生涯をかけた復讐 ー2024/7/16 Tue 23:59
「そういえばなんでそんなに生にしがみつくの」
と、榊は言った。散々殺そうとしてきたくせによく言う。従わせるための脅しに使ったくせに。
「……理由は、別に」
「君って、そんなに幸せな人生なの? さすが御曹司様々だねぇ。君ってきっと、なに不自由なく幸せな人生を歩んできたんだろうなぁ」
――よく言う。
俺の情報なんて主催者の榊には筒抜け。何もかもを知ってそんなことを聞くのか。
俺の家のことなんてみんな知ってるくせに。
「私には分からないなー。私、いつ死んでも良いと思ってるの。このデスゲームが急に運営の趣向が変わって、私たちがゲーム内で殺人を犯した罪を被らなければならなくなったとしても。私は――じゃあ死刑にして? と言っちゃう」
「ゆうなが、か?」
「うん。私、そんなに恵まれてはないよ」
駅前の高層マンションに住んでおいて? 榊優奈は容姿も頭も優れている。なにに不満があるというのだろうか。
俄には信じ難い。
「……別に、幸せだから生きる、それだけが人が生きる理由じゃないだろ」
ちらりと大和を見る。大和はすうすうと寝息を立てている。榊は次のゲームの準備をしている。今、榊の問いに応えなければ――大和に危害が加えられるかもしれない。
「俺、親に誕生日を祝われたことがないんだ」
驚いている。これは本当に正直な感想だ。
自分でもこんなにも生にしがみついているとは思わなかったのだ。死にたくない、ここで死ぬわけにはいかない。それは自分の本能のように自分の芯の部分にあったもの。
自分が生きる意味。
「父親は俺のことが嫌い。正確には、自分の地位を脅かすかもしれない俺を恐れている」
父は優秀な兄を追いかけるように大人になったのだという。兄が学年成績でトップになったならトップを目指し、進学校に合格すれば進学校を目指す。それは追いかけても追いつくことのない永遠の鬼ごっこ。前を歩く兄に自分は届かない。
「あの人は臆病者。伯父上に尻尾を振ることしかできないのに俺が簡単に追い抜いてしまいそうだから虐めてるんだよ。伯父上はとっくにあの人のことを見限って、俺の味方をしてくれるのに」
あぁ、憐れだなと思ったのは中学の時。
自分が行けなかった附属の高校で、成績優秀な一人息子。それは脅威だったんだろう。いつか自分を貶める。抑えることのできないもの。
あの怯え切った目を忘れることはないだろう。
「俺はね、あの人たちが俺に期待してないことは分かっている。自分達の血液を受け継ぐ器としか思ってないんだ。別に良いさ、そんなことは」
別に良い。別に良い。
自分の存在が祝福されていないことなんてとっくの昔に分かっている。
「……誕生を祝ってくれるのは大和だけ。誕生日を祝われたことがないと言ったら、大和が『じゃあ俺が誠也の誕生日を真っ先に祝う』って。あいつはそれを律儀に守ってくれている」
――それがどんなに嬉しかったのか。
大和には分からないだろう。
「俺なんて、死んでいた方が喜ばれる。あんな自分の利害しか興味がない世界なんて、飛び込んだって生き地獄だ。分かってる。でも俺は生きてやるんだよ。これは俺ができる最大の嫌がらせ」
生きてやる。
生きて生きて生きて。
「俺は、俺が嫌いなあの会社を内側から乗っ取ってやる。そのためにはなんだってやってやる。嘘もイカサマもなんでもやって、蹴落としてのし上がる」
俺が生きる理由。俺の生き甲斐。
つまり、俺がしたいのは。
「――復讐だよ」
まず父親を蹴落とし、伯父上も操って。
「俺が生きる意味は復讐のため」
榊のシャッフルする手が止まる。一瞬、呆けているようにも見えたがそれは気のせいだろう。
「誕生日、いつなの?」
「……? 七月一日だけど」
「そうなんだ」
「ゆうながデスゲームを開催しろ、っていうから散々な誕生日になったけど」
「その日も、親からは?」
「メッセージ? 来てないよ。あの人が送ってきたことはない。伯父上は……お昼頃に電話は来たけど。いつもの、」
定型文のような業務電話。元気なのか、成績はどうか。あぁ、大学生だから成績は別に気にしなくて良いのか。なんてことを聞いてくる。
それは親代わりとして当たり前の、普通の会話なのだと思う。大和に言ったら『なーんだ、ちゃんと心配してくれてるんじゃん』と言われた。
でもさ、たぶん違うよ。
これは義務感からしてくれること。世間的にやっておかなければ非難されるからしているだけ。
でもさ、それでも十分だ。
「伯父上のところには夏休みに行く」
スポンサーには良い顔をしておかなければ。
向こうが義務でそうするなら、俺だって義務だと思えば良い。それで将来の地位が確立できるのなら。俺は喜んで靴を舐めるよ。俺は期待していないんだ。親からもらう愛情もなにもかもを。
それで良い。――それで。
「ゲームをやろう。俺は死ぬわけにはいかない」
復讐を成し遂げるためには。
「うん、誠也くんのそういうところ、」
「カード、切り終わったよ」
――じゃあ、殺し合いを始めよ?
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