五話 「流されて根無し草」 ①

 夜 誠一宅




 誠一が帰宅をすると、何故か部屋の明かりがついていた。

 誠一の家は、彼がiウォッチで適当に造ったアパートの一室。

 アパートの形をしているものの、部屋はその一室しかない。

 他の使われていない建物のあった場所に、その建物を消してから造ったのだが、周囲にはまた別の使われていない建物が建ち並ぶ。

 なので、遠くからでも、誠一の部屋に明かりがついていることはすぐに気付くことが出来た。

 藤花は基本的に日が暮れるとすぐ寝てしまうので、明かりがついているのは珍しいことだった。

 彼は慎重に自分の部屋の扉を開ける。


「やあ、こんばんは」


 中では一人の男が勝手に椅子を用意して畳の上に置き、そこに座していた。

 誠一はその男に見覚えがあった。


「アンタは確か……地下銭闘同好会のオーナーの……」

「白河ミカド。久しぶり……でもないかな?」


 薄い琥珀色の長髪に、瑠璃色の瞳。

 狭い和室の中にはあまりにも似つかわしくない風貌だった。


「勝手に人ん家に上がり込んで……空き巣ですか?」

「ハハハ、いいじゃないか。それに……『空き巣』ではないだろう?」


 ミカドは押し入れの方に目を向ける。


「!? お前……藤花に何かしてないだろうな?」

「フフ、姿すら見せてもらえてないよ。私とは会いたくないみたいだね」

「……そうか」


 誠一は押し入れの方を見て安心したのか一息を吐いた。

 中からは女性の寝息が聞こえてくる。

 藤花はミカドが来たことにも気付いてないのか眠りこけていた。


「……で、何の用ですか?」

「いやぁ、頼みがあるんだよ」


 ミカドは椅子の背もたれに深く寄り掛かった。

 我が物顔でくつろぐ姿を見せつける。


「頼みぃ?」

「君のおかげで、我が同好会は閑古鳥だよ。奥宮の学生さんがいないと、試合がつまらなくてねぇ」

「俺の所為かよ……。あんな野蛮な遊び、無くなっちまった方がいいんじゃないですか?」


 誠一は露骨に態度を悪くし始める。


「それは困る。アレを生き甲斐にしている人間もいるんだ。君なら力になってあげられるんじゃないかな?」

「……俺にどうしろと?」


 ミカドは前屈みになって、右手と左手を膝の上に置いて繋ぎ合わせる。


「紹介してくれないかな? 銭闘をしてくれる、強いギフターを」

「……」

「君は優秀な人間だと信じている。一人でもいいんだ。華のあるギフターに試合をしてほしいんだよ」


 ミカドはさも当然であるかのように誠一に頼み込んでいた。

 誠一は呆れながらも首を横には振らない。


「……まあ、いたら紹介しますよ。いたらね。だから、とっとと出てってください」

「頼りにしているよ」


 ミカドはそう言って立ち上がる。

 誠一は彼がそのまま部屋を去っていく姿を見つめていた。

 部屋には一瞬にして静寂が広がる。

 何も知らない藤花の寝息だけが部屋の中で広がっていた。



 数日後 日向咲通ひなたざきどお




 ファースト民国の首都・天下原州は、国内で唯一道路整備が完全に成されている街。

 日向咲通りは比較的人の住む建物が多く立ち並ぶ。

 薔薇水通りは暴力が平然と行われているものの、日向咲通りはそれが少ない。

 誰も自分たちの家の近くで騒ぎ立てたくないからだ。

 しかし、この日は違った。



 バッッシャァァァァァァァ



 水。

 水。

 水。

 水が建物を覆い隠す。

 莫大な量の水が通りの建物をいくつも飲み込んでいく。

 水圧でコンクリートが跡形もなく破壊されていく。

 それはただの水ではない。

 水流は自我を持つように蠢き、踊り狂う。

 川の氾濫ではない。

 ダムの決壊でもない。

 その水は、ある一点から流れ出ていた。


 通りの一点に、一人の人間がいた。

 水はその人間から、まるで噴水の様に湧き出ていた。

 物理法則も何もない、あり得ないはずの光景。

 その人間がかざしている右手から――いや、僅かに右手から離れた位置から水は噴き出されていた。

 右手を動かすと、まるで鞭でも振るうかのように水流は動きを変える。

 水の動きは、完全に操作されていた。



 ドッゴォォォォォォォン



 もはや自然災害よりも酷い有様になっていた。

 建物はいくつも破壊され、中に人がいればタダでは済まされない。

 だが、水流は操作されている為、破壊には一定の法則があった。

 建物は水圧で破壊するものの、水分を分散させはしない。

 通りは水浸しになることもなく、浸水の影響もない、損壊被害しか出ていなかった。


「その辺にしておけよ!」


 声を放ったのはまた別の人間。

 梅印の銭闘員・桐谷創太だった。


「……」


 水を操るのは一人の少女。

 創太の声を聞いても、破壊活動を止める気配はない。


「無視かよ!」

「実力行使に出るしかないかな」


 創太と共に来ていたのは水乃。

 二人は基本的にいつも一緒に仕事をしていた。

 ただ、今回は仕事中ではなかった。

 たまたま道を歩いていたら、何やら暴れている女がいることに気付いたのだ。

 創太は自分のギフトである鞭を出現させる。

 水乃も同じようにして長棒を出現させて構えた。


「お前の所為で死人が出そうなんだよ! まあもう出てるかもしんねぇけど……いいから止めろよ! この水!」

「……」


 少女は一瞬創太の方を向いたが、プイッと首を横に振ってしまった。


「こいつぅー……」


 創太は怒って走り出す。


「この野郎! 俺の正義を受けてみろおおおお!」


 創太が自分に攻撃して来ようとしたことを理解した少女は、再び創太の方へ振り返って右手を創太の方に向ける。

 すると、一気に水流が創太へと、しなる様にして押し寄せる。


「うおおおおおお……うわあああああああ」


 勢いよく突進していた創太は、途端に水に飲み込まれて流される。


「創太!」


 少女はもう一人自分の敵がいることに気付き、排除を試みる。

 今度は右手を水乃の方へと向けて、水流をぶつけようとする。


「ぐっ……はぁぁぁ!」


 水流を受ける判断をした水乃は、長棒で何とか耐えようとする。

 長棒を回転させることによって水を辺りに弾き返そうとするも、向かって来る水流に終わりはない。

 このままでは限界が来てしまう。

 とても長棒一本で耐えきれる量ではなかった。

 と、その時――。


「隙ありー!」


 流されて吹っ飛ばされたはずの創太が、早くも体勢を立て直して少女の背後を取っていた。


「……!」


 少女は驚きつつも、左手を瞬時に創太に向ける。

 すると、左手からも右手と同じ様に水流が飛び出す。

 再び創太は流された。


「ぶ……うわああああ」

「きゃあああああああ」


 同じタイミングで、水乃もとうとう水圧に負けてしまう。

 二人はあまりの衝撃で吹き飛ばされた位置で倒れこんでしまった。

 少女は全て終わったかと見るや手を下ろし、水流を消し去った。


「……つまらない。物を壊せばもっと楽しいと思った。なのに……そうでもない。人を吹き飛ばしても面白くない。……人を殺せば面白いのかな? 貴方達はどう思う?」


 創太は仰向けに倒れこみながらも、頭だけを動かして反応する。


「あ……ああ!? 殺人は悪い奴のすることだ! お前も悪い奴になるのなら……俺の正義が黙っちゃいないぞ! ぐ……うぐぅ……」


 創太は回復が速い。

 多少のダメージは受けたが、立ち上がるまであともう少しのところまで来ていた。


「あのね、私趣味が無いの。殺人を趣味にしようかなって考えてるんだけど……貴方達銭闘員には怒られるのかな?」

「駄目に決まってんだろ!」


 至極真っ当に怒りを向ける創太だったが、彼女は聞き入れる素振りを見せない。


「ま、待って、創太」


 うつ伏せになって倒れながら、水乃は声を振り絞った。

 創太はもう上半身を起こしている。


「コイツは……もしかしたら『水斬り』かもしれない……」

「何ィ!?」

「……」

 

 少女は反応しない。


「水を操るギフト……それにこの強さ、ただものじゃない。私たちの手に負える相手じゃないかもしれない……」

「そ、そんな……」


 もう回復しきっていた創太は、水乃の言葉で士気をそがれた。


「……私のこと、殺さないでね? 私、人を殺してみたいだけだから」


 無茶苦茶な言い方をしながら少女はその場を去る。

 その頃にはもう完全に創太は銭闘を再開できるようになっていたのだが、彼が彼女を追うことは無かった。


「……水乃、『水斬り』っていうのはそんなに強いのか?」

「というより、『暗星』が脅威なの。なにせ、月光連邦のスパイだからね」

「俺より強いの?」

「多分……そうじゃないかなぁ……」


 創太に尋ねられると水乃も不安になった。

 自分はまだ立ち上がれないというのに、創太は既に平常通りだった。

 もしかしたら、あのまま闘っていたら創太の方に勝機があったかもしれない。

 しかし、つい最近ギフトも持っていない人間に負けたという話を聞いて、創太の今の実力を見誤ったのではないかと考えてしまう。

 とはいえ、もう少女は去った後。

 彼女が次に誰かを殺そうとしてしまったとしても、全ては後の祭りでしかなくなった。



 康太宅




 誠一とレインは康太の家に邪魔していた。

 『水斬り』を探すため、彼らは情報を集めていた。

 部屋の中央にある机を囲いながら、それぞれの結果報告を始める。


「どうだ? 何か情報掴めたか?」

「全くです!」

「レイン……役に立たないなオイ……。康太は?」


 誠一に振られると、康太は紙の地図を机の上に広げた。


「『水斬り』は月光連邦から来ている。ということは、国境を越えてきているということ……。そこからギフターの目撃情報を洗ったんだ。……それで……そこから情報を得られたギフターの現在の動向を調べて……住まいを特定したんだ。この地図の、印のつけた場所がそうなんだけど……」


 あまり期待していなかった誠一は驚きを見せる。

 地図には確かにいくつか印がつけられていた。

 康太は誠一に言われた通り『水斬り』の捜査を独自に進めていたのだ。


「……えっとぉ……」

「や、やっぱり無駄だよね……こんなに調べても……。何の意味も――」

「いやすげぇよ! 康太ってこんな特技があったんだな!」


 康太は無邪気な顔で褒めてくる誠一に思わず後ずさる。

 ほんの少し表情ははにかんでいた。


「い、いや……昔から……スパイが来たりとかテロとか起きたりした時のこと考えてたから……怪しいギフターの情報は一揃い初めから持ってて……」

「マジかよ!」

「でも……大半は何の意味も無くて……全部僕の考えすぎなだけで……」

「へぇ……考えすぎも悪くないってことだな」


 誠一はレインにも同意を求める。


「そうですねー」

「で、でも……『水斬り』がこのどこかにいるとは限らないし……それに、人知れず国境を超える手段もあるんだ。裏社会の窓口があって……一応そっちも調べるつもりではあったんだけど……意味ない……かな?」

「な、何でそんなモノがあるの知ってんだ?」

「いや……僕がこの国にいられなくなったら使うかと思って……」

「心配性も度を越えると才能ってわけかぁ……」


 誠一は感心していた。

 康太は物事をよくない方に考える能力に特化しすぎていたため、誰よりも日常的に非常時の対策を練っていた。


「康太! お前の調べた奴一通り当たってみよう! 俺達で『水斬り』を捕まえようぜ!」

「……僕たちで……」

「頑張りましょう!」


 誠一とレインは声を張り上げる。

 康太の目には、僅かながら輝きが灯り始めていた……気がした。



 日向咲通り 




 誠一達は住宅街のある日向咲通りに来ていた。

三人は広い通りの中、一部壊滅的に破壊されている建物があることに気付く。

 その建物らを、iウォッチを使って修復している人物がいた。


「あれ? 創太じゃないか」


 誠一が声を掛けると、創太は体をビクつかせてゆっくりと誠一の方に振り向いた。


「げ! せ、誠一さん……」


 創太は傍にいた水乃の背後に逃げ隠れた。

 水乃はそのことからも彼が相当誠一を恐れているのだと理解した。


「えっと……君は?」

「桐谷水乃。創太とは従姉の関係です。階級は貴方と同じ無印だから……よろしくね、藤沢誠一君」


 わざわざ名前を言ったのは、自分が創太と誠一の間にあった一件を知っていると伝えるためだ。

 水乃は誠一より少し上の年齢。

 表情も態度も、声の大きな創太とは対照的に落ち着き払っていた。


「へぇー、よろしく。というか、ここ一体何があったんだ? 滅茶苦茶じゃねぇか」


 自分と年が近いと感じたのか、誠一は砕けた話し方で水乃に尋ねる。


「……『水斬り』……だと思う」

「え!?」


 誠一達は皆驚きを隠せない。

 自分たちの追っていた相手の情報が、意外な形で手に入った。


「『水斬り』って……あの『水斬り』!? 一体何でこんなことを……?」

「わからない……誰かを殺すつもりでいるようだったけど……」

「こ、殺すって……何で野放しにしてるんだよ! 銭闘員だろ?」

「……いや、私は勝てない勝負はしない主義だから」

「え、えぇ……」


 銭闘員は慈善事業ではない。

 あくまで皆趣味の一環としてその仕事を行っているだけに過ぎない。

 誠一は水乃の背中に隠れる創太にも問う。


「お前も?」

「だ、だって……」

「正義の味方じゃなかったのか?」

「いや、だって……」

「……」

「ヒィッ」


 誠一はじっと創太を見つめる。

 創太にはそれが睨んでいるように見えたのか、怯えて水乃の背中に頭を預ける。


「あまりこの子を苛めないで。『水斬り』は危険かもしれないって、私が判断したことだから」

「いや、苛めてるわけではないんだけど……。とにかく……それで、『水斬り』はどこに行ったんだ?」

「? 知ってどうするの?」

「捕まえる」

「はい? 貴方が? 『水斬り』を?」

「いや、この二人にも協力してもらうよ」


 誠一はレインと康太の方に目を向ける。


「……先輩、私たち、まだどうやって『水斬り』を捕まえるつもりなのか聞いてないんですけど」

「まだ考えてないからな。今から考えよう。取り敢えず……なあ、『水斬り』がどんなギフトを使うのか教えてもらえないか? やっぱり『水』か?」


 淡々と水乃に尋ねる。

 水乃は、彼が冗談を言っているわけではないと知り、冷ややかな目を向ける。


「命が惜しくないの? 貴方が殺されるかもしれないのに」

「何だよ、どうせ誰かが殺されるかもしれないのに見逃したんだろ?」

「知ってる人が死ぬのは嫌だし……」

「……勝手だな。いいから教えろよ」

「……わかった」


 誠一に呆れられるような目を向けられて、渋々水乃は了解した。

 そして、誠一達は彼女から、『水斬り』と思われる少女の持っているギフトについてと、彼女が向かった方向を伝えてもらった。

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