第三章 無能聖女の戦い方

第25話 黒幕の正体

「ところで、ルシル」

「何かな?」


 惜しまれながら、けれど若干の気まずさを持って送り出された2人は、山を下った後、王都へと向かう馬車に揺られていた。

 窓を開け、ぼんやりと外を見つめていたルシルは、その声にゆっくりと視線を戻す。想像以上に近くにあったフィリップの顔に一瞬心臓を跳ねさせ、数度息をつくと、平静を装って問い返した。


「結局、有耶無耶になってしまったんですけど、黒幕は誰だと思ってるんです? あなたが誰を疑っているのかは大体分かりましたが」

「……言ってなかったっけ?」

「言ってません!」


 ばさばさと羽音を立てて通り過ぎた鳥の気配を感じながら、ルシルは照れたように口元に指先を当てる。


「途中からあんまり何を喋ったのか覚えていないんだよね、正直」

「そんな気はしてました。説明してください」

「久しぶりに試験でもするかい?」


 その試すような口ぶりに、フィリップは溜め息をついた。やはりこの人は、変わらない。


「一つ言えるのは、黒幕が、相当魔力のある人間だということですね。村一つの気温を下げるなんて、天候副属なのでしょうが、なかなかできません。加えて、あの村まで寄生魔獣を移動させるにも、何らかの手段で冷やし続けたのでしょうが、それもまたお金か魔力が必要になります。……ああ、あと例の呪いも禁術でした。その手の知識が多い人間ということになります」

「そうだね」

「当てはまるのは、聖マートリア教会関係者か魔術塔関係者、もしくは俺のようなどこにも所属しない魔力持ちだと思いますが、少なくとも最後の可能性はないですね」

「それはなぜ?」

「意味がないですから」


 あっさりと口にしたフィリップは、さらりと髪の毛を揺らしてわずかにルシルとの距離を詰める。


「復讐心、という可能性は? 昔教会に恨みがあって、のような」

「そうだとしても、俺が思うに、黒幕は『正体を現さない』ことに異様に注力しているように思うんですよね」

「なるほど?」

「たとえば俺が聖マートリア教会に復讐したくなったら、手っ取り早くその辺の聖女に呪いでもかけますよ。その方がよっぽど早くて、確実だ」


 距離を詰められたことに気がついたルシルが、少しだけ、窓の方へと寄る。


「それを解析して俺の仕業だと言われたところで、俺にとっては別に痛くも痒くもないわけです。多少追われたところで、隠れ通す自信はありますし。こんな回りくどい手を使う必要はない。だから、相手はそれなりの身分か地位があり、名の知れた人間だと考えたわけです」


 言葉を続けながら、フィリップは距離を詰める。


「だから魔術塔か、聖マートリア教会関係者。けれど教会を狙ったものだというので、魔術塔の方かと思っていたのですが、昨日のあなたの話を聞くに、そういうわけではなさそうですね?」

「そこまでで十分だよ。そこからは、私が話す」


 距離を取ろうとして、もはや逃げ場がないことに気がついたルシルは、身を縮めながら話し始めた。


「確かに魔術塔関係者の可能性もある。聖マートリア教会を陥れ、名声を地に落としてしまおう、というね。でも」


 ルシルの逃げ場がないことを知りつつ、フィリップは最後に開いた隙間を詰めた。


「私は、ルフェリアだと踏んでいる。その動機は、地位への執着、だろうね。魔力の足りないルフェリアは、本物の大聖女の魔力を得てしばらくは生活できただろうが、それも時間と共に減っていく。後に引けなくなって、他の人間からも奪い始めたんだ」

「……まさか」

「そのまさかなんだよ。教会にいたときに、調べていて確信した。だが、最近は魔力持ちを集めすぎて、その数が減っているんだ。聖女試験の倍率が相当下がっているというのは、君も聞いたことがあるだろう?」

「はい」

「私が確認しただけでも数十人だ。民間にいる、まだ魔法の訓練を受けていない人間は、まだ魔力の器自体が未発達で、得られる魔力も少ないから、複数集めなければいけない。けれど、そういう人間を選ばないと処分した時に足がつく。記憶を奪ったのか、殺したのか、分からないけれど。数が減って、どうしようもなくなって、切羽詰まっているんだろう」

「……そんな」

「そう、聖女に手を出し始めたんだろうね」


 ぐいぐいと距離を詰めてくるフィリップに、ルシルは反対の座席に移ろうと試みるが、偶然を装って投げ出されたフィリップの足がそれを許さない。


「けれど普通にやったら足がつく。突如魔力を失っただなんて、もしくは殺されたなんて、複数件続けば大問題だ。そこで、気が狂った、しかし同胞を殺すことはできない、だから仕方なく力を消して安全にした、なんていうのはどうだい?」

「……数件はそれで良いかもしれませんが、得られる利益に対して寄生させるまでの手順が大変すぎます」

「先例が作れればそれで良いんだよ。一件でも気が狂ったという事例があれば、複数件あったところで全て原因が同じだと思われる。それが無理でも、調査という名目で少しずつ魔力を抜き取ったり、いくらでもやりようはあるはずだ。聖女が聖女を調べる、聖女が危険な可能性がある、そういう状況がありさえすればそれで良い」


 微妙に納得がいかないという表情のフィリップに、ルシルは苦笑する。


「そうだね、証拠として弱いのは確か。後一つ、思い出してほしい、この依頼を教会から受けた時、違和感がなかったかな?」

「……あ」

「そう、あの討伐は、魔物の規模に対して、抜擢された聖女が弱すぎたんだ。烏合の衆、とまでは言わないけれど、まるで意図的に、寄生魔物を見抜けずに宿主を消しとばすような人選がされていた。そして、その配員を決めるのは一体誰だ?」

「しかし、あなたが呼ばれたのは」

「宿主は、一番弱い人間を狙うんだ。あわよくば、私が寄生されることを期待したんじゃないかな? そうすれば君を恐れることなく、迷惑極まりない『無能聖女』を処分できる」

「しかし、俺がいました。俺は弱すぎたとは言えないのでは」

「君は大火力で吹き飛ばす方が得意だろう。小さな寄生魔物になんて気付けないはずだ」

「……否定はしません」

「それにね」


 一度言葉を切ったルシルは、少し迷うように視線を逸らした後、ゆっくりと口にする。


「私が君を助けたあの時、私は聖マートリア教会――ルフェリアに、君を捕らえて連れてくるようにと言われていた。殺せ、ではなくね。君の魔力を欲していたのだろうと、思う」

「そうなんですか。でも、俺はあなたに感謝していますから。それは何を聞かされても、変わりません」

「……ありがとう」


 もし、フィリップの膨大な魔力がルフェリアの手に渡ったら。

 さらに強大な魔力を持つようになったルフェリアは、さらにルシルから遠ざかる。復讐への道が、また離れていく。

 それを知って、フィリップを助けた。それもまた、一つの事実で。


 微笑んで見せたフィリップに、ルシルはほっと息をついた。そして、何事もなかったかのように言葉を続ける。


「だから、きっとルフェリアは君を諦めていない。一応君の庇護者であった私が死んだら、正当な理由のもとに君を『処分』して力を奪える。そういう意味でも、私を呼んだのかもしれない。そして」


 その言葉と共に指先を伸ばしたルシルは、ぴっとそれをフィリップに向けた。


「この村まで寄生魔物を運ぶのに使ったであろう、に関して、私は前に君から聞いたことがある」

「……冷蔵の、魔道具」

「そうだ。冷蔵の魔道具は貴重品だ。作るのにも多くの魔道具師が必要で、金銭も動く。だから、まさか使い捨てるわけにもこっそり処分するわけにもいかない。どちらも不自然すぎる。さて、君の孤児院に魔道具を寄付したのは」

「聖マートリア教会ですね」

「そう。一つ一つは弱いが、これだけ揃えば調べてみる価値もあるだろう。それとも君は、復讐に目の眩んだ私の希望的観測だと思うかな?」

「いえ」


 短く否定したフィリップに、満足そうに頷いたルシルは、ところで、と口にする。


「近すぎはしないかな?」

「何がですか?」

「私と、君」

「いえ、全く」

「近いと思うのだけ――」

「少しも」


 フィリップは笑顔でルシルの訴えを切り捨てる。


「俺が幸せだから良いんです」

「……」


 少しだけ左に傾いた馬車は、かたかたと音を立てて進む。

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