第24話 赤壁は何故赤い?


 兵站の準備もそこそこに俺達は周瑜の待つ烏林近郊に向かった。



「子敬殿。向こうで何か有ったんですか?」


 周瑜の突然の招聘は俺を不安にさせた。


 あの周瑜に解決出来ない問題が出てきたとすれば、俺のような若造に何が出来ると言うのか?


 そもそも赤壁の戦い事態曹操と周瑜の戦いで、俺達劉備軍が介入する事など何もないのだ。


 部外者扱いだからな。


 劉備軍が狙うのは曹操と周瑜が争っている間に、漁夫の利を得る事だ。



 上手く行けばの話ではある。



 でも正史では赤壁の戦いの後に劉備は荊州南郡を得ている。


 だから本当なら俺が何もしないのが正解だと思うんだけどな?



「分かりませんな。とにかく合流して話を聞く他有りますまい」



 目の下にクマを作っている魯粛は辛そうだ。


 そして会話に参加しない孔明は眠っているんじゃないのかと思う。


 だって目は半開きでぼ~としているからだ。


 普段のキリッとした孔明とは大違いだ。


 そして俺はと言うと。


 疲れ切っていた。


 毎日毎日各地から送られてくる物資の山を『あれはここ!それはあっち!そっちじゃない。ここだ!』と魯粛が手配してくれた役人連中と一緒になって、最前線に送る手筈を付けていたのだ。


 こんな事なら趙雲を残せば良かったと思ったが後の祭り。


 一緒になって作業した連中とは仲良くなって、段々と効率も上がっていったので最初頃に比べれば大部楽にはなったが、それでも数万の兵を支える糧食や武器やらの物資は膨大な量で有った。


 しかも、まだ足りないと来ていた。


 案外、周瑜に呼ばれたのは良かったのかも知れない。


 それが約ネタだとしても!




 数日後、夏口に居た劉備達を素通りして俺達は周瑜の待つ『赤壁』に着いた。



 そうここは赤壁。



 劉備と曹操と孫権の運命のターニングポイント。



 それが赤壁だ。



 ちなみに何で赤壁と呼ばれているのかと言われると、崖の表面が赤いからだ。


 実はここは鉄が取れる採掘場で崖の表面が赤いのは鉄が酸化しているためで、ここでは簡単な採掘方法で鉄を入手出来るのだ。



 この時代の製鉄技術は結構凄い。



 磁器を作る過程で高温炉が作られ、青銅器の作成も早くから行われていたので前漢の頃には良質な鉄が造られていた。


 そして後漢の頃にはさらに製鉄技術が発達して槍が造られたのだ。


 細身で取り扱いが容易い武器の登場で戦場は変わった。



 今では槍が武将の持つスタンダードな武器になっているのだ。


 重さで叩き切る大刀や扱いの難しい矛は槍にとって変わられ始めている。


 俺が使っているのも槍だしな。


 俺も大刀や矛を使って練習したが、そもそも大刀は重すぎて振り回せず、矛も重心が先端部分に片寄るので扱いずらい。


 槍が一番扱い易いし、殺傷力でも大刀や矛に負けていない。



 おっと話がずれたな。



 そんな鉄が取れる場所の近くには船着き場が作られているので陣を張るにはもってこいだ。


 だから赤壁に周瑜が陣を張るのは利に叶っている。


 そしてその陣には孫呉の旗と周の旗が立っていた。



「良く来てくれた。待っていたぞ!」



 周瑜は笑みを浮かべて歓迎してくれた。


 俺達を天幕に案内すると早速本題に取り掛かる。



「君達を予定よりも早く呼び出したのはすまないと思っている。だがこちらも困った状況に追い込まれていてね」


 イケメンスマイルで頼めば何でも通ると思ったら大間違いだぞ!


「それでどのような状況なのです?」


「うむ。状況は彼が説明する。入ってこい子明しめい!」


 子明?誰の事だ。


「は、失礼、します」



 天幕の外で返事をした男はガチガチに緊張しているのか。


 ロボットのような動きでカクカクしながら入ってきた。


 それを見て俺は思わず笑いそうになった。



「孝徳殿と孔明殿は初対面だったな。彼は呂蒙りょもう 子明と言う。私の下で色々と勉強しているのだよ」


 呂蒙だと!?


 呂蒙 子明


 蜀ファンに取ってコイツさえ居なければと思う5人を上げよと言われれば上位に来る事間違いなしの人物だ!


 周瑜、魯粛の後に呉の総司令官に任じられ、麦城の戦いで関羽を捕らえ、荊州(江陵以南)を呉の物とした。

 しかし、その後程なくして病死している。


 呂蒙が関羽を捕らえ、孫権が処刑した事で俺(劉封)は窮地に立たされた。


 間接的に俺の死に関わった人物だ。



「子明殿は勉強家でしてね。最初に会った時は武に目を見張る物は有りましたが、兵法はからっきしでした。ですがしばらくして会った時には孫子を読んでいたのですよ。今も何かしら読んで勉強しています。そうだよな子明」


 魯粛の説明に顔を真っ赤にする呂蒙。


「あ、いや。お恥ずかしい。私のように才無き者は書を読んで勉強せねば、一軍の将には成れませんから」


「ははは。こう言っているが本当は我が主から勉強しろ! と言われて仕方なくやっていたのだ。そして後日呼ばれて勉強しているかと問われたら、忙しくて出来ないと言ったのだ。そうしたらこれまた酷く叱られてな。今では肌身離さず書を持つようになったのだ。まあ、勉学が身に付いているかどうかは私が監督しているのだがね。ははは」



 呉下の阿蒙あもうに非ずか。



 しかし、呂蒙は恵まれてるよな。


 孫権と直接面識を得るほど親しく、それに主君に反論までして叱られるだけですむ。


 そして、周瑜の下で実地で兵法を叩き込まれるんだからな。


 そりゃあ、優秀な指揮官に成っても不思議じゃないよ。


 いや、本人の頑張りも有るけどさ。



 でも話を聞く限りだと三度目に孫権と会って勉強してませんと言ったら、あの孫権の事だから『俺の話を聞いてなかったのか?斬り殺すぞ貴様ー!』とか言って剣を振り回してそうだ。


 きっと強迫観念に囚われて必死に勉強してるんだろうな。


 ある意味可哀想だとも思う。



 しかしこいつは俺の死に関係してる人物なんだよな。


 あまり同情出来んな。


 俺の死に関係してる人物がこの場には二人居る。


 なんとも不思議な感じだ。


 きっと二度とこの面子と会う機会は無いだろう。


 そう思うと本当に貴重だな。



 でも俺一人場違い感が半端ない。



 歴代の呉の司令官と蜀の丞相が居るこの空間に、戦に負けて死刑になった男が一緒って何の罰ゲームだよ。



 何で俺はここに居るんだ?



 そう思いながら呂蒙から状況説明を聞く。



「……と言う訳で、現在我が軍は軍事物資が不足しております。取分け矢が不足しているのです」



 あ、もしかしてこれって。



「取り急ぎ来て貰ったのは軍事物資に関しての相談だよ。私が想定した以上に矢の消耗が激しくてね。魯粛に頼んでいた量ではまだ足りないのだ。決戦まではまだまだ時間が掛かる。しかし、このままではこちらの物資が足りない。それを向こうに気取られる訳には行かなくてね。そこで物資を集めている君達の意見を聞きたいと思ったのだ。どうかな?」


 はい、分かりました。


 これってあれですよね。


 演義の十万本の矢のイベントですよね!



 何でこの世界でそれをやらないと行けないんだよ!


 あれは物語だよ!


 本当に出来る訳ないじゃないか!



「私の意見をよろしいですか?」



 やめて孔明。何も言わないで!



「どうぞ」



 嫌だー!止めろー!



 俺の心の絶叫はこの時誰にも聞こえなかったと思う。


「では、矢の補充が出来ると?」


「左様です。我らにお任せを」


 安請け合いしてんじゃねえ!


「こ、孔明?」


「大丈夫です。孝徳殿と私なら出来ますよ」



 何良い笑顔してやがんだよ!



「では私もお手伝い致しましょう」



 魯粛さん。止めた方が良いと思いますよ。



「では子敬殿の手もお借りしましょう」




 こうして俺達はあのイベントに取り組む事になった。

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