第22話 孫権の意思


 皆の視線が孫権に注がれている。




 孫権 仲謀



 孫堅そんけんの次男で孫策そんさくの弟。現孫家の当主で後の呉の皇帝。


 この赤壁の戦いからが彼の物語の始まりと言える。


 曹操と戦い劉備と盟を結んだかと思うと、曹操に降伏し荊州に兵を出したり、降伏した曹操相手にまた兵を出したりと目まぐるしく外交と戦闘を繰り広げた。


 その結果、長江を国境線としてその南部全てを領土とし、曹丕そうひが皇帝になると王の位を授けられその後勝手に皇帝を名乗ってしまう。


 曹丕が漢の皇帝から禅譲されて皇帝に成るのと、劉備が漢の復興を掲げて皇帝に成ったのとは違い、何の正統性もなく皇帝を名乗った孫権。



 俺は蜀のファンだから孫呉は嫌いだ。



 特に孫権は大嫌いだ。


 こいつは劉備よりも信用出来ない。


 関羽を騙し討ちしたと言うだけでも許せないのにその後の行動にも疑問が尽きない。



 結局孫権は何がしたかったのか?



 孫権が中華統一を目指していたなら何度も機会が有ったのに、彼はそれを自分で潰している。


 もっとも可能性が高かったのが関羽が樊城を攻めていた時だ。


 あの時、合肥がっぴを攻めていたら曹操は窮地に追い込まれてその後まもなく亡くなっただろう。


 その後は劉備と連携しながら曹魏を攻めていたらと思わずには要られない。



 まあ、孫権の考えなんて知る術はない。



 だが今は分かる。孫権は曹操と戦う。


 さあ、孫権。お前の意思を見せて見ろ!



「わしの意思だと?」



 孫権の言葉を初めて聞いた。よく通る声だ。



「我が策を伝える前に、孫仲謀殿の意思を知りとう御座います。貴方は臣下の言葉を聞きどう思われたのか? 戦いか降伏か? それとも別の思惑をお持ちなのか?」



 今この時は俺と孫権の場だ。


 誰もこの場を邪魔しない。



「わしの意思。わしは…… どうすればよいのか?」



 は?



 孫権の言葉を聞いて崩れ落ちそうになったのは俺だけではないだろう。


 まだ、まだ何も決めきれないのかこの男は!



「張昭は言う。曹操に従い天下を安んじよと言う」



 それを聞いた張昭達文官の顔が晴れやかになる。



「周瑜は言う。我が兄、孫伯符そんはくふならば戦うだろうと、だからわしに戦えと言う」



 そう言われた周瑜を見れば苦笑している。



「魯粛は言う。降伏を唱える者達は保身を考えていると、だから惑わされるなと言う」



 魯粛はその言を聞いて嬉しそうな顔をしている。



「諸葛孔明は言う。劉備は大義の為に戦っている。だから曹操に屈する事はないと言う」



 孔明を見るとすました顔をしている。



「劉孝徳は言う。わしの意思を示せと言う」



 孫権は俺を真っ直ぐ見ている。



「民は、臣下は、天下は。わしに決断せよと迫る。これを我が父、我が兄が通った道なのか?」



 自問自答、なのか?



「父は曹孟徳と約した。いつか天下を語らんと。兄はその意思を継ぎ天下を目指して志半ばで倒れた。ではわしはどうか?」



 天下を語るとは『天下統一をかけて戦う』と言う意味だろうか?



「わしは父と兄に並びその資格を得たのか? わしは曹操と語らえるほどの男に成れたのか?」



「貴方にはその資格が有る!」



 周瑜が孫権の問いに答える。



 見れば周瑜は泣いていた。それに周りの者達も泣いている。張昭も魯粛も皆泣いている。


 泣いていないのは俺と孔明だけだ。



「公瑾よ。わしはそれを知りたい」



 そう言うと孫権はおもむろに立ち上がり剣を抜いた。



「故にわしの意思は、こうだ!」



 孫権は目の前の机を真っ二つにした。



「わしは曹操と天下を語る事にする!」



 その言葉が発せられると皆拱手して頭を下げた。当然俺もそれに倣う。


 今の孫権の気迫は確かに天下を語るに足るものだ。



 孫仲謀は戦う事を決意した。



 孫権は興奮しているのか肩で息をしている。


 そしてその興奮のままに言葉を発する。



「わしの意思は伝えた。劉孝徳よ。そなたの策を聞きたい。我が孫呉が曹操と天下を語る策をな?」



 先ほどの強い意思の目で孫権は俺を見る。


 そしてそれはこの場に居る全ての人達の目線が俺に集中する。



 こ、これは緊張する。



「ごほん。では話させて頂きます」



 俺は周瑜宅で話した内容を話す。


 一通り話を終えると孫権はうんうんと頷き、俺を見て質問する。



「では決戦の地は何処だ?」



 ここは素直に赤壁と答えるべきか?



「ごほん。それは私が答える事ではありません。それを答える事が出来るのは軍を率いる者だけです」



 俺が赤壁だと言えばきっと何故だと質問されるだろう。


 でも俺が知っているのは結果であって過程は知らない。


 きっと答えようとしてボロが出るに決まっている。


 ここはバトンを渡すに限る。丸投げとも言うけどね。



「では公瑾よ。そなたは分かるか?」



「それはここでは言えませぬ。皆と謀り兵を動かす時に分かるでしょう」



 おう、周瑜も即答を控えたか。


 つまり何処になるかは流動的で分からないと言う事だろう。


 それに皆の中に俺は入っているのかな?


 同盟が結ばれれば直ぐに劉備の下に戻りたいんだけど……



「分かった。では都督周瑜に命じる。兵を揃え出陣せい!」



「はは」



 良し、これで俺の役目は終わりだな。


 孔明を連れてとっと帰るとしよう。



「しばし、よろしいでしょうか?」



 うん? もう終わりでしょ。



「何だ公瑾?」



「我が主に進言申し上げます。劉備との盟を結んだ後、我が軍との連携の為に劉孝徳殿と諸葛孔明殿を帯同させてはと思っております。二人の賢人を我が軍に加えればこの戦の勝利、疑いようも御座いませぬ」



 な、何だと?



「しゅ、周瑜殿?」



「分かった。その進言を受けよう。劉備へはわしが伝えよう。よもや断られる事も有るまい。そうであろう。劉孝徳よ」



 え、それは…… そうなの?



 俺は孔明に近寄り耳打ちする。



「孔明殿。ここは一旦戻って劉備様の返事を貰うのが良いですよね?」



「それはどうでしょうか。劉備様には我らがここに残って孫呉に協力すると伝えたほうが宜しいと思われます。それにこのまま帰れますかな?」



 俺は周りを見渡すとそこには期待に満ちた目を見せる人達が居た。


 張昭とその周りは多少の敵意を感じるがこれは論破した孔明を敵視していると思いたい。



 孔明は一歩前に出る。


「我らで宜しいのであれば」


 こ、孔明~。


「うむ。では公瑾よ。頼むぞ!」


「はは」


 はは、じゃねえよ!何勝手に決めてんだよ!



 俺はこの後の赤壁の戦いの詳しい内容なんて知らないんだぞ!





 建安十三年 夏



 孫権 劉備と盟を交わす



 劉封 諸葛亮 呉に残りて周瑜と共に曹操と対峙する


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