もなく行われるとは思っていなかった」

 榊は大和を突き飛ばして榊の腕を引っ張る。大和はうめき声を発して動かなくなった。誠也は前のめりになってベッドに倒れ、鞄が放り出されたそこから出てきたのはあのナイフだった。榊は言う。別にこれは誰にでも頼むわけじゃない。


「……誠也くん。私は誠也くんに殺されたい」


 榊はナイフを握りしめ、誠也の手に無理やり握らせる。その刃はまっすぐと榊優奈の胸に向けられている。手が小刻みに揺れるのは誠也が抵抗しているから。その手はどうやっても外れない。


「私を殺して。早く早く――早く」

「ゆうなっ、カウンターの数字がバグっていて榊は誰も殺していない……そんなこともあり得るだろ! それに夢の中だ。夢の中なんだから罪にならない」

「……どうだろ。今じゃ、何百何千人の首元にバーコードがあるんだよ? もうなんかの組織が動いているとしか思えな……」

「だから! なんでこれがみんなの首に出現したのか、元凶はなんなのか知らないといけないだろうが。……それを榊から聞き出す」

「無理だよ。私も末端だよ。訳がわからないまま、死にたくないから従ったの!」


 ナイフは榊に押され、榊の胸を貫かんとしたその瞬間。

「榊優奈を殺せと言われた。藤ヶ谷誠也が死ぬわけにはいかないから、と。だからこのナイフをもらった。これで刺せば罪にはならない」

 あの男は言った。――貴方がここで死ぬわけにはいかないからです、と。大和の記憶の中では藤ヶ谷誠也は何度も死んでいる。

 榊優奈は殺しても良い。

 藤ヶ谷誠也は死ぬと困る。

 ――だから死ぬとループをして死なないルートを模索する。


「このナイフで刺せば罪にならない」

 榊からナイフを奪い取る。押し問答は誠也の勝ち。押し飛ばされた橋本大和はようやく気絶から立ち上がる。そしてその光景を目撃する。

 あ、と思った時にはもう遅かった。


「神様はどうしてか俺に死んでほしくない。このナイフで刺せば罪にならない。――俺が自分で自分の首を刺せば、自殺にはならないはずだ」

 誠也は奪ったナイフを自分の首に当てて斬る。切った血管は動脈だったのだろう。パッと花が咲くように血が噴き出す。

 熱い。

 全身の血管が胎動する。


「……せっ、じょっ、きゅ……」

 大和。わがままだと思うこの行動を許して。お前は俺がこうしないようにしてくれたのかもしれないけど。榊と大和の会話を聞いて、この世界はやはり現実と夢が混ざっているのだと確信した。


 あの夢を思い出す。

 一人で榊の元に向かい、榊を殺して自分がなにかに飲み込まれる夢を。一人で向かったからああなったわけではないよな。――それ自体がなにかの引き金になっているようだった。誰かがそう願ってる? その人物は誰か。


 あれは、――夢じゃない。

 あの時に俺は死んで、なぜだかここに生きている。その理由は分からないけれど、アレと対話するためには榊を殺すことでは辿り着けない。

 なら、どうするか?


「……せいやっ!」

 ごめん。大和。

 ごめん。



 ――薄れる意識の中、声を聞く。

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