第39話 劉巴 子初


 孫呉の連中と会う前に先約の劉巴の下に向かった。


 前回劉巴に会おうとした俺は門前払いを食らったが、今回は士燮が間に入ったので彼と会える事になったのだ。


 無官のくせにプライドが高いんだよな劉巴は。



 劉巴りゅうは 子初ししょ



 史実では荊州刺史劉表が何度も彼を召し抱えようとしたがこれを断り続けた。


 しかし曹操が荊州を押さえると劉巴は自ら曹操の下に向かい彼に仕える。


 そして曹操の指示で荊州南郡の平定を任されたが、曹操が赤壁で敗れると南郡に取り残された。


 取り残された劉巴は劉備が南郡を得ると劉備に仕えるのを良しとせず、荊州南郡から交州に脱出し士燮の下に向かう。


 交州では名前を変えて士燮の下に居たが、しばらくして益州の劉璋りゅうしょうの下に向かい彼に仕えている。


 その後劉璋が劉備を益州に迎えるのに反対して出仕しなくなり、劉備が益州を得ると固く門を閉ざして誰とも会おうとはしなかった。


 しかし孔明が劉備に劉巴を推薦したので、劉備は自ら劉巴に会いに行き、遂に劉巴は劉備に仕官したのだ。



 う~ん、劉巴って何で劉備に仕えたがらなかったのかな?


 劉巴の行動を見てみると無茶苦茶劉備を避けてるんだよね。


 それに曹操には自分から会いに行く積極性。


 これって劉巴は曹操ではなくて漢王朝に仕えたかったと考えるべきだろうか?


 それなら曹操の下で積極的に動いている理由も分かる。


 若い劉巴は曹操によって世の中の混乱は治まると考えて曹操の下で働いたのだろう。


 劉巴からすると曹操に仕えたというよりは漢王朝に仕えたという感じだったかも知れない。



 漢王朝に仕えたかった劉巴は劉備に仕えるのを嫌がった。そして妥協した結果が劉璋?



 おそらく劉巴は劉備の下から逃げたから、劉備に恨まれてると思ったのかも知れない。


 現に劉巴は劉備が益州を得ると荊州で逃げた事を謝罪しているからね。


 これらの事を考えると劉巴を説得するのはそんなに難しい事ではないのかも知れない。


 孔明のように『あなたは私より凄い!』とか『あなたより優れた人物には会った事がない!』とか言えばすんなり行きそうな気がする。


 と言うか気がしていた。



 劉巴に会う前までは……



「劉玄徳が臣の劉孝徳に御座います。高名な劉巴殿に会えて光栄至りです」


 まずは挨拶でもヨイショしてみよう。


「ふん。劉巴だ」


 あれ? 最初からご機嫌ナナメですか?


 世間話をするよりも本題から入ろう。


 どうせ相手も俺が何しに来たか知ってるしな。


「我が主は広く人材を求めております。劉巴殿の高名は広く知られ我が主も貴殿の事を気に掛けておりました」


 あ、劉巴の眉がピクリと動いた。


「ここ交州で貴殿の名前を聞き及び、こうして参った次第です。劉巴殿。貴殿ほどの才覚をこのまま眠らせておくのは惜しい。どうか我が主を助けて頂けないでしょうか?」


 俺は供手して頭を下げた。


「くだらん。帰れ」


 おう、手厳しい。


「帰れと言われましてもそう簡単には帰れませぬ」


 さあ、ここからだ!


「私は貴方の才は我が軍の諸葛孔明、龐士元に匹敵すると聞き及びました。その貴方が我が軍に加われば我が主の悲願。漢王朝復興も成し遂げられると私は思うのですが……」


 俺は頭を下げたまま、劉巴の反応を伺う。


「ふぅ、無理だ」


 うっ、どういう事だ?


「無理とは?」


「そのままの意味だ。分からぬのなら帰れ」


 俺は劉巴の言葉の意味を考える。


 無理。


 劉備では漢王朝復興は出来ないと言う事か?


「我が主では漢王朝復興は出来ぬと?」


「分かっているのならもう良かろう」


「なぜ出来ないのか御聞きしても?」


 当初の予定では褒めちぎれば大丈夫だと思ったが違うようだ。


 これは諦めて達観してる感じかも知れない。


「曹操に会った。それで分かる筈だ」


 そ、曹操に会った? う、う~ん。


 しまったな。徐庶を連れてくるべきだったか。


 え~と、曹操に会った、つまり曹操なら出来るが劉備では出来ないと言う事か?


 あっ! 曹操と劉備を比べてるのかな?


「曹操と我が主では差が開き過ぎていると言う事ですか?」


「ほう。続けろ」


 ほっ、ちょっと機嫌が良くなった。


 俺は腕組みをして考える。


 考えたまま言葉を発する。


「曹操は帝を奉じ、天下の半分以上を抑えている。翻って我が主は荊州の半分を得、揚州を抑えた孫権と同盟するもその勢力差は圧倒的。つまり。我が主がどう足掻こうとも我が主では漢王朝復興は出来ぬと」


「ははは、分かっているではないか」


 劉巴は手を叩き笑った。


 良く出来ましたったてか。


 なんかムカついてきたぞ。


「だから無駄な事は止めろとおっしゃっるのですね。それに自分が加わっても無理だから巻き込むなと?」


「そこまで理解出来るならもういいだろう。帰るがいい」


 一人満足した顔の劉巴を見て腹が立ってきた。


「では貴方はここで朽ちるといい。時勢の波も理解出来ぬ貴方など必要ない」


 俺は回れ右して帰る事にした。


 劉巴に会ってがっかりした。


 こんな奴味方にしなくても良いやと思えた。


「待て。この私が時勢が分からぬと?」


「ええ、分かってませんね」


 俺は振り返る事なくその場で答えた。


「では貴様は劉備がこの状況をひっくり返すと本当に信じているのか?」


「それを答える義理は有りません。では失礼」


 今さら何を言ってやがる。


 もう知るかよ。帰ろ帰ろ。


「待てと言っている!」


 大きな声を出して劉巴が俺を追いかけて来た。


 大きな声を出されてちょっとびっくりした。


「なんですか。帰れと言ったり待てと言ったり。どっちなんですか?」


「貴様は私が時勢が読めぬ者と言った。それを取り消せ!」


 ああ、馬鹿にされたと思って怒ってるのね。



 ふっ、怒ってるのは俺のほうだ!!


「貴方は世の移り変わりも分からぬ人だ。そんな貴方に期待した私も馬鹿だった。どうも世間の噂とは当てにならないようだ!貴方が孔明殿や士元殿を越える賢人とは到底思えませんね!」


 ふん。言ってやったぜ!


「なっ、なんだと! 私を馬鹿者呼ばわりだと。この世に出でてから今まで、私を馬鹿呼ばわりした者は貴様が初めてだ!」


「そうですか。初めてですか。それは良かった。貴重な経験が出来たようでなにより」


 ははは、さっきまでの澄ました顔はどこへやら、顔真っ赤にしてやがる。


「ぐぬぬ。こうまで言われては引き下がれぬ。とことん話し合おうではないか。ここに座れ!なぜ劉備が曹操に勝てぬか話してやる!」


 おう! 受けてたってやるぜ!


「なら俺は劉備が逆転出来る方法を話してやる!」


「ならばそれを私が論破してやろう!」


「はっ!上等だ!」


 こうして俺は劉巴と一夜掛けて話合った。


 途中、厠に立ち、腹が減ったから一緒に飲み食いし話を続け気付いたら朝を迎えた。



 だって大の蜀ファンが『劉備に天下なんて取れる訳ないじゃん。馬鹿じゃねえのお前。ぷ~クスクス』と言われたら頭に来るだろう!


 こんな喧嘩を売られて買わない奴は蜀ファンじゃないね!


 俺も蜀ファンの一人として負けられないと思った訳ですよ!



 で、朝を迎えると……


「ははは、なるほどそれは気付かなかった。うんうん、君の言う事は良く分かった。だがな。こう言った見方も有るのだ。例えばだ……」


「ああ、そうか!それはそうですね。そうか、そうか。納得が行きました。いや~勉強になるな~」


 すっかり打ち解けました。


「いやいや私もまだまだ見識が足りないと思ったよ。君と話して私もまだまだ未熟だと実感した。ありがとう」


「いえいえ、私こそ生意気な事を言ってすみませんでした。やっぱり現地の人の意見は違いますね。書物で知るより直接見て聞く事の大切さが分かりました。ありがとうございます」


「いやいや。うん、現地の人?」


 あ! やべ!


「ああ、その、あれ? もしかしたら夜が開けたのかな。あっ!……しまったな」


「どうかしたのか?」


 大事な事を忘れていた。


「いや、ここに来る前に孫呉の連中がやって来たって報告を受けたんですよ。それでこっちから迎え寄越したんですよね。それを忘れてしまって。あっ、でもまだこっちには来てないか。距離も有るし」


「そうか、それは悪かった。こんな時間まで引き留めたのは私の落ち度だ。良ければ官舎まで送ろう」


 えっとそれは……


「良いんですか?」


「君の目的は私だろう。私が良いと言っているんだ。それに君とはもっと話をしたいからな。どうだ?」


「しょうがないですねえ~。では、天下についてもっと語らいますか?」


「ああ、そうしよう」


 官舎に送るとは、俺と一緒に城に入ると言う意味だ。


 つまり出仕すると言う事だ。




 その日から劉巴は俺に仕える事になった。



「なんで俺なんですか?」


「今さら玄徳公に仕える訳にはいかんさ。それに君となら天下を変えられるかも知れんからな」


「そうですか」「そう言う事だ」


 頭の良い人の考え方って分からないな?



 まあ良いか。


 劉巴をゲットした事には変わりはないしな。


 深く考えるのは止めよう。



 劉巴は表向きは劉備に仕える事にして、裏では俺に仕える事にしたそうだ。



 そして劉巴を登用してから三日後。



 孫呉の使者が合浦にやって来た。

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