第44話 いざ柴桑へ! とその前に
孫呉に向かう前に出来る事をしておこうと思った。
まずは長沙の親に結婚報告と
張仲景は元は官吏で職を辞して独自に医学を勉強し、実践していたそうだ。
そんな張仲景のスポンサーが我が家だ。
長沙で傷寒が流行った時に我が家も被害を受けていたのだ。
そしてその治療に当たったのが張仲景で、我が家は進んで彼を支援したのだ。
だから彼を紹介して貰うのに適切な人物は家の親と言う訳だ。
傷寒治療に一定の成果を得ていた張仲景は俺の招待を受けてくれた。
本当は忙しい筈なのに心良く招待に応えてくれたのは、スポンサーの息子の呼び出しだからだろうな。
断れば角が立つと思ったのかも知れない。
「張仲景にございます」
「おお、貴方が張殿か。よく来てくださいました。お忙しいと聞いていたので無理かと思っていたのです」
そんな事微塵も思ってないけどね。
「いえ、実は劉封殿の文(竹簡)を読みまして。その内容を確かめる為に招きに応じたのです」
ふふ、獲物が餌に食い付いてくれたようだ。
「張殿。私は貴方の弟子に命を救われました。弟子の方達はもちろん、貴方にも私は大変感謝しているのです」
弟子に救われて感謝しているのは本当だ。
あの時は本当に死を覚悟したのだ。
「いえいえ。そのような事は。弟子は何も出来なかったと申しておりました。劉封殿が快癒なさったのは貴方ご自身の力です」
ふむ。もっと自分の功績を誇るかと思ったが案外謙虚だな。
「そう言われるとは思わなかった。だが、我が家が貴方に対して援助したように私も貴方を、いえ、医に携わる人達を助けたいのです。どうか私の申し出を受けて貰えませんか?」
「それが『医局』(病院)ですか?」
「その通りです」
現代からすると医者は大変地位の高い職業だ。
政治家、弁護士、医者は先生と呼ばれる職で高給取りだ。
しかし、この時代の医者の地位はとても低いもので呪術、占い、人相見らと同じくらいの扱いでしかなかった。
現代では信じられない事だが、事実だ。
そんな地位の低い身分に張仲景は自ら飛び込んだのだ。漢朝の職を辞してだ。
張仲景がどれほどの覚悟を持って医に向き合っているのかが分かるという物だ。
「我が主に掛け合って郡、県に医局を配置する事がほぼ決まった。予算はこちらが出す。後は医局の長を誰にするかが決まっていない。貴方が引き受けてくれるのなら何も問題ないと思っている。もしも引き受けて貰えないなら誰か推薦して貰えれば有難い。どうだろうか?」
はあ、こんな偉そうな事本当は言いたくはないんだけどね。
立場的にこういう言い方をしないと周りがね。
うるさいんだよ。
「私は漢朝の職を辞しました。それは職に囚われては患者と向き合えないからです。もし現場に残れるのならこの話を受けようと思いますが、それでも宜しいか?」
「もちろんです!是非お願いしたい!」
「分かりました。この話。お受け致します」
おお、やったぞ!
これで医学が進めば病気に苦しむ人が減る。
俺も何か有った時は信頼出来る医者に掛かれるというものだ。
こうして荊州南郡、交州に医局が置かれる事になった。
医局は官舎の隣に建設されて行政機関がバックに付いているのを目に見える形でアピールする。
医局が出来ても患者が来ないんじゃあしょうがないからね。
それから肝心の医者だが、張仲景の弟子やその紹介を受けた者達を集めた。
始めから彼に頼る気満々だったのだ。
彼らの給与は税金から出る。
つまり医局で働く者は漢朝の臣という事だ。
まあ建前上大っぴらには出来ないけどね。
実はこの件、結構反対意見が多かったんだ。
医に携わる者は信用出来ないとか何とかかんとか、うるさく言われたので、『じゃあ、貴方達が病気や怪我をしても医者に見て貰ったりはされないんですよね?』て言ってやった。
そしたら連中、口をモゴモゴとさせて黙りやがった。
どうにも固定観念というやつは厄介な物だと思ったね。
現代では常識でも、この時代では非常識になるんだからさ。
張仲景の件はこれで一旦終わりだ。
後の事は孔明らに任せた。
意外な事に孔明は医局建設や医者の地位向上に反対はしなかった。
後で孔明が反対しない理由を俺は知った。
徐庶や龐統から話を聞いたのだが、孔明はそんなに体が丈夫ではないのでたびたび医者に掛かっていたそうで、そして医局が完成すると真っ先に訪問したそうだ。
周りには『自分達が率先して医局に通えば、民達も医局に来やすくなるだろう』と言っていたそうだ。
それは逆効果だろうとは皆は言わなかったし、誰も突っ込まなかった。
孔明の目が真剣だったからだ。
さて、俺が孫呉に行く前に周りの状況がどうなったのか確認しようか。
俺が長沙、桂陽、交州の平定に行っている間に周りがどうなっていたのか。
まずは曹操。
曹操は赤壁で負けた後、軍備の再建に半年掛けてから揚州
孫権が自ら兵を率いて合肥城を攻めたからだ。
しかし、曹操が来る前に孫権は兵を退いた。
曹操は揚州
しばらくは大きな動きをする事はないと思う。
そして孫権。
赤壁の勝利の余勢を駆って合肥に兵を向けるも、これを落とせず兵を退いている。
一方で襄陽を攻めていた周瑜はこれを落とす事に成功した。
これで孫呉は荊州北部を手に入れたのだ。
お蔭で俺達は曹操の脅威に直接晒されずにすむ。
せいぜい盾の役割を果たして欲しいものだ。
史実では周瑜は江陵を攻めた時に怪我を負ったが、襄陽攻めではそんな事はなかったようだ。
しかし苦戦はしていた。
何せ襄陽を落としたのは俺が江陵に帰って来て間もなくの事だったからだ。
曹操は史実通りの動きで警戒する必要はないな。
問題は孫権か。
史実では江陵を得たが、今は襄陽を得た。
そして史実では間もなく周瑜が亡くなるのだが、この時代ではその可能性は極めて低い。
周瑜の死因は江陵での怪我が原因と言われているからだ。
そしてこの後史実通りなら周瑜は益州攻めを孫権に献策して採用されるだろう。
そうなると劉備が益州を得る事が出来ない。
そして俺はこれから孫呉に向かって孫権の妹と婚姻を結ぶ事になる。
曹操と戦うには孫権の協力は必要だ。
孫権もそれは分かっているので同盟強化の為にこの政略結婚を進めているのだ。
本人達の意思とは関係なく。
俺は…… 別に構わない。
孫権の妹がどんな容姿をしているか分からないが、そんなに酷くはないだろう。
何せ孫家は呉の纏め役をしているのだ。
その孫家に嫁ぐ人間の容姿が酷い筈はないだろう。
内心とっても期待している。
楽しみで楽しみでしょうがないのだ!
おっと、話が逸れたな。
とりあえずこれからは孫呉との協調路線で行くしかないだろう。
周瑜の益州攻めが失敗する事を祈るか、もしくは俺達が足を引っ張るとかするしかないだろう。
その辺りは三軍師が上手くやるだろう。
これは俺の手に余る案件だ。
それよりは、ぐふふ。楽しみだなぁ~
そして孫呉に向かうに当たって俺の護衛をどうするかの話が上がったが、俺はそれを拒否した。
嫁取りに行くのに護衛を連れて行くのは、相手を信用してないのと同じだ。
それでは同盟関係の強化には繋がらないだろう。
俺は向こうから迎えを寄越すように依頼して、孫権もそれを了承した。
お願いして来たのは向こうだからな。
これくらいは大丈夫だろうと言う軽い気持ちだったが、後で考えてみたらこれって結構失礼な事をしてしまったのでは無いのかと思った。
迎えに来たのは魯粛だった。
すまん、まさか提唱者自ら迎えに来るとは思ってなかったんだ!
この人も忙しいだろうに大変だね。
「お久しぶりですな。孝徳殿」
「お久しぶりです。子敬殿」
ほんと、ゴメンね。
魯粛とは字で呼び会う仲だ。
正直、彼が迎えに来てくれて嬉しいのだが、こんな役目をさせて済まないとは思ってる。
「本当に護衛は宜しかったのですか?」
「貴方までそんな事を言うのですか? 必要ないですよ。取って食われる訳でもないでしょう?」
俺を殺したら困るのは孫権だからな。
そんな馬鹿な事はしないだろう。
「え、いや。まあ、そうですね。そうなんですけどね」
なんだよ。ちょっと不安に思えて来たぞ。
「魯粛殿。孝徳を頼みますぞ」
「はは。無事にお連れする事を約束致します」
ほんと頼むよ!
「では行ってきます。父上」
「ああ、行ってこい。息子よ」
俺は劉備と抱き合って別れを惜しんだ。
この場での俺達は親子だ。
父上、息子と言っても誰も咎めたりしない。
「早く戻って来るのですよ。孝徳殿」
「戻って来てね」「来てね?」
甘夫人と劉華、劉春も見送りに来てくれた。
姉妹二人は涙目になっていた。
「はい。なるべく早く戻ってきます」
甘夫人に挨拶した後に姉妹の頭を撫でた。
二人は少しだけ微笑んでくれた。
俺は大勢の人達に見送られて孫呉の船に乗った。
向かうは嫁の待つ柴桑!
こうして俺はまだ見ぬ未来の嫁に期待に胸を膨らませて孫呉に向かった。
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