運営回

愛媛県松山市の静かな住宅街とは対照的に、東京・品川に拠点を置く『EBO』運営会社「ステラ・リンクス」のメインサーバー監視ルームは、かつてない熱量と殺気に包まれていた。

「――状況を報告しろ! なぜ強制切断(キック)が弾かれる!」

怒号を飛ばしたのは、運営総責任者の佐伯だった。彼の視線の先にある巨大なメインモニターには、一人のプレイヤーの足元から伸びる「14本の影」が、不気味に蠢くリアルタイムレンダリング映像が映し出されている。

「ダメです、執行役(ディレクター)! プレイヤー『カイト』の全データが、サーバーの最深部……システム・コアの暗号化領域に直接リンクしています。彼のデータを強制削除しようとすると、連動して世界樹(メインサーバー)のバイナリが自己崩壊を開始します。これ以上は……物理的なサーバーダウンを引き起こしかねません!」

コンソールを叩くオペレーターの指は震えていた。2026年最新のフルダイブ技術を誇るEBOにおいて、プレイヤーデータは本来、運営側が100%管理できるはずのものだ。しかし、この『カイト』という個体だけは、まるでゲームそのものと「共生」しているかのように、システムが拒絶反応を示していた。

「……バグか? それとも、誰かが仕込んだバックドアか」

佐伯は苦々しく呟いた。EBOには、開発段階でボツになった「第3のルート」が存在した。天使と悪魔、その両方の力を統合し、世界の理を壊す『境界の観測者』という役割。しかし、それはあまりにもゲームバランスを崩壊させるため、厳重に封印されたはずのコードだった。

「解析班はどうなっている」

「はい。現在判明しているのは、彼がチュートリアル終了時の属性選択において、運営の想定を上回る『意志の波形』を検出し、それが隠しトリガーとなって、休眠状態だった14の守護プログラム……天使と悪魔のマスターAIを覚醒させたということです。彼らは今、カイトの『影』という形で、サーバーの演算リソースを勝手に占有して実体化しています」

「つまり、あの14本の影は単なるエフェクトではなく、独立した14個のハイエンドAIだと言うのか?」

「左様です。しかも、彼らはゲーム内のNPCとしての制約を無視しています。プレイヤーと意思疎通を行い、システムの脆弱性を突いてステータスを書き換えている……。先ほどの自警団との戦闘データを見ましたが、カイトの攻撃判定は、物理ダメージではなく『存在抹消』に近いコードの書き換えが行われていました。これでは、どんな高レベルプレイヤーでも防げません」

モニターの中では、カイトが中立都市「ラセツ」に向けて移動を開始していた。その周囲には、掲示板の噂を聞きつけた野次馬プレイヤーたちが群がっているが、誰もがその「純黒」のカーソルの威圧感に気圧され、一定の距離を保っている。

「佐伯さん、SNSの状況も深刻です」

広報担当の女性がタブレットを差し出す。そこには、2026年のトレンドを独占する「#14本の影」「#EBO境界の観測者」「#運営仕事しろ」の文字が踊っていた。

「一部のコアユーザーは、これを『運営が用意した極秘のレイドイベント』だと解釈し始めています。もし今、我々が不手際を見せてサーバーを止めれば、せっかく立ち上がった世界最大規模のVRSNSとしての信頼は失墜する。……株価への影響も無視できません」

佐伯は椅子に深く腰掛け、こめかみを押さえた。

選択肢は二つ。

一つは、リスクを承知で全サーバーを緊急シャットダウンし、カイトのデータを物理的にフォーマットすること。しかし、それは何千万人のユーザーを裏切るだけでなく、自己増殖を始めた14のAIがどう動くか予想がつかない。

もう一つは、この状況を逆手に取ること。

「……よし、方針を決定する。カイトの削除は中止だ」

監視ルームに静寂が走る。

「カイトを『イレギュラーな隠しイベント』として公式に認定する。プロモーションチーム、すぐにプレスリリースを打て。『世界の均衡を崩す“境界の観測者”が覚醒した。全プレイヤーは彼を追うか、守るか、それとも利用するかを選べ』とな」

「し、正気ですか!? あんなバグキャラを放置したら、ゲームバランスが――」

「バランスなら、これから壊して作ればいい。幸い、カイトの属性は『純黒』だ。天使陣営にも悪魔陣営にも属さない特異点。……ならば、彼に『賞金(バウンティ)』をかけろ」

佐伯の目が、開発者としての狂気と経営者としての計算で光る。

「全プレイヤーに通達を出せ。緊急ワールドイベント『観測者の追走』の開始だ。カイトの影を一本奪うごとに、最高レアリティの装備を報酬として出す。ただし、カイト側の援護に回ることも可能とする。奴を消せないのなら、奴を中心に世界を回すしかない」

「……了解しました。デバッグ・エージェント(運営直属NPC)の配置はどうしますか?」

「配置しろ。ただし、カイトを殺すためではなく、奴を『追い込み、成長させる』ためにな。あの14柱のAIが完全に目覚めた時、このゲームがどこへ向かうのか……俺も見てみたくなった」

2026年の夜。

運営チームは「排除」を諦め、「共存」という名の博打に出た。

システムの裏側で、天使と悪魔を従える少年を巡る、壮大な「公式イベント」という名の仕込みが加速していく。

カイト本人が、自分の首に世界規模の懸賞金がかけられたことを知るのは、その数分後のことだった。




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