四話 「どうせ全ては水の泡」 ②
狭間康太宅
誠一は太陽機関本部を後にすると、レインを連れてそのまま最後の不登校生・狭間康太の下に向かった。
彼を登校させられれば担任から受けた任務は完遂する。
誠一は、『クラスの代表』としての『実績』が欲しかった。
生徒会長になるにあたって、こうした実績が必要だと彼は考えていたのだ。
もっとも、対抗馬は他にいないので、生徒会長になることはすでに確定事項ではあったのだが、彼本人の矜持としてそれを求めていた。
「元気か?」
誠一とレインは康太の家に上がり、iウォッチで部屋にソファを出して対面して座っていた。
向かいの康太は相変わらず陰気な雰囲気を漂わせている。
「……うん。インフィニティがあれば、体力なんて無限に回復できる。元気でない日なんてあるわけがないよ……」
「そ、そうか……」
低く小さい声で話す康太に誠一は思わず苦笑を見せる。
ただ、前に来た時とは違い、今回はレインがいる。
誠一としては、女性がいればどんな男でも多少は気分が上がるものだと考えていたので、説得に自信を持っていた。
「学校行く気ないか?」
「……行っても行かなくても同じだよ……」
「そう言わずにさ! なあ、レインも来てほしいよな?」
話を振られたレインは慌てて反応する。
「そ、そうですよ! 楽しいですよ、きっと!」
「……」
だが、康太の顔は晴れない。
残念だが、女性がいようといまいと彼に変化はなかった。
「……楽しいと……何なのかな?」
「え?」
「楽しいと価値があるの? 僕にはそれがわからない……。こんな世界で……僕は『生きる意味』も、『死ぬ意味』もわからない。何もわからないんだ。藤沢君は……わかるの?」
「……俺だってわからないよ。でも、それでも生きるんだ。何かがわかると信じてさ……」
誠一は康太に話を合わせる。
誠一は、康太は自分と価値観の似ている人間だと思っていた。
その理由は、誠一がこの世界に退屈していたからだ。
普段自分の部屋の押し入れに住んでいる巣食藤花も同様だ。
彼にとって感情移入できる相手は限られる。
彼が康太に対して理解を示すのは、康太に共感をしているからに他ならない。
誠一と康太でただ一つ違うのは、考えすぎてしまう時間が康太の方が長かったということだけだろう。
誠一は悩むよりも前に行動していた。
周囲の影響を受けて、行動せざるを得なかったのだ。
「何かがわかると……何の価値があるのかな……」
「……康太……」
「わからない……何もわからないんだ……」
康太は頭を抱えてしまった。
衣食住だけではない、全てが手に入るこの世界にいて、虚無感に駆られて絶望してしまう者は少なくはない。
康太は心を病んでしまっていた。
「ぐあああああああああ!」
誠一は突然叫んで立ち上がった。
傍にいた二人は思わずビクッと体を震わせる。
「な、何ですかいきなり」
レインの声は無視して康太に目を向ける。
「康太! 外出るぞ!」
「え、いや、だから――」
「うるせぇ! 来い!」
誠一は康太を引っ張り出す。
無理やりだが、康太に頭を悩ませないための荒療治だった。
家を出て、そのまま学校へと向かって行く。
康太からの抵抗が少なかったのは、彼が心の底から『どうでもいい』と考えていたからか、或いは助けを求めていたからか。
その答えは誰にもわからなかった。
*
同刻 太陽機関 本部
誠一が本部を出て行った後、入れ替わる様に、桐谷創太は本部の伸次郎の下にやって来た。
一人ではなく、彼は一人の女性を連れていた。
創太より身長は高く、年も上。
非常に落ち着いた立ち振る舞いの女性だった。
二人は伸次郎と挨拶をする。
「田坂のオッサン、おはよー」
「ああ、おはよう。創太に
「おはようございます」
水乃と呼ばれた女性は丁寧に会釈する。
二人とも、上半身裸の伸次郎には全く反応しない。
「今日早くね? 何かあったの?」
創太は頭の後ろに両手を付けながら尋ねた。
「誠一に色々と説明してたんだよ」
「げ……そ、そっか……誠一さんね……」
創太は誠一に畏怖を感じ、その場にいないにもかかわらず『さん』付けしてしまっていた。
「ああ、例の人?」
水乃の問いに対して伸次郎はコクリと頷く。
あまり誠一の話をしたくなさそうな創太の姿を見て、伸次郎は話題を逸らすことにする。
「それより、二人ともあの噂聞いたか?」
「あの噂?」
「月光連邦からスパイが潜り込んできているって噂だよ。銭闘員は気を付けるようにって話だ」
「スパイ? すると……例の『
伸次郎は頷く。
だが、その場にいた創太はあまり話が理解出来ていなかった。
なので、伸次郎は説明する様に話を続けた。
「『暗星』はギフターのスパイ……。連中はファースト民国の脅威を探るために至る場所に潜入してきているらしい」
「つまり……悪い奴ってことだな! 許せねぇ! 俺の正義を見せつけねぇといけねぇな……」
創太は話を理解したのか勝手な解釈をしただけなのかはわからないが闘志を燃やした。
「特徴とかがわかれば……警戒出来るんですけどね……」
「ああ、それなんだが、どうやら『
「……成程」
水乃は眉をひそめながら思案する。
――スパイにしては知られ過ぎでは……?
*
奥宮学園 二年教室
奥宮学園には三つのクラスしかない。
そして、それは学年一つに対して一つのクラス。
二年生は四十人。
一つの教室に収まる人数だ。
学園の敷地面積はかなりの広さを誇っているのにもかかわらず、その生徒人数は百人を少し超える程度のものだった。
誠一は康太を連れて二年教室にやって来ていた。
この日は休日の為、教室には誰もいなかった。
「あの……藤沢君……」
康太は何故自分がここに連れてこられたのかわからなかった。
「ここがお前の席な」
誠一は四列目の一番後ろの席の机に手を置いた。
「……だから……僕は……」
「いいから! 明日から来いよ! どうせ同じことなんだろ? どっちが面倒だかくらいわかるだろ? 学校に来ようが来なかろうが、『そこに何の価値があるのかわからない』ってんなら、楽な方を選べよ! もし来ないってんなら、俺はこれからも毎日お前の家に行って説得しに行くぜ? 鬱陶しいくらい口うるさくしてな。でも、明日から学校に通うだけで俺はこれ以上お前に何も言わなくなる。学校に来て、授業受けて、帰るだけだ! 楽だろ? 違うか?」
「それは……」
康太は考えようとするが、結論はいつもと変わらない。
「わからない……」
「なら! 俺の言う通りにしろよ。あんまり難しいこと考えんなって。みんな思考停止して生きてんだからさ、それが一番人間らしい生き方なんだよ」
誠一は康太の左肩を掴む。
康太は、頷きはしなかった。
その表情はずっと暗いままだった。
「あー! 藤沢君じゃない! 何してるのよ?」
その時、教室に入ってくる人物が一人。
「川崎!? 何でお前が……」
「あ、この前の……」
ここまでずっと黙って立ち尽くしていたレインが初めて口を開く。
「あら? 私もここの生徒なのだけど? そんなにおかしい?」
「いや、だって、今日休みだろ?」
「部活よ、知らないの? 水泳部」
「あ、ああ。……いつの間に入ってたんだ……」
奥宮学園にも部活動はある。
ただ、あまりにも自由度が高いため、生徒が勝手に行っているだけで、教員は関わっていないものがほとんどである。
星華は趣味が遊泳だったので、そのまま部活も水泳部を選んだのだ。
「……貴方は……初めましてね。私は川崎星華、よろしくね」
「狭間康太……です」
「何で敬語?」
星華は人見知りをしない性格だった。
フランクに挨拶を済ませると、彼女は自分の席に掛けてあった袋を取り出した。
「それは?」
「着替えよ。見たい?」
「うん!」
「冗談よ……」
元気よく返事をする誠一に、星華は呆れて溜息を漏らす。
「先輩は変態ですねー」
「そういうノリだって」
半目で揶揄ってくるレインには誠一も真顔で返した。
星華はそのまま教室を去ろうとしたが、扉の前まで来て立ち止る。
「……ところで、貴方達も気を付けなさいよ」
「? 何を?」
「知らない? 『水斬り』の噂」
「何だよそれ」
「
「月光連邦……」
誠一はレインの方を向く。
彼から説明を促されていると感じ取ったレインは、やれやれと首を振りながらそれに答えた。
「月光連邦は隣国ですよ。先輩ホントに世間知らずですよね。ファースト民国からすれば、唯一無二の敵国なのに……」
「敵国……か」
誠一は『敵国』という言葉にどこか違和感を持つも、この場で口に出すことは無かった。
「……民族浄化だ……」
突然、俯いたままの康太が口を開く。
「え? 何だって?」
「ファースト民国と月光連邦は……それぞれ無数の民族を滅ぼして、今の巨大な国を作り上げた……。そうして残ったのはお互いだけ……。だから……ファースト民国は月光連邦を……月光連邦はファースト民国を……民族浄化するつもりなんだ……」
康太は体を震わせながら言う。
誠一はレインに尋ねる。
「そうなのか?」
「え? いや……私は知らないですけど……」
「きっとそうなんだ! 僕みたいな何の力もない人間は……何の意味もなく……何もなすことなく……死ぬんだ……。そう決まってる……!」
康太は初めて声を大きくした。
実は、彼はあまりに社会と関わりを断っていたため、ネガティブ思考が高まって陰謀論者になっていた。
「康太? な、何を根拠に……」
「『水斬り』は斥候なんだよ……。ファースト民国の武力は太陽機関そのもの。月光連邦はその戦力を探り、いずれ仕掛ける戦争の準備をしているんだよ……」
「だ、だからさ、根拠は――」
「……それ以外にスパイを送り込む意味なんてないでしょ? こんな世界で……国同士が争う意味なんて一つしかない……『世界征服』だよ! 逆に、その目的以外に対立する理由はないでしょ?」
「それは……」
誠一が先程違和感を持った理由はここだった。
衣食住はインフィニティで事足りる。
人と人が争う理由は、『物』で満たすことの出来ない欲求を満たすためだ。
それは生理的な欲求であったり、感性的な欲求であったり、認知的な欲求であったり。
そして、支配欲もその一つ。
康太の言う通り、国同士で争う理由があるとすれば、それはもう『侵略目的』以外にあり得なかった。
「……やっぱり……どうせ争いに巻き込まれて、苦しみの中で死ぬなら……僕はもう、今すぐ死んだほうが楽なのかもしれない……」
「な! そ、そんなこと言うなよ!」
康太はネガティブな思考に陥りすぎて、物事を良くない方向に考えてしまうことが多くなってしまっていた。
誠一は何とかして康太をポジティブにする方法を考える。
「……そうだ! だったら、直接目的を聞いてみればいい」
「……え? どういう……」
「『水斬り』だよ。そいつをとっ捕まえて、目的を聞くんだ。もしかしたら、別の目的でこの国に来たのかもしれない。それにもしかしたら、戦争が起きる前に、止める方法が見つかるかもしれない。何事も動いてみりゃあいいんだよ。……俺は動くぜ。だから……お前も俺に協力してくれよ」
「藤沢君……」
康太は誠一の圧力に呑みこまれつつあった。
ネガティブになっている彼にとって、行動力の高い誠一は、恐らく最も必要不可欠な存在だった。
「何だかよく知らないけれど、頑張れー」
星華はそれだけ言って教室を立ち去った。
傍で聞いているだけだったレインは、自分が協力することになるのがもはや当たり前のように感じていた。
彼女は何も言われずとも、誠一と共に『水斬り』を捕まえる決意を固めているのだ。
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