第2話 このままでいい

 ──今から7年くらい前、僕がまだ小学一年生だった頃。


 当時の僕には、気になる子がいたんだ。

 そう、それが僕の初恋。

 まあ、違う学校の子だったから年や名前、好きな食べ物も何一つ知らなかったんだけど。


 放課後の公園でよく見かける女の子。

 あの頃はたしか、まだ眼鏡は掛けてなかった。

 でも笑顔が印象的で、どこかふんわりとした感じのちょっと変わった子。


 気づいたらいつも目で追ってた。

 まともに話したこともなかったのに好きになるなんて、僕ってホントに単純。


 たまに一緒に遊んだりしてた。

 砂遊び、鬼ごっこ、戦隊ヒーロー、当時流行ってたゾンビ、etc。

 とにかく日によって色々だった。

 

 あの頃の僕って自分で言うのはアレだけど、結構明るい子だった。

 いつも元気に公園を走り回っていた思い出。

 友達もいたし、そうじゃない子とも平気で遊んでた。

 いま考えるとちょっと怖い。

 

 でも時の流れってのはどうも残酷みたい。

 だって7年後にはこんな有り様だ。

 ホント、今の根暗な僕とは大違い、完全に別キャラ。


 ごめん、ちょっと懐古。


 で、その子のことなんだけど。

 他の子たちも一緒だったから、残念ながらお話したりとかは特になかった。


 そもそも何を話せばいいのか分からなかったし。

 一緒に遊んでるってだけで十分楽しかったから、お付き合いしたいとかそういう発想は全然なかった。

 小一なんてそんなモノだよね?

 

 とりあえず、早く放課後にならないかなって、いつもそう思ってた。

 学校が終わると、急いで家にランドセルを置いて公園へ。

 それで、あの子を見つけて……


 うん、僕の青春はそれくらい。

 

 そんなある日のこと。


 その子が上級生三人に絡まれてた。

 たしか相手は四年生だったかな?

 学校でも悪いヤツらで有名で、彼らに難癖をつけられてどこかに連れて行かれてようとしてたんだ。


 当り前だけど嫌がってたよ。

 あの子の様子は今でもハッキリ覚えてる。

 大事なおもちゃを壊されてすごい泣いていた。


 たまたま居合わせた僕はとっさに助けに入って、とにかく無我夢中だった。

 当時の僕は良く間に入ったなって、今でも思う。


 何も考えてなかっただけだ。

 威勢よく助けに入るまでは良かったんだけど、上級生を前にした瞬間、身体が震えてすごく後悔した。


 当然上級生に敵うはずもなく、ボコボコ。

 圧倒的年齢差を前に成すすべがなくて。

 喧嘩は苦手だし、三対一だし、どう考えても負けイベントだ。


 それで、あの中にちょっとサイコパスな子が紛れてたらしくてさ、それで、グサッて。

 目をやられた。

 うん、僕がいま前髪で隠してる右の方。

 最悪失明はしなかったんだけど、跡が一生残るそう。


 それからは、あまり覚えてない。

 一週間くらい入院して、退院した頃には全部終わってた。


 学校には行かなくなってた。

 この目を見られたくないってこともあったけど、行くのが怖かったんだ。

 小一でまさかの不登だ。

 

 それが原因ってワケじゃないけど、ううん、少なからずあったんだと思う。

 両親の都合で元々引っ越すことになっていたんだ。


 みんなに別れを言う間もなく、遠いところに引っ越して、違う学校で過ごして……


 色々あって7年。

 最近になって両親の都合でまた戻ってきた。

 とりあえずここの公立はヤバいんじゃないかってことで、私立の中学校に編入することに。


 僕的にもその方が良かった。

 昔の友達……と言ってもたった半年の間だったけど。

 彼らに今の情けない自分を見られたくなかったから。


 二学期のスタート。

 新しい教室に入って、自己紹介の時間。

 クラスのみんなに見られて緊張したな。


 それでふと、後ろの方に目をやったんだけど……


 そこにあの子がいた。

 一目で分かった。


 密かに期待はしていた。

 あの子が転校先の学校にいるんじゃないかって。


 でもまさか本当に同じ中学で、しかも同じクラスになるなんて。


 あの子と目があって、言葉を失って、教壇の前でしばらく固まってた。

 絶対にみんなに変な人だと思われた。

 そう、僕の自己紹介はあえなく失敗したんだ。


 しかも隣の席だって。

 空いてる席がそこしかなかったら、すぐに察しはついたんだけど、もうこれ以上ないってくらい偶然。

 神様ってホントにいたんだって、もう信じるしかない。

 

 内心舞い上がってて、それと緊張もすごくて、自分でもよく分からない状態になってた。

 

 それで、さっそくあの子の方から話しかけてきたんだ。

 篠宮さんって言うんだって。

 ずっと気になってた、あの子の名前……


 つい10日前の出来事だけど、あの時の胸の高揚を、僕はずっと忘れない。

 ごめん、僕って気持ち悪い。


 篠宮さん、たぶんあの時の僕だって気づいてない。

 無理もない。

 あの頃とは雰囲気がまるで別人だし、傷だって前髪で隠してる。

 ただの根暗の拗らせた中学生にしか見えてない。事実そうだし。


 僕に絡んでくるのだって、クラスに馴染めない僕を哀れんでやってることで、僕のことなんて何とも思っちゃいない。


 篠宮さんは良い人だから。

 普通なら勘違いして先走っちゃうところだけど、僕はそこら辺とは歴が違う。

 最低でもそれくらいは弁えてる。


 だけど、これでいいのかもしれない。

 下手に打ち明けても、篠宮さんの足枷になるだけだから。


 だってそうだ。

 「7年前の、実はあれ僕で~す」なんていきなり言われても、相手はただ困惑するだけ。

 過ぎたことを持ち出すなんて、完全に嫌なヤツ。

 

 この目のことだって、もう気にしてない。

 そもそもこれは篠宮さんが悪いワケじゃないんだし。

 僕が勝手にやって勝手になったこと。


 それに今のこんな僕じゃ、篠宮さんとは……

 だからこれでいい。

 むしろ今の僕には幸せ過ぎるくらい、感謝しないと。


 今で十分。

 だって本来なら、7年前のあの時に全部終わってたから。

 今こうして篠宮さんとお話することなんて、なかったんだから。


 だから、気にしないで。


「それでね~……って、冬木くん? どうしたのかな?」

「あっ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「ふ〜ん」

 

 あっ、ちょっとジト目。


「え、えーっと、松原家の怪奇だっけ? うん、すごく怖かったよ」

「違うよ、まだマジカルマリコの話。っていうか私、ホラーは苦手だって前に言ったよね?」

「そうだった?」

「そうだよ。ほら、やっぱり聞いてなかった。もう~、しっかりしてよ冬木くん」

「ごめん、気を付けるよ」

「うむ、素直でよろしい。じゃあまた初めからだね。フフッ」



 篠宮さん、やっぱりずるい。

 それ……

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