第35話 交州遠征


 桂陽攻略で一息ついていた俺達に劉備は交州刺史呉巨の支援を命じた。



「んで、何をどうすれば良いんだ?」


 具体的な指示を貰っていないのでどうすれば良いのか分からない。


 そこで桂陽城にて俺達は軍議を開いていた。


「士元からの文(竹簡)と孔明からの文によると、呉巨殿は交州刺史を名乗っておりますが実際は蒼悟そうご太守とあります。故劉表殿の臣下で頼恭らいきょうと言われる方が本来は交州刺史なのです。その頼恭殿が任地の交州に行けず呉巨殿のところに居たのですが、最近は山越さんえつの侵攻などあって困っていたそうです」


「ふーん。それで」


 何を言っているのか分からないな。


「劉表殿が亡くなった事で後ろ楯が無くなった頼恭殿と呉巨殿は我らに庇護を求めています。呉巨殿は蒼悟に止まり頼恭殿は我が君に直接会って窮状を訴えたと言う事です。そして我が君は頼恭殿をその場で召し抱え呉巨殿を交州刺史に任じました」


「そこに俺達が行くのか?」


 勝手に刺史を任じて良いのかな?


 劉備ってそんなに偉かったか?


「士元と孔明はこれを機会に交州を実質治めている士燮ししょうを傘下にして交州を得るよう言ってきてます」


 ああ、あの二人の指示か。


「えっと、士燮って誰?」


「士燮は交阯こうし太守であり、一族の者を周辺の太守に任命させて交阯・合浦がっぽ九真きゅうしん・南海を支配している者です」


 そんな人が居たんだな。


「要は呉巨を口実に交州を治めている士燮を討伐しろと言っているのか?」


「そうなります。士燮は頼恭殿を刺史とは認めず独自の勢力を築いてます。これを放って置けばいずれ孫呉が兵を送って傘下に治めるでしょう。そうなれば益州を得た後に孫呉に後ろから攻められる可能性が出てきます。それを今のうちに阻止するのです」


 交州は現在の北ベトナムだ。


 あの辺りを統治出来れば交易で儲ける事が出来る。


 新興勢力である俺達には軍資金が必要だ。


 交州を得る事で莫大な軍資金を得る事が出来るなら、多少無茶をしても遠征する必要性は有る。


 ルート的には桂陽を南下して南海、蒼悟、合浦、交阯に向かえば良いのか。


「元直殿。我らだけで交州を得る事が叶いましょうか?大軍を動かせば山越を刺激するのではないのですか?」


「陳到殿の言われる事は分かります。が、正にそこが狙いです」


「山越を蹴散らす事で俺達の武威を見せる訳だな?」


 要は交州の民に劉備軍の強さを見せる訳だ。


 俺達は山越も簡単に退ける事が出来るんだぞと。


「はい。その通りです。しばらくこの桂陽に止まり兵と糧食を集めて交州に向かいましょう」


まぁ、それがベストだよな。


「お待ちくだされ軍師よ。そのように時間をかける必要は御座らん。既に兵の調練は終え兵糧も足りており申す。直ぐにも南海に向かいましょうぞ」


 ああ、老いた虎に火が点いたみたいだ。


「漢升殿。動かせる兵は?」


「二万。いえ、三万」


 そういえば劉備の返事を待っている間にせっせと兵を鍛えていたな。


 暇が出来れば兵を鍛えるのが趣味みたいな人だからな。


 俺は桂陽の政務をしていたから鍛練はパスしていた。


 逃げたとも言う。



潘濬はんしゅん殿。糧食は足りますか?」



 潘濬 承明しょうめい


 赤壁後、劉備に仕えて劉備が益州に入ると荊州の実務を担い、関羽が孫権に斬られるとその後は孫権に仕えている。


 潘濬は劉備、孫権から有能と評価された人物で孫権に降伏した後、彼から重用されている。


 蜀からは裏切り者と言われているが、文官である彼は職務を全うしているに過ぎない。


 責めるなら戦わずに城を明け渡した糜方と士仁を責めるべきだ。


 潘濬が気付いた時には周りは孫呉の兵に取り囲まれていたのだ。


 彼に現状を打開する術など無かっただろう。



「十分、とは言えませんな。ですが南海を攻める分には問題有りません」


 内政だけでなく軍事にも明るい有能な文官だ。


 俺は彼を高く評価している。


 本当なら蒋琬しょうえんを連れてきたかったが、彼は孔明に捕まってしまった。


 そこで次点の彼を俺の軍に組み込んだのだ。


 彼が後方を担当してくれて大変助かっている。


 徐庶達も彼を評価している。



 ただ、多少頑固なところもある。



 しかし、頑固者同士通じるところがあるのか黄忠とは大変仲がいい。


 毎日罵りあっているからな。



「時を置くと俺達は不利だ。それに情勢が変わる事もある。動けるうちに動くとしよう。良いな。元直」


兵が有り、兵糧の心配もない。


後は行動に移すだけ。


「はっ、分かりました。直ちに出陣致しましょう」


 徐庶に命じて兵を動かす。


 今回もスピード勝負だ。



 交州遠征軍の内容は。


 大将 俺(劉封)


 軍師 徐庶 潘濬


 副将 陳到 黄忠


 武将 魏延 馮習 張南


 総兵数三万



 江陵を出た時、兵は二千で部下は徐庶と陳到しか居なかったのにな。


 長沙と桂陽を得たら凄い陣容になったもんだ。


「先鋒は魏延。中軍を黄忠、馮習、張南。後軍を陳到。軍師徐庶と潘濬は俺と共に中軍だ。第一目標は南海。その後蒼悟の呉巨と合流し、士燮の居る交阯まで向かう。だが途中で士燮が和睦を申し出る可能性が有るかも知れない。その場合はどうする。元直?」


 不利に成れば降伏か、和睦してくる可能性も有るからな。


 今のうちに方針を固めた方が良いだろう。


「和睦は論外ですな。降伏は認めますが士燮には我が君に直接会って貰いましょう」


 うん、そうだな。


 それと交州の統治はどうするか。


 劉備に確認する必要が有るがそれまでどうするかな?


「承明。交州の政務は呉巨か、士燮に任せるべきかな。それとも他に適任者が居るかな?」


「呉巨殿は武人。統治には向きませぬ。士燮は長年交州に居て根を張っております。これを除くのは容易では有りませぬな。士燮が徹底抗戦をしてくれば討伐期間は長くなります。しかし合浦を得れば士燮も折れましょう。心を折り心服させれば彼に統治を任せても構わぬかと思いますが……」


「当分の間は、か?」


 士燮は高齢だと聞いた。


 彼が亡くなるとその一族はどう動くかな?


「士燮が亡くなれば、不満が満ちて暴走する事も考えられます。そうなれば孫呉の介入を許す可能性も考えられます。後任の人事を先に決めても良いかと進言致します」


「分かった。後任は我が君に決めて貰おう。俺が直接文を書く。それで良いな?」


「はっ。それが宜しいでしょう」


 呉巨では力不足。


 それにそもそも彼は武官だ。


 異民族の統治は苦労するだろう。


 士燮をそのまま使えばその一族が軍閥化する可能性がある。


 目が届くうちは良いがそうでない場合は独立する恐れも有るだろう。


 現に今がそうだからな。





 それにしてもベトナムに行くことになるとはな?


 食べ物とか水とか大丈夫かな?


 病気にも気を付けないとな。



 ああ、不安だなぁ~。

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