Week2 魔王様の仰せのままに。

甘やかな支配 ー2024/7/8 Mon 06:00

 目が覚める。妙に肌寒くていつもよりも鮮明に覚醒する。滑らかなシーツが気持ちいい。肌に直接触れるそれは自分の体温を吸い込み温まっていた。

 ……どこだ、ここ。

 昨日なにをしたんだっけ? 妙にそこだけが曇った霧のように思い出せない。なにをしたんだっけ、俺。


「あれ」

 肌寒い、自分がどんな格好で寝ていたのか。


「……ぇ」

 あらためて部屋を確認する。真っ白なシーツのダブルベッド。服は脱ぎ捨てられてソファにかけられている。

 混乱する頭をどうにか整理したい。

 見知らぬホテルで目を覚ます。去年のサークルの新歓で無理やり酒を飲まされ、先輩にお持ち帰りをされたあの時以来だった。

 その時も当然のように記憶はなく、翌日の先輩がニヤニヤと笑っていて、それがとても怖かったのだ。後から調べれば、学内でも悪質なことで有名な飲みサーというやつで、大和に『お前って世間知らずだよな』と飽きられた。大学って怖い。


 ――すぅ。

 寝息が聞こえて隣の膨らんだ布団をそうっとめくる。あ。えっと顔だけ。顔だけ捲れば……大丈夫なはず。そういう邪な感情じゃなくて、確認するだけだから!


「……なぁに、早いね?」

「え、あっ。はぃ」

「えっち。また見たかったの?」

「違う! 違うって、あの、誰かなって……」

 榊優奈だった。――ということは昨日のは。

「夢じゃない……」

「え?」

「あ、ちがっ、違くてその」


 うっわぁ。なに狼狽えてるんだ俺。自分も裸でベッドにいて、彼女もそうなら、十中八九、そういうことじゃん。だんだんと昨日の記憶が蘇ってくる。お酒は入っていなかった。理性が吹っ飛んだだけ。あぁ、死にたい。今すぐにでも死にたい。


「ごめん、あの。俺……痛いこと、してない、よね」

「してたらどうするの?」

「……………………まじか」

 まじか。――勢いに任せて? 俺が。


「か、か、か、かえる……」

「だーめ。昨日はおしゃべり出来なかったから今日しないと。誠也くん。すごーく必死でとっても可愛かったよ?」

「ははっ、えっと、そぅ」

「ちゃんとお話が終わるまで帰さないから、ね?」

「でも今日、俺、一限あるし……講義、必修」

「あー、あれね。じゃあそれまでにしよ? 私も講義出ないと学業成績が落ちちゃう」


 学業成績。高校生なら気にするのも分かるが、大学生でそこを気にする学生は珍しい。特待生の榊優奈ならでは、なのかもしれない。ぼうっとそんなことを考えていると榊は自分の鞄をゴソゴソと漁り、誠也の両手首を持ち上げた。

「それまで、ね? 誠也くんが逃げないように」

 ガチャリ、と金属が擦れる音。冷たいそれは両手首を拘束する。え? と誠也は榊を見る。榊がニヤリと笑うのを誠也は戸惑う視線で見ることしかできない。


「なに、これ」

「誠也くん。逃げちゃうから。お話しちゃんとしてね?」

 あれ。これはまずいんじゃない?

 昨日は男の腕力でねじ伏せた。誘ってきたのはそっちだと言い訳をして理性を飛ばし、自分がしたいように彼女をモノとして扱った。榊は下着をつけ服を着てサッと化粧をして準備をする。その間、誠也は手首を拘束され、裸のままその場に放置されていた。

 まずいのでは?

 まずい。どう考えてもまずい。


「榊さん、あの。俺はっ」

「待て。誠也くんは良い子だから出来るよね?」

 え。あぁ、はい。いや動けないし。待てと言われても。今の俺にはなにも出来ないんだって。

「ふふっ、かーわいい。ワンちゃんみたいにお利口さんに待っててね。誠也くん」

「あの、だから俺は!」


 無理やりヤったのは悪かったと。昨日のは夢だったと思ってたと、言い訳を脳内で駆け巡らせる。それでもこの仕打ちは酷すぎる。榊は化粧をする手をピタリと止めた。誠也はホッと肩を撫で下ろす。良かったこれで拘束を解いてくれる……しかし、誠也の甘い考えをピシャリと叩くように榊はこう言った。


「なに? ワンちゃんはご主人様の命令に従わなきゃダメでしょ? 誠也くんは良い子だからできるよね?」

 誠也は低い声と鋭い視線に怯む。その声色になんとなく逆らえる気がしなかった。どうしてか、彼女は俺を殺そうと思えば今すぐにでも殺すことができる。――そう思えてならなかったのだ。


「……わかり、まし、た」

「そ。良い子。じゃあもうちょっとね」

 うぅ。寒い。そして惨めだ。せめて毛布の中に入れば裸で放置されているこの身を慰めることができるのに。けれど榊はそれを許してはくれなかった。

 誠也はご主人様を待つ飼い犬のようにじっと主人を待った。ガチャガチャと手錠を引っ張ることもできただろうが、その度にバーコードが火にかけられたヤカンのように熱せられるように感じたのでやめた。


 そして十分が過ぎた頃。バッチリと化粧をした榊は裸で放置されている誠也に毛布を一枚掛け、こう切り出した。

「ねぇ、誠也くん。君は、一人だけを殺せばクリアできるゲームで、どうして六人を殺してしまえたの?」

 どうして。


「私、ずっと気になってたんだ。君はそんな人間だったかな? 昨日のえっちの時に豹変したように私を貪っていたのは、確かにそういう一面もあったんだなと思ったけれど」

 どうして。いや、そんなに気になることだろうか。口が自然と質問に答えようとする。誠也は自分が思ったよりも素直に答えようとすることに一瞬だけ戸惑い、その戸惑いを次の瞬間には忘れた。

「……あのデスゲームのルールは隠されたルールがあるだろう。俺はそれが俺の行動でしか破れないと、思ったから」

「へぇ、なんでそう思ったの?」


 幼い子どもに問いかけるように。誠也は自分が裸で尋問されているという恥をもう忘れている。

 榊の声色は優しく、先程自分に命令した時とは雰囲気も柔らかく落ち着いている。そのことに誠也はホッとしてその後を続けた。毛布をかけてもらい、危害を加えてこないだろうと安心したのもあるだろうが。


「殺した数が最下位だったなら、――殺される。そう思ったからだ」

「どうして?」

「……それは」

 バチバチッとバーコードが爆ぜるように熱かった。熱に浮かされぼんやりと脳が溶けていくようだ。

「だって、俺以外のあの場にいた人たちはみんな、一人しか殺してなかったから死んだんだろ」


「――へぇ。そっかぁ」

 榊は手錠を外した。毛布を俺の頭にかけ、慈しむように抱きしめる。甘い匂いがして頭がぼんやりとする。

 思考が混濁して脳回路が焼き切れるよう。

 後頭部をそっと撫でられ、その扱いはまるで自分が犬になってしまったかのようで。優しい優しい手首の動きは悪くはなかった。このまま微睡んで、講義なんてサボってしまえたら良いのに。


「誠也くん。私、君のこと気に入っちゃった」

「ん……」

「またこうしてもいい?」

「え、うん」

「ありがと。じゃあ。講義、行こっか」


 榊は誠也にの腕を引っ張り着せ替え人形に服を着せるように榊は誠也に服を着せていく。なんだこれ。頭がなにかグラグラと安定しない。呂律もなぜか回らない。一人で着替えられる、から。

 そんな世話をしなくても良い、から。

 意思はあるのに口が言うことを聞かない。


「……ぁ、ぅあ」

「はい、じゃあバンザイ。誠也くんバンザイして?」

 さすがにおかしい。さっきからそうだ。

「はい。誠也くん、ここのお会計、お願いね」

「うん」

「わぁ、ありがとー! じゃあ一人一万円だから、二万円。お財布から抜いても良い?」


 榊がニコッと笑うのを誠也はただ見つめることしかできない。口は彼女が望むセリフしか吐けず、それは見えない手錠と首輪で拘束されたかのように。

 なぜか逆らうことができないのだ。

 彼女が命令をするたびに首筋のバーコードが疼くのだった。

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