第14話 曹孟徳登場
民が橋を渡り終えるまで待っていたら、殿の張飛達が追い付いていた。
そして張飛達の後ろには数えるのも馬鹿らしいほどの曹操軍が居た。
「凄まじい数だな」
「そうだな。あれほどの数を出していたなんて驚きだ」
俺の呟きに関平が答えた。
正直呆れていた。
こちらは万を下回る数しか居ないのに向こうは数万を越える兵を出している。
規模が違いすぎる。
「益徳殿。ご無事で何よりでした」
そして曹操軍数万の追撃を僅か数百で止めた張飛がゆっくりと橋を渡りこちらにやって来る。
「おう、孝徳。おめえも無事だったか。先に……」
俺は真っ先に張飛を迎えたが、張飛は会話の途中で後ろを振り返った。
その振り返った先に一子乱れず並んでいた曹操軍が中央から別れた。
その中央から誰かが歩いてくるのが見える。
曹操軍の周りの兵より一回り小さな人物。
しかし着ている鎧が他と違うし、それに赤いマント?
凄い派手な格好をしている奴がやって来た。
誰だアイツ?
「曹操か」
張飛がボソッと呟く。
へ、あれが曹操?
あのちんちくりんが曹操?
周りの兵達より一回り小さいのが曹操?
そうだ! 思い出した。
確か曹操って背が低くて有名だったな。
しかし本当に背が低かったのか。
赤い兜に赤い鎧に赤いマント。
全身真っ赤の曹操が橋の袂までやって来た。
曹操の後ろには曹操より背の高い兵が居る。
周りの兵とは鎧の質が違うので多分名の有る将なのだろう。
「久しいな。張飛」
「てめえ、曹操。俺様に殺されに来やがったのか!」
曹操の声はよく通る澄んだ声だった。
そして張飛が曹操にガンを飛ばしている。
身内じゃなかったら怖くて近くに居たくない。
それにしても曹操か。
見た目があれだけどなんと言うか。
橋を跨いでここまでプレッシャーを感じる。
周りの空気が重くなったように感じた。
息苦しい。
「ははは。我はお主とまともに殺り合う程馬鹿ではない。どうだ、降伏しないか。張飛?」
降伏? 何を馬鹿な事を。
そんな事を言ったら張飛の怒りに薪をくべるようなものだ。
「てめえ、冗談言ってんじゃねえぞ!誰がてめえなんかに降伏するものか!」
ほら見ろ。やっぱりだ。
分かりきってるのに何でそんな事聞くんだよ?
「そうか、残念だな。お前の武を我は高く評価しているのだがな。本当に勿体ない。関羽といい、お前といい。なぜお前達は劉備に従うのだ。いや、それは前も問うたな? そしてその答えは今も変わらんか?」
「あたぼうよ! 俺達は俺達の天下を取る為に戦ってる。劉備玄徳の天下が俺達の天下よ!」
天下。劉備玄徳の天下か。
「そうか。ならば戦うしかないな。うん? 見ない顔だな。しかし見覚えの有る鎧を着ているな。貴様はだれだ?」
誰の事を言っているんだろうか?
俺はキョロキョロと周りを見る。
そして皆が俺を見ているのに気づく。
自分の指で自分を指す。
「え、俺?」
「おらよ」
張飛が俺の背を叩いて前に突き飛ばす。
俺は足が縺れかけるが何とか踏ん張って前を見る。
そして距離が離れているが曹操と目が合ったように思えた。
曹操か。
改めて見る曹操は小さい。
顔がよく見えないが形が整っているように見える。多分イケメンだな。ナイスミドルだろう。
モテるんだろうな。
しかし最高指揮官なのに戦場に、しかも最前線に出てくるとは元気なもんだ。
「貴様は誰だ。貴様の着ている鎧は劉備のとよく似ているな」
よく分かるな。
そうだよ。俺の鎧は似ているんじゃない。
劉備の鎧と一緒だ。
俺は一歩前に出る。
「わ、わがゃ名は。りゅ、劉、ほう。あ、あじゃなは、孝徳。なり」
うわー!めちゃくちゃ噛んだ!?
スッゲー恥ずかしい!!
それに最後の『なり』が小声になってしまった。
自分じゃ気づいてなかったけど、物凄く緊張していたのかよ。俺は!
「ぷっ、ぶは。ふははは」
曹操が笑うとその周りの者達も一斉に笑う。
うわー、もう晒しもんじゃないかよ。
穴が有ったら入りたい。
俺が恥ずかしさで下を向いているとガッと肩に手を掛けられて誰かに引き寄せられた。
誰だと思って顔を上げると張飛だった。
張飛は俺を見てニッと笑うと曹操達を見て声を張り上げる。
「俺様の甥を笑った奴は前に出ろ!俺様が相手になってやる。それとも俺様が怖くて前に出れねえのか! かっ! 笑う事は出来ても剣を持つ度胸はないようだな!がははは」
今度は俺の後ろで大きな笑い声が起きる。
「そうだ。そうだ。笑ってないで掛かって来いや! 相手になってやるぞ!」
「俺らの孝徳様を笑うなんて許さねえぞ!」
「腰抜けの奴らなんて怖くねえぞ。おいこら!」
うう、こんな俺を皆がフォローしてくれるなんて。
嬉し過ぎて涙が出てくる。
「おい。泣いてんじゃねえぞ。今度はしっかり答えてやれ」
俺の耳元で小声で囁く張飛。
ごめんよ。がさつな大人だと思ってたよ。
こんなに心の熱い人だなんて思わなかった。
目元をごしごしと拭いてまた前に出る。
肩には張飛の手が乗っている。
鎧越しではあるが暖かさを感じる。
「改めて名乗ろう! 我が名は劉封! 字は孝徳。劉備玄徳が子にて、その後継者だ!」
むふー、よし!今度はちゃんと言えたぞ。
「劉備の子だと? 奴にこんな息子が居たとはな。そうか。ならばお前に問おう。我らに降伏しろ。これが最後だ」
曹操の声が重い。
降伏。
今、この場で降伏したらどうなるだろう。
俺が曹操に仕えるのか?
そうしたらこの綱渡りのような状況を脱して生き延びられるのか?
何処かの僻地に送られてひっそり暮らす事が出来るかもしれない。
誰かを殺して生きるなんて事をしなくても良いのかもしれない。
そして歴史の傍観者になってこの世界で生きる。
そんな未来が有るのかもしれない。
今、この時が、俺の分岐点。ターニングポイントだ!
俺は後ろを振り返る。
ここに来てから知り合った人達が居る。
張飛、徐庶、陳到、廖化。そして、関平。
俺は頭を左右に振る。
そして曹操達を見据える。
「俺は、俺は劉備玄徳の子だ。誰がお前に。
ふぅ、ふぅ、ふうー。久しぶりに大声を出してしまったな。
ああ、言ってしまった。
これで魏のルートは無くなったな。
でも後悔はしていない。
なぜなら俺は劉玄徳の子。
劉孝徳なのだから。
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