第24話 手折られたひまわり

 意識がハッキリとっしないが、誰かが男の周りで会話をしている事は分かる。

 何か大事な物を忘れているような気がして。男はそれを思い出そうとして、頭の中に霧がかかる。とても大事にしていたはずだった。失いたくなかったから。大事がったから失わないように抗ったはずだった。けれどもその大事な物は男の手の中からこぼれ落ちてしまったのだ。

 どれほど嫌だと泣き喚こうと、おいて逝くなと縋ろうと、神に祈ろうと、誰も聞き届けてはくれなかった。だから男は非情になる事にしたのだ。男の大事な宝を奪った者達に、慈悲など与えても意味など無い。


 男の意識が落ちる。あの幸せだった日々と、幸せを失い地へと堕ちた日々を延々と繰り返す悪夢へと。見たくはない現実と、それでも夢の中だけでも逢いたい人。天秤にかけては、また悪夢でもいいから一目、彼女と逢いたいと願うしかない。




 ――――――――――――――――



 何気無い日常だ。朝起きて、身支度押して自分の可愛らしい華。愛おしいつがい。心から愛したフィオレでもある彼女――ソーレの好む食事を用意する。

 起きてきて食事を用意する己の人外を見て、嬉しそうに笑うソーレの笑顔を見るのがトカゲのヴェレーノ――チェルトラの幸せだった。

 そう、幸せだったのだ。出会ってすぐに己のフィオレだと、確信するのと同時に、チェルとらは己のフィオレに一目惚れをした。何度もアタックして、チェルトラの情熱にソーレが折れ、はれてつがいとなり華まで受け取ってもらえて。これ以上ないくらい幸せなのだと、そう思っていた。


「さぁ、ソーレ早く寝ようか?明日は確か、君の誕生日パーティーだったはずだろう?」

「ええそうよ。とっても楽しみなのよ!早く皆にチェルトラの事、自慢したいわ!こんなに素敵な婚約者ができたのよって!きっとお祖母様には呆れられるかもしれないけれど。「それを聞くのは何回目だと思っているのですか……」って」

「ふふ。何回も自慢してくれる位、喜んでくれるなんて俺も嬉しいよ。誕生日パーティーでは、精一杯エスコートさせてもらうよ!」

「ええ!勿論よ。楽しみにしているわ!」


 チェルトラからのエスコートが、よほど嬉しかったのかその場でクルクル回る。回りながらもソーレの顔には笑顔が咲いた。ご機嫌な様子のソーレに、チェルトラの眼差しは優しくなっていく。

 そのまま興奮冷めやらぬ、といった様子のソーレを宥めそのまま2人でベッドに入り、眠りに落ちる。明日が2人にとって幸せな日になる様にと祈りながら。


「チェ……て!……チェル……おき……」


 意識がまだ深く潜っているはずのチェルトラの耳に、誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。だがその声は小さく、途切れ途切れな為、何を伝えたいのかが分からない。もっとよく聞こうと耳を澄ませた途端、チェルトラの愛おしいフィオレの大声で飛び上がる事になった。

 

「もう!チェルトラ‼︎おきてって言ってるでしょう⁉︎もうすぐ準備する時間だわ!早く起きてちょうだい!」

「うわっ⁉︎……ソーレ?……はっ!ごめんよ、ソーレ。すぐ起きて準備してするよ」

「もう!チェルトラはお寝坊さんね……いいわ、待っててあげるから早く私をエスコートしてね?」

「勿論だとも!すまないがもう少しだけ待っててくれるかい?おはよう、俺のひまわり」

「ふふふ。おはよう、私だけのトカゲさん」


 優しく頷くソーレの額に、おはようのキスを贈る。急いでパーティー行く為、ドレスコードに合わせた正装の準備を始めた。

 着替え終われば、髪をセットしソーレに渡す予定の装飾品を持って、チェルトラの準備を待つソーレへと歩いていく。


「ソーレ……これ、つけて欲しいんだけど……いいかい?」


 チェルトラはソーレに見える形で、装飾品の入ったケースを開けてみせた。ケースの中には中央にひまわりを形どった石が。ひまわりを形どった石の左右に、葉を模した石飾りでぐるりと一周してある。

 とても可愛らしいチョーカーがジュエリーケースに鎮座してあった。


「これは……ひまわりのチョーカー?」

「……うん。一応、防犯グッズを分かりにくくした感じかな?怖がらせたくはないんだけど、本当に怖がせたくはないんだけど……来ないって可能性が低くて……」

「そうね……人外のフィオレを怖がる人も絶対来るわよね。ありがとう、チェルトラ。貴方は私を心配してこれを用意してくれたのね?」

「うん。ずっと側にいたいんだけど、流石にトイレや化粧室にオスは入れないからね……それで俺が来るまでの時間稼ぎになれたらと思って」

「ふふ、確かにそうね?男性がトイレや化粧室にまでついてきたら阿鼻叫喚になっちゃうわ!」


 ころころと笑いながらソーレは指摘する。実際に男性が女性トイレに入れば、阿鼻叫喚で済むはずもなく通報されるだろう。だがソーレはチェルトラが、そこまで心配してくれるのが嬉しかった。ソーレを気遣って言った冗談だと思ったからだ。

 言った本人であるチェルトラは、至って真面目にトイレについてくる至って真面目にトイレについてくる気満々であるが、言葉にしなかっただけ。

 

「ねぇ、チェルトラがつけてくれない?」

 

 ソーレはチェルトラに見せるように、うなじを晒した。チェルトラはソーレのうなじを眩しそうに眺めながら、そっとその首にtyーカーを飾る。

 ソーレの首に飾られたチョーカーは彼女によく似合っていて、彼女に合わせた控えめな装飾は彼女をより美しくチェルトラの瞳に映す。


「凄くキレイだ……」

「ふふ。ありがとうチェルトラ、とても嬉しいわ。でもこれ、防犯グッズなのよね?どうやって使うの?」

「うん。えっと……少しでも恐怖を感じたら真ん中の石に触れてほしいんだ。それで俺に通知が行くから。その後に葉の装飾の石に触れるんだ。そうしたら、君に触れようとした相手に麻痺毒をかけることができるからね。毒は俺の体内で生成された物だから、俺のフィオレである君には無効だよ。できそうかい?」

「ええ、できるわ。触れたらチェルトラが来てくれるの?」

「勿論、すぐに向かうよ。それまで毒を使って逃げててくれ。すまない、俺がもっと強い人外だったならもっと危険なく守る事もできたんだろうけど……俺がトカゲだったばっかりに、守り方に制限がついてしまった」


 ソーレの首筋に顔を埋めながら、落ち込むチェルトラ。その頭を撫でながら、ソーレは言葉を紡ぐ。短時間でここまでの物を用意してくれた事が凄いのだと感じた感情のままでに。


「そんな事ないわ、チェルトラ!私の為に用意してくれた。その事実だけでも嬉しいのに、貴方は私が側に居なくても危機に駆けつけてくれると言ったのよ。それだけでも十分なのに!毒まで用意して不審者を近付けないように、私に抵抗できる手段をくれたの。強い人外とか、弱い人外とか関係ないわ。これが時間がない中で用意できる人が、どれだけいると思うの?少なくとも私は貴方しか知らないわ」


 ソーレをフィオレに選んでくれた最愛の人外が、トカゲだったから守り方が狭まってしまったと落ち込む姿を見て、愛おしさがあふれこそすれ不安になどなれなかった。

 彼の毒も、彼自身にもソーレは少なくとも強いと思っている。確かに他の人外の中には伝説に名を残した方もいるのだ。名を残した人外や、その人外の種族に比べれば弱いかもしれない。けれどもチェルトラは、戦う力は弱くともフィオレの為に、自分にできる範囲で守る術を整えたのだ。

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