第3話 いつもの笑顔

「オホンッ! えー、この辺りには戦国大名の一人、丸川の埋蔵金が眠っているとされ──」


 今は、チラッ


 10時20分

 まだ20分。

 体感だと倍は経ってると思ったんだけど。


 はあー、退屈。

 いつもそうだけど、どうして授業ってこんなに暇なんだろう。

 辛うじて理科とか楽しい時があるくらい。

 宇宙とか海洋生物とか、そういうのが面白い。


 それ以外は……うん、早く帰りたい。


 他の子は寝てるか、ノートと睨めっこして絵でも描いてる。

 こっそり密通してる人もいる。

 先生も気づいてるっぽいけど、特に注意したりはしない。


 これが私立の授業風景。

 なるほど、所詮はこの程度か。

 どうやら私立と言っても、公立とそんなに変わらないようだ。


 これは、義務教育の敗北?

 僕ってここにいる意味あるのかな? ってふと思うことが多々ある。

 ならいっそ本当に帰ってみる? 不良デビュー?


 あっ、鳥だ。

 小さな鳥が二羽いる。

 サイズからしてまだ小鳥かな?

 木の上で身体をすり合わせてチュンチュンしてる。


 あっ、飛んでいった。

 もう一羽も追うようにしてどこかへ行った。

 ひょっとして僕が見てるのに気付いた?

 別に僕のことなんて気にしなくてもいいのに。


 そう、僕は今、窓を見てる。

 授業中に頬杖をついて窓の外を目を向けている。

 二階からの絶景を楽しんでいるんだ。


 窓際族の特権。

 別に大丈夫。

 だってこれは、ノートさえ取ってれば何でもいい、そういう授業だから。


 ……でも、実は違ったりする。

 窓を見てるっていうのはほんの建前で、本当は窓に映る隣人を、篠宮さんを見てたりする。

 

 ①まずは授業が始まる前に、机をちょっと後ろの方にズラす。

 ②すると、僕の邪魔な顔と重ならなくなるから、篠宮さんの横顔が少し見えるように。

 ③あとは……うん。


 まあ、所詮は窓に映る反射だから、わずかにしか見えないんだけど。

 あんまりチラチラ見過ぎると、気持ち悪い人になっちゃうから。

 代わりにこうやって窓に映る篠宮さんをって。


 ……何も言わないで。

 分かってるから。

 だってこうでもしないと、首が勝手に、無意識に篠宮さんの方に向いちゃうんだ。


 油断は禁物だ。


「オホンッ! したがってこの近辺の海域には、古代の秘宝が多く眠っていると推測されて──」


 篠宮さんの横顔、授業に集中してる顔だ。

 黒板とノートを交互に見て、ペンをカタカタ動かして、なんだか優等生って感じで様になってる。

 ちょっと机と顔が違い気もするけど、それ以外はいつもの篠宮さんだ。


 そう言えば、まだ黒板に文字はそんなに書かれてない。

 先生がいつもに増して豆知識披露に夢中になってるから。


 なら一体何を書き込んでいるんだろう?

 もしかして篠宮さんって黒板だけじゃなくて、先生の言ってることまでノートにぎっしり書くタイプだったりする?


 しばらくの間そうしてたんだけど……


 あっ、篠宮さんが僕の方を。

 いや違う。

 これは僕と同じで窓の景色を見てる?

 

 よく言われる”視線を感じる”って実際にあるのかな?

 なんか見られてる、気がする。

 どうしよう、一ミリも動けない。


 もしかして本当に僕のことを見てる?

 外を見てる僕が面白かったりする?


 それに、窓を通して目が合ってるような。

 心なしか微笑んでるような……


 どこか暖かい視線、これはちょっと……


 あっ、そらされた。

 僕が篠宮さんの方を向こうとしたら、すぐ前に向き直された……


「オホンッ! えーちなみに、この辺りにはかのエジプト王、スタンカーメルの眠る墓碑があり、その圧倒的プラネット・Pで立ち入る者を呪い殺すと──」


 なに今の?

 えっ……?







 ──授業が終わって、休み時間。

 

 篠宮さんは今、友達のところに行って話してる。

 なんだか盛り上がってる。


 一方の僕と言えば、一人寂しく本を読んでる。

 もう何度読んだか分からない、ホラー小説。

 正直あまり話のラインナップは良くない。微妙。


 授業の間にある休み時間。


 この長い10分をいかにして乗り切るか、それが重要。

 トイレは前の時間に行ったから、その手はもう使えない。

 だからこうやって、本を見ながら時間を潰してるんだ。 


 他にはこっそり明日の課題をやったり、鞄や机の中を掃除したりしてる。

 ちなみに次の10分休みは机に突っ伏す予定だから、よろしく。


 それにしても、


 チラッ


 篠宮さん、楽しそう。

 机から顔だけをひょっこり出して、友達と話すのに夢中になってる。

 意外と天然な子?

 そういう年相応の、子どもらしい一面もあるのか。

 

 当たり前だけど、笑ってる。

 友達と話してる時の篠宮さんって、大体が笑ってる印象。

 いつも明るくて、裏とか一切なさそうな、心から楽しそうにしてる。

 

 なんだろう、人懐っこいって言うか。

 こういう子が友だちだったら、きっと安心できるんだろうな。

 

 それにしても、はあ、僕以外の人と……

 って、うわ……ダメだダメだ。

 また加速してた。


 改めて思うけど僕って結構重症だ。

 何を考えてるんだろう。

 これは酷い。

 以後気を付けるとする。


 休憩時間が終わった。

 どうやら今回も乗り切れたようだ。

 篠宮さんが友だちとバイバイして、自分の席に戻ってくる。


「あっ!」


 机に手をついた衝撃で、篠宮さんの消しゴムが僕のところに。


 拾おう。


 しまった。

 篠宮さんも拾おうとしてたか。

 思わず手が当たっちゃった。


「ご、ごめん……あっ」


 目の前に、篠宮さんが。


 め、目が合って……

 変な姿勢のまま、放せない。

 ど、どうしよう……


 それに篠宮さんの、顔もそうだけど、綺麗な瞳。

 僕を吸い込む、ブラックホール?


 こんなに近くだと、僕が、


「ご、ごめんね」


 手をサッと引かれた。

 ごめんは僕の方だ。


「……僕が取る」


 こっちの方が微妙に近いし。


「はい、これ」

「ありがとう。冬木くん」

「ごめん、余計だったよね。今の」

「ううん、そんなことない」


 今、ちょっと距離が近かったな。

 ほっぺが当たりそうなくらい。


 篠宮さんと目が合って、時間が一瞬止まったみたいで……

 はあ、事故だったとはいえドキドキする。


 それに、この感触。

 初めて触れた。篠宮さんに。


 篠宮さんはどうなんだろう?

 今ので僕の傷、見えちゃったかな。

 何とも思ってない?

 やっぱり僕の気にしすぎ──


「冬木くん」


 ん?


「ありがとね」

 

 僕に向けられた、いつもの笑顔。


 でも篠宮さんの頬、ちょっと赤いような……


「い、いいよ別に、これくらい……」



 なんか僕の時だけ違う気が……

 僕がそう思いたいだけの、補正?

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