首輪 ー2024/7/8 Mon 19:00
なぜこんなことになっているのだろう。
「榊さん、好きなものは? 趣味は? サークル入ってないって聞いたけど放課後はなにをしてるの?」
「橋本くん、そんなに色々聞いてきたら困っちゃうよ。一つずつ、質問して?」
「えぇー、じゃあ、趣味! 趣味、聞きたーい!」
誠也を挟んで大和と榊が話している。どうして。いやなんで俺がここに挟まれる理由ってある?
意味が分からないんですけど。
「あのさ、そんなに話したいんなら俺をここから抜いてくれない? 唾が俺に飛ぶんだけど」
「誠也はここに居て! 榊さんの隣は無理!」
「俺も無理だって、この人怖……」
「せーいーやーくん? 誠也くんはここにいてね? これは命令です。良い子だから守ってね?」
「……はい」
くすくすと笑う榊は誠也の様子を見て満足げだ。
まだ教授は来ない大会議室。誠也は榊から逃れることはできず、講義室まで来てしまった。普段ならば一人でいることが多い榊優奈と二人で登校する。
目立つ。
橋本大和が榊優奈と藤ヶ谷誠也を交互に見て首を傾げた。そして誠也の強引に肩を組み、尋問を受けたのは言うまでもない。大和は榊に好意を寄せている。榊に連れ込まれホテルでワンナイトを決めたことは言わない方がいいだろう。
誠也はその事実だけは隠し、なんとか上手く誤魔化したのだった。その結果が今の現状である。
なぜだ。
どうしてこうなった。
「ねぇ、せーいーやー、くぅーん」
「なんだよ」
「はいこれ、あーん」
なんでこんなことを。甘いチョコを口に投げ込まれもぐもぐと咀嚼する。榊になすがまま付かず離れず。今日はバイトもない。講義が終わったらそのまま帰る予定なのだが。
今日の講義は終わった。大和はサークルに行くからと競技場に走っていく。今日は外で撮影をするんだそうだ。
「大和くんってさ、演劇部もそうだけど、養成所も通ってるよね」
「そうだな」
「凄いなぁ。――夢、なんだね?」
榊はふふっと笑う。
その顔はまさに花が咲くよう。
「お前には関係ないだろ」
だが、俺にはもう、――。
「で、いつまでついてくるんだよ」
「ん? 誠也くんの家に行こうかなと」
「え! なんで」
榊の家がどこなのかは知らないが近所ではないはずだ。それにどうして昨日からそんなについて回るのか。
「誠也くん、まだ大切な話をしてない。その話を誰もいないところでしなくちゃ」
「だから俺の部屋に?」
榊の顔をじっと見つめる。なにを考えてる、いや、なにを企んでいる? ビリビリと首元が痛くなる。自白剤を飲まされ尋問を受ける被疑者のように、榊を問い詰めれば自分が追い詰められていく。
それでも聞かなければ。
「なにを企んでる?」
「誠也くんの家に呼んでくれたら答えるよ」
「ダメだ」
「どうして?」
「君を部屋に入れたら俺は榊の質問にしか答えられず、俺の質問ははぐらかされて答えてもらえない」
「分かってたんだ」
だっておかしい。
「俺は榊に逆らえない。榊を俺の部屋に入れれば今朝のように」
「ワンちゃんになっちゃうから?」
榊は自分の首を指差して笑った。
「せっかく君に似合うのを探しておいたのに」
赤くて太い綺麗なのを見つけたんだよ、と榊は笑う。ちゃんとチェーンも買っておいたのに。
「誠也くん力が強いから。鉄製の丈夫なのを……鞄に入れて持ってきたのになぁ」
「なんでそんなことを」
「なんでって、誠也くんを私のものにしたいからだよ? 可愛いしなんでも私のことを聞いてくれる良い子だから」
話が噛み合わない。段々と怖くなってきた。可愛いその表情は無邪気そのもの。なのに、自分を支配し従わせようとする。
自分がそれになんとなく逆らえなくなっているという恐怖。こわい。こわい。――こわい。
「俺になにを求めてるんだよ」
「誠也くんは私のこと嫌い?」
「え」
「私、昔からみんなに好かれるの。みんな私のこと可愛いって言ってくれる。異性から嫌われたことなんてない。だから誠也くんも私のことが好きでしょう?」
「――なにが言いたいんだよ!」
「ちょっと大きい声出さないで。まだ構内だよ? 騒ぎを起こしたら誠也くんが困るじゃない」
話が進まない。相手の流れに飲まれてはいけない。一瞬の隙が命取りになる。誠也は必死に踏ん張っていた。足を掬われたら終わりだ。
「……俺をどうしたいんだよ」
榊はそんな誠也を冷静に眺め笑う。
彼女に取ってはそんなものはハリボテの虚勢にすぎない。舌舐めずりをして攻撃を仕掛ける。
「誠也くん。私は誠也くんのこと――好きだよ」
「ふぇ!?」
「好き。好き。可愛いんだもん、大好き」
「えっ、ちょっと。ちょっと待って!」
誠也は榊の前に手を伸ばして彼女を止める。榊はぷぅっと頬を膨らませる。その顔は確かに可愛い。けれど誠也はそれを眺める余裕はなかった。
「ぇっ、俺のこと……好き、なの」
「可愛い。お顔まっかっかになってるの、とっても可愛い。りんごみたい。だからぁ、誠也くんのおうち行きたいなぁー。二人で秘密のおしゃべり、しよ?」
「だっ、あの、でもおれ……」
「ねぇ、だーめ?」
明らかに罠だ。そんなことはわかっている。けれど男の純情を弄ばれ、それがたとえ誘惑だと分かっていても。
「ねぇ?」
「は、……はい」
「わーい。ありがと。一緒に行こうね?」
手を握られ心臓は鼓動を早める。完全に堕ちた誠也は榊の命令通り自分の部屋に悪魔を招き入れ、鍵をかけられる。
「誠也くん。似合ってるよ。そのこぼれ落ちそうで透き通った赤い瞳と同じ色にしたんだぁ」
首がしまって息が苦しい。頭を動かすたびガチャリと重い感覚がある、首を持ち上げただけでも身体が重いのだ。榊は首輪と首の隙間に指を入れて無理やり持ち上げる。苦しい。けほりと咳をして榊を見上げる。
そんな誠也を満足そうに眺めながら榊は言った。
「誠也くんは私に逆らえない。――一週間前。あのデスゲームで、君に主催者としてゲームをやれと言ったのは」
首筋をスルスルと撫でられ背筋がぞわぞわと逆立つ。ゾクゾクと肌が粟立つ。支配されるという絶望を目の前に叩きつけられる。
誠也は思い知る。自分が作ったデスゲーム。吸血鬼は血を吸い眷属にすることができる。このバーコードはその吸血痕のよう。
眷属は吸血鬼の命令に背くことは許されない。
「この私だからね」
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