最大最後の戦い⑵

 聞くのは恥ずかしいが仕方ない。


『陽葵、トイレあとどれくらい我慢できる?』


『うーんと、あと5分くらい』


 これは5分間は大丈夫という意味ではないと思う。思い切り我慢すれば5分くらいは我慢できるかもしれないという意味だ。陽葵の事だから、きっと。

 なら仕方ない。いちかばちかの作戦でもやるしかない。


『わかった、陽葵。モールドラゴンを倒そう。音をたてればこっちへやって来るんだろう。なら俺達と奴の間、ファイアボールががぎりぎり届くくらいの場所に酸素を充満させて』


『そうする。それじゃ陽翔はあのちょっと高い木の右側、20m位までの空気を御願い。私は左側の空気を酸素だけにするから』


『わかった』


 成分調節魔法、空気中から酸素だけをあの範囲に入れて、他の成分は外へ。他の成分を外にやるとその分別の空気が入ってくる。そこから酸素以外をまた範囲外に出す。その繰り返しだ。

 

 モールドラゴンの動きが止まった。気付かれたのだろうか。


『空気を選り分けている時に起こる風の音に反応したんだと思う。でもちょうどいいかも』


 モールドラゴンが再び動き始めた。木々をなぎ倒し、今まで以上の速さで進み始める。


『ファイアボールを放つのは陽翔に任せるから。私だと命中しそうな気がしないし。

 私は全力で酸素濃度を維持するから、思い切りやって』


『わかった』


 どれくらいでファイアボールを放てばいいだろう。進んでいる速さと目測でおおよその見当をつける。


 待ち構えているとずいぶんとモールドラゴンの進みが遅く感じる。早くファイアボールを撃ってとどめをさしたい。しかしなかなか範囲内に入らない。


 もう少しだ、もう少し、そう、今だ!

 モールドラゴンが範囲内ぎりぎり入った瞬間、俺は成分調節魔法を止めて、ファイアボール魔法を起動した。


 連続でファイアボール魔法を2発起動。そしてすぐ成分調節魔法を起動し直す。風やモールドラゴンの動きで折角わけた空気の成分が少し混じってしまったかもしれない。大丈夫だろうか。


 ファイアボールが突如激しい光を放った。次の瞬間、モールドラゴンがいる一帯に巨大なオレンジ色の火柱が立つ。火柱が周囲を赤々と照らす。見ている俺の頬まで熱を感じる。


 やったか。でも油断するな。成分調節魔法を止めずに酸素を供給する。


 ヴヴォアーアー!


 耳を塞ぎたくなるような巨大な音。モールドラゴンの叫び声だろうか。解説魔法を起動するには成分調節魔法を止める必要がある。確実に倒すまでは魔法を止める訳にはいかない。


 火柱の中、何かが動き回っているように見える。モールドラゴンだろう。成分調節魔法の範囲を動きにあわせる。燃えろ! 燃えて倒れろ!


 火柱が急に弱まった。炎より煙が多くなる。どうしたんだろう。何か失敗したのだろうか。そう思った時だ。


「もう大丈夫。燃える物が無くなったみたい」


 陽葵の声で俺は成分調節魔法を止める。代わりに状況を確認するため解説魔法を起動。


『モールドラゴンは死亡。可燃成分は全て二酸化炭素他へと変化』


 思わず俺はしゃがみ込んでしまった。ほっとすると同時に力が抜けてしまったのだ。

 何と言うか、凄かった。あんな大きな火柱が立つとは思わなかった。手持ちの魔法だけでモールドラゴンを倒せるとは思わなかった。


 陽葵のおかげだ。俺はそう思って陽葵の方を振り向こうとする。


「あ、こっち見ないで! トイレ行ってくる!」


 緊張感も高揚感もぶち壊しだ。でもまあ無事に済んだんだ。これはこれでいいとしよう。


 少しした後、足音が近くまで戻ってきた。


「それじゃ戻ろうか」


「うーん、でも暗い中、この崖を降りる自信無いなあ。登るより降りる方が難しそうだし、登る時も陽翔におんぶしてもらったりしてやっとだったし」 


 確かにそうかもしれない。陽葵、運動能力は駄目駄目だから。実際ここを登る時も苦労したし。


 残り時間を確認。あと56分30秒。此処へ来てモールドラゴンを確認してから5分経っていない事に驚く。あれだけの事をしたのに。


 でも時間を確認したのはその為じゃない。

 

「あと1時間だし、ここで待てばいいか」


「うーん、でもあの穴にザックとか水筒とか置いてきちゃったんだよね。あれを無くすとお母さんに怒られそうだから、出来れば取っておきたい」


 何だかなと思う。陽葵らしいなとも感じる。

 でも確かに荷物は回収しておいた方がいい。俺のビクトリノックスのナイフやミレーのザックだって置いていくのはもったいなさ過ぎる。


 100円のレスキューシートとか安ポンチョとかはそのままでも別に勿体なくはない。でもどうせなら全部回収しておくべきだろう。この世界に存在しない怪しい異物とかは残さない方がきっと正しい。


 俺1人なら戻って片付ければそれで済む。でも陽葵のおかげでモールドラゴンを倒せたのだ。ここはサービスしてやろう。


「わかった。陽葵の分も含め、持ち物一式取ってくる」


「御願い。ここで待っているから」


 仕方ないな。そう思いつつ俺は岩の上から降り、下へと続く小さな支尾根を降り始めた。

 こんな場所で滑落して怪我をしたら只の馬鹿だ。全治1ヶ月以内なら治療魔法を使えるけれど、それ以上だとどうしようもない。

 だから落ち着いてゆっくり足場を確認しながら、確実に下へと向かって降りていく。


 元の世界へ戻れるまでまであと55分27秒。いくらなんでももうこんなイベントは無いだろう。そう思いながら。

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モールドラゴン作戦 ~異世界転移してしまった俺と陽葵の、生き残りと帰還をかけた最大最後の戦い 於田縫紀 @otanuki

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