さぁ、処刑を始めよう ー2024/7/17 Wed 23:59
「ルールは説明した通り。分かったかな?」
榊は俺の反応を確認すると、指を鳴らした。パチンと破裂音が空間に響く。ふわぁぁと大和が目を覚ます。同時に自分の身がどうなっているのかを確認して狼狽える。大和はすぐにこの状況を把握し、自分をこのような目に合わせたであろう人物を睨んでいた。
「ダメじゃない大和くん。ちゃんとお仕事しなくちゃ」
「俺は誠也の味方だから」
「ふぅんそ。私の味方をしてくれないんだ」
榊の声に大和は返事をすることなく、自らの拘束を確認する。
「磔、か。……趣味悪っ」
「罪人を断罪するのには良い処刑方法でしょ?」
タロットカード。けれどこれは普通のタロットではない。目の前にあるカードは、皇帝、法王、恋人、戦車、力、隠者、正義、死神、節制、悪魔、星、月。合計、十二枚のカードとなる。
牡牛座→頭部=皇帝→四
牡羊座→首=法王→五
双子座→肩、腕=恋人→六
蟹座→胸=戦車→七
獅子座→心臓=力→八
乙女座→腸=隠者→九
天秤座→腰=正義→十一
蠍座→生殖器=死神→十三
射手座→太腿、尻=節制→十四
山羊座→膝=悪魔→十五
水瓶座→脹脛、足首=星→十七
魚座→足、足の裏=月→十八
「……これはタロットカードで行うブラックジャック。皇帝は四のカード。法王は五。それぞれ割り振られたこのカードで合計が二十一を目指す。カードを引く回数は最大三回」
榊が用意した該当表。数字以外は普通のブラックジャックと全く変わらない。星座に該当するカードは十二枚のため、ゼロから二十一まである大アルカナのうち、該当するカードのみをピックアップして使う。
「星座に該当するカードは四、五、六、七、八、九、十一、十三、十四、十五、十七、十八」
だが、これ以上に特殊なルール。
このゲームは拷問のためにあるもの。
「牡羊座は医療占星術において頭部。牡羊座を秘めるカードは皇帝。だから皇帝はこのゲームにおいては頭部に該当する」
タロットカードは元々トランプゲームをするために作られた。しかし、あまり汎用されることはなく、タロットカードを使うゲームは主にトリックテイキングゲームに限られる。
だが、それはスートがある小アルカナを使うものであり、大アルカナを使うゲームではない。スートが存在しない大アルカナでは、トリックテイキングゲームをすることができないからだ。
榊はここであえて大アルカナを選択し、ルールを変更してきた。どうしてそこまでして、大アルカナにこだわるのか。
「このゲームでは場にシャッフルされた山から同時にカードを引き、引いた方向でひっくり返す」
「占いをするときと同じね」
「その時に正位置。逆位置が発生する。俺が勝てば、正位置だろうが逆位置だろうが問題はない。が、逆位置がある状態で負ければ」
これは処刑だ。
「――橋本大和、お前の臓器の一部を潰す」
わざわざ俺の口から。
本当に悪趣味だ。
「誠也くんが勝ったら。誠也くん、私に聞きたいことがあるんでしょ? これは占い。だからなんでも一つだけ答えてあげる」
この世界は夢だ。
目が覚めれば元通り、胡蝶の夢。
「分かった」
だが、それでも。目の前で苦しむ親友を見ていることなんてできない。
「大和は、俺の大事な……友達だから」
「誠也……」
「絶対、死なせない」
このゲームは逆位置を引かなければいい。逆位置さえ引かなければ、一般的なブラックジャックと相違ない。
「じゃあ、準備は良い?」
このゲームは榊も同じ立ち位置だろう。榊にデメリットがないことは不公平だと思う。ただそこは目を瞑ろう。自分が口を出したところで、榊の支配から逃れられるとは思わない。
それより大和を助けることが先決だ。
「ゲーム終了はどういう条件だ」
「そうだなぁ、誠也くんは大和くんが死んだら負け。人間は身体の二カ所が負傷すれば大量出血で死ぬ。例えば、腕と足とか。ただし、心臓、首、頭は一箇所でもアウト。即死とする」
「……分かった」
心臓、首、頭。この三カ所を示すカードを逆位置で引かなければいい。心臓は力のカード。首は法王。頭は皇帝。気をつけるべきはこの三つだ。
「ゲームは誠也くんが三回勝つまで。それまでにもし大和くんが致命傷を得たらそこで終了」
「俺が逃げ切ったら、俺を見逃して。俺は榊のものにならない。こんな方法で人の心を手に入れようだなんて」
他人からの強要。
それは幼い時から経験してきたことだ。幼い時、父親に監禁されるように離れにいた母。身体が弱いから。家事をしなくて良いから。理由をたくさんつけられていたが、要は逃げてほしくなかったのだ。
愛なんてないくせに、小心者の父は母が自分のところからいなくなる恐怖に耐え切れなかった。
「間違ってる」
母は優しかった。
理不尽な父の命令を聞き、生涯あの離れで過ごした。そんな母にピアノを聴かせたことがある。学校で習ったから聴いてもらいたくて、ただそれだけだった。
『とても上手。ずっと聴いていたいな』
と、褒められた。それがとても嬉しくて。そして同時に、あんな扱いをされてまで従おうとする母を恨ましく思った。
「誠也くんなら、分かってもらえると思ったのになぁ」
「なに」
「だって誠也くん、誰かの命令ならなんでもしてくれる人でしょう?」
「……は?」
「スタンレー・ミルグラムの心理実験。誠也くんも知ってるでしょ? 人間は、他人から命令られたことがどんなに残虐だとしても、――従おうとしてしまう」
ミルグラム実験と呼ばれる心理学実験は、平凡な市民でも、一定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行うことを証明するものである。
第二次世界大戦下のドイツ。ユダヤ人殲滅のため、アウシュビッツ収容所で非人道的な殺人を行っていた人間は、非道で冷酷な犯罪者ではなく普通の平凡な市民であった。
それこそ、妻との結婚記念日に花束を贈るような。
「君が六人を殺した理由。それって、私が命令したからでしょう?」
「今はそんなこと関係ないだろっ!」
「……こっわぁい。じゃあ、引こうか」
榊は山を作り、誠也から引くように促す。
榊も手を伸ばし同時にカードを開く。このカードが逆位置だったら。
「隠者、九」
「私は正義で十一」
まずは正位置でカードを引く。まだ二十一には遠く、榊も同様。
「カード引く?」
榊の声に頷き山に手を伸ばした。
お願い。いきなり逆位置を引くのは……。
「私は、戦車で七。あっ、十八だからちょっと足りなかったかな?」
榊は正位置でカードを引く。
「死神……十三」
逆位置。
「……ざんねーん。二十二だから」
「あっ」
それはいきなり訪れる絶望。
「ドボンだねぇ、えっと死神だから――生殖器かぁ」
ぐぇっとカエルが潰れたような呻き声が耳を刺す。榊がパチンと指を鳴らしたから。呻き声の後、磔にされた大和の口から血が垂れる。
「ふふっ。いい気味。ライバルなんていないと思ってたのに。私は女で誠也くんは男。私の方が誠也くんにお似合いでしょ? なのになんで大和くんは認めてくれないの? 男の友情ってそんなに大事?」
「大和っ! 大丈夫か」
「挙げ句の果てには私の邪魔ばかり。なんで邪魔するの? 私は誠也くんのことがこんなに好きなのに、どうして邪魔をするの」
どうしてどうしてどうして。榊がどうしてというたびに、大和の顔が青ざめていき、誠也はそれを眺めていることしかできなかった。
「……や、まと……?」
目に見えて変化が起きているようには見えない。けれど大和の顔がだんだんと見えなくなっていくことに不安を感じる。それは単なる八つ当たり。堪え切れなくなった嫉妬心。
それが容赦なく大和に襲いかかる。
「やめっ。やめろよっ! 大和が苦しがってるだろ!」
「こんなの初めて。みんな私のこと好きだって言ってくれるのに、やっとできた本当に好きな人なのに。どうしてよ」
「……誠也、誠也ッ! こっちを見るんじゃねぇッ!」
それが彼女を煽る行為なのだと分かっていても。
「や、やまと」
「絶対に俺を見んなッ!」
誠也は大和から目を逸らす。その後も呻き声が続いた。大和は見られたくないのだ、だから彼のプライドのために。呻き声が聞こえなくなるまで、榊の拷問は続いた。
※今回の資料はこちらの資料を、他様々な資料を読んで簡略化したものになります。メディカル・アストトロジー。私も初めて知ったのですがとても興味深かった。GW中に国立国会図書館に駆け込み、ピックアップしておいた資料を読み……あまり時間をかけられなかったのが残念ですが、とても楽しかった!
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/hermetica/medicalAstrology.html
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