第25話 手折られたひまわり2
ソーレはそんなチェルトラの華を受け入れた事に後悔はない。むしろ彼のフィオレである事は誇りであった。
「ソーレ……ありがとう。できうる限りの全てで君を守るよ」
「貴方がそう言うなら、きっとそうなのよ!さあ、パーティーに向かいましょう?」
「ああ。完璧にエスコートさせてもらうよ」
ドレス姿のソーレの手を取りながらエスコートし、パーティー会場である別館へと向かった。会場には既に参加者が集まっており、皆は思い思いに楽しんでいる。
だが、会場にソーレとチェルトラが現れた途端、会場の視線は2人に集まった。本日のパーティーの主役であり、人外とフィオレの関係である2人は良くも、悪くも目立つ。
それに加えて婚約者であるなら尚のこと。
「あの方々が……ソーレ様とチェルトラ様かしら?」
「ええ、おそらくはそうだと思いますわ。ソーレ様が人外の方と絆を結び、婚約者となったと聞いていましたが……本当だったのですね」
「人外の方と婚約なんて……ソーレ様は怖くないのかしら?」
2人を囲んでヒソヒソと囁かれる噂話はどれも良い印象はない。それでもソーレは気にしなかった。
チェルトラと絆を結びフィオレとなったのも、華を受け取った後に愛して
「チェルトラは恐ろしくなんてないわ……とても優しい私だけのトカゲさんなのよ」
少しだけ顔が曇ってしまったソーレに、チェルトラは周りに居る陰口らしきものをする者共へ聞こえるように話し始めた。
彼の愛おしい
「……ソーレ、俺はね誰に何を言われてもどうでもいいんだよ。君が不当に扱われたならば、死ぬ事すらできない程の苦しみを与える。たったそれだけだ。人外にはフィオレが害された場合のみ、報復が許されているのは知っているだろう?報復対象に巻き込まれて奴らが死んでも、俺は何もしないよ」
チェルトラは、ソーレに言い聞かせてる様に装って、周りの人間に言い聞かせる。今、お前達が囀っている【ソレ】が人外にフィオレを害されたと判断されれば、その時点で報復行動に移るだろう。
つまりは我が身が可愛いなら頭で思っていても声に出すな、死にたくないんだろう?と言う事を遠回しな言葉にする事なくどっ直球で伝えたのだ。
「当たり前だろう?それが人外なのだから。それが嫌なら俺のフィオレに手を出さなければ良い」
「ふふ。そんな事言って、チェルトラが私を悲しませた事も、怖い事に合わせた事も無いじゃない!でも……ありがとう。貴方が私の帰る場所よ」
2人の会話が聞こえていた人達は怯えながらも、自分達が2人に危害を加えなければ、報復の対象にされる事も無いのだと理解した。理解した者から先程の会話に口をつぐみ、大人しくする。誰も報復対象になどなりたくなかったのだ。
そんななかソーレの腰に手を回し、ゆったりと会場のエスコートをするチェルトラを睨みつける男が居る。勿論、チェルトラも会場に入った時点で、男からの鋭い視線は感じていた。どこかネットリと湿り気を帯びた鋭い視線。
そんな視線が会場に入ってからずっと2人に付き纏っているのだ。この視線に比べれば、先程の陰口程度が可愛く思える。むしろ陰口よりもこの視線の方が、危険度が高いと感じる程に。
それでも送ってくるのは視線だけ。それだけだった。だから尚のこと不気味に感じるのだ。チェルトラがソーレから離れる時を狙っているのか、それともソーレとチェルトラが2人居る時に来るのか。今のままでは分からないままだからだ。
「……嫌な視線を向けてくる奴だな」
つい呟けば、ちょうど男も動き出した。だんだんと2人に歩いて近づく。縮まる距離にチェルトラが警戒し始めると、それに気づいたソーレは不安そうにしながらも、弱さを見せないよう気丈に振舞う。
「やぁ、お誕生日おめでとう。ソーレ」
「ありがとう、ダニエル」
「……ソーレ、隣に居るトカゲ野郎は誰かな?」
「その言い方、私は嫌いだわ。チェルトラは人外だけれど、トカゲ野郎なんて言われるいわれはないわ。訂正してくれる?」
あからさまな男の侮辱にソーレは不快をあらわにする。暴言を吐いた男の目を見据え、毅然とソーレは言い切った。男はソーレの言葉に目を見開いた後、悔し気に言い放つ。
「っ!何故だい!?トカゲ野郎に変わりはないだろう!?あいつは人の皮を被った化け物だ!君は騙されているんだよ!」
「違うわ。騙されてなんかいない、私がチェルトラと生きる事を決めたの。私が決めた事に、赤の他人の貴方が口を出さないでくれる?不愉快よ」
ヒートアップしていく2人の会話に、周りの人々も何があったのかと注目し始めた。チェルトラは周囲の人々の反応に気づき、2人の間に割って入る。
あまり注目され、ソーレがマナーもなって無い等と言われるのは我慢ならない。例え発端が相手側だとしても、言い返した時点でソーレも同類に見られかねないのだ。それは避けたい。
これ程の騒ぎを起こしたのだ。穏便にするならば、ここいらで何か相手側を引かせなければ。もうすでにこの会場の主催者には、この騒動の話位は報告されているとは思うが、何もしないよりかはマシだとチェルトラはソーレに話しかける。
「ソーレ、ありがとう。おいそこの男……それ以上俺のフィオレに近づくな。確かに俺は人外だ、化け物と言われても否定はしない」
「ほらっ!聞いたかい?ソーレ!こいつは化け物なんだよ。美しい君が化け物と結婚するなんて僕は耐えられない!人間は人間と結ばれるのが幸せなんだよ!だから君は僕の花嫁になるんだ」
男がソーレに近づこうとした瞬間、のばされたその手からスルリと避けチェルトラの背後に隠れた。男を見つめる目に嫌悪感を宿しながら。
「って言ってるけど、ソーレはどうしたい?」
「……嫌よ。一生を添い遂げたいのはチェルトラだわ。貴方となんて絶対に嫌。人間は人間と結婚するのが、必ず幸せなんて誰が決めたの?少なくとも私はチェルトラ以外との結婚なんて不幸せ以外の何者でも無いわ」
チェルトラの背後に隠れながらではあるが、ソーレははっきりと男を拒絶した。その言葉にソーレは自分を選ぶと思いこんでいた男は驚く。後ろ手に持っていた花束をショックで落としてしまう程に。
信じられないと言いたげにソーレを見つめる男に、ソーレがトドメを刺した。
「それに、人外と共生関係であるにもかかわらず、化け物と罵る人の花嫁なんてなる訳無いでしょう?このご時世、人外の方にどれだけ助けられていると思うの?危険な災害での救助は、その土地や海にたけた種族の方が救助してくださるわ。それすらも理解できないの?そもそも、貴方は私の恋人でも、婚約者でもないわ。なのに花嫁なんて……気持ち悪い」
確かに、救助などを人外に頼っている人間が、助けられておきながら怖がり罵るなど恩知らずだ。人外が人間相手に危害をくわえていないのならば、尚のこと常識知らずだと笑われる事だろう。
花嫁云々に関してもそうだ。異種族で添い遂げるならば、習慣や常識の違いもある。住む国や地域が違うだけで、同じ人間ですら上手くいくか分からないのだ。お互いを思いやり尊重しあうのに、同じ人間同士以上の努力がいるだろう。
本人同士が納得して一緒にいるのならば、口を挟むものでは無い。家族や友人が心配するが故の忠言ならば話は別だが、男はそのどちらでも無い。
人外であるチェルトラと絆を結んだが故に、別れた恋人や婚約者だったのならば発言からして人外嫌いな男と、別れたのだろうと予測出来る。だが違うとソーレは言う。恋人でも、婚約者でもなかったのだと。
いっそ哀れだ。男はソーレに焦がれ花嫁にと欲する程に想っていたのだろう。なのに人外の男に横から掻っ攫われたのだ。嫉妬に駆られ放った言葉が、恋焦がれた女の地雷に触れ手ひどく振られる。男の自業自得だ。
「大丈夫かい?ソーレ。あいつに見られるのが嫌ならば俺の尻尾の中に入るかい?」
「っ!いいの!?是非とも入りたいわ!チェルトラ、早く!」
「分かった。分かったから落ち着いて」
早く、早くとチェルトラを急かすソーレに苦笑いしながら、身体の周りを尾でくるりと囲う。周りからソーレを隠すように。男の視線からソーレを守るように、腰を引き寄せて抱き込む事も忘れない。抱きしめられたソーレはとても満足そうに、幸せそうに笑う。
それを涙目で忌々しそうに睨みつける男に、周囲の人間もチェルトラとソーレがお互いに愛し合っており、男が横恋慕している事など簡単に予測できてしまった。できてしまったからこそ皆、チェルトラと男の動向を伺う。
「……どうして。僕は、僕はただ……君と幸せになりたかっただけなのに」
「お前だけが幸せになっても虚しいだけだろう。その幸せの中にソーレも居なければ意味が無い」
「そんなことはない!!僕と居ればソーレは幸せになれる!お前なんかと居るよりも!」
「話が通じないな。ともかくお前にソーレを渡すつもりは無い。失せろ」
チェルトラの鋭い視線に怯んだ男は、それでも未練がましい視線をソーレに向ける。だが、チェルトラの尾に阻まれソーレの姿を見る事が出来ないと悟るや、チェルトラを睨みつけ2人の前から姿を消した。
完全に男の後ろ姿が見えなくなって、やっとチェルトラはソーレを尾の中から出す。全てを尾の中から出すのではなく、顔や上半身は見えているが腰には尾の先が絡まっているし、下半身に至ってはとぐろを巻いた尾の中にあって見えていない。
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